10話 目標
衝撃の事実が判明したその日、私は何にも身が入らなかった。昨日あれだけ私の食欲を刺激してきたミートパイですら、私の喉を通らなかった。折角検査が早めに終わったというのに、余った時間を活用することなく1日を過ごした。
そして翌日、私は起き上がることなくただ目を開けていた。別に血液が水だったことを嘆き悲しんでいるわけではない。ただ自身の異常性を強く自覚してしまったことで自分が何者なのか、それを知るのが怖くなってきただけだ。
「いつまでぼーっとしてんだよ! うざったらしいな!!」
アグニが私の寝床にやってきた。どうやら今の私の状態が不服のようだ。
「何でそんな落ち込んでんだお前? 元々人間じゃないことぐらいわかってただろうが。 そんなんでいちいち辛気臭い態度されると面倒くさいんだよ!」
いつも通りのアグニの問いに、私はちゃんと答える。
「自分が人に近い何かぐらいの認識だったのに、人とは全く違う別の何かだぞって突きつけられてるみたいなのが怖い。自認でいえば人よりだから」
包み隠さずに正直に思いを伝える。アグニの返答は……
「別に血液が水だったからって人と全く違うなんてことないだろ。俺の血は爆発物だし、レディは液体金属だぞ」
「え?」
想像していたフォローの仕方じゃない!! あんたらもびっくり生態かよ!!
「俺とレディはどっちも遺物のおかげでそうなってる。お前自身が遺物の可能性ってのもあるが、遺物を持っている記憶喪失の人間って線もまだ捨てきれてないんだからそんな悲観すんな」
「は〜」
不思議すぎて間の抜けた返事をしてしまった。今の私を肯定してくれている言葉だというのに、それが完全に未知の方向から飛び出してきたから理解が追いついていない。
「とりあえず、今は何も分かってないも同然なんだから気にすることなんかねぇんだよ。分かったらさっさと起きろ」
「……うん!」
アグニの耳が少し赤い。それが逆光で照らされているからなのか、激励をして恥ずかしくなってしまったのか、私にはどちらか分からないがそんなことはどうでもいい。……今の私には嬉しい言葉だった、それで十分。
「今日はこれからの予定について決めるぞ。コレレの検査は連絡が来るまではいつやるか分からんし、基本はギルドの依頼をメインにやってもらう。それとは別に俺の手伝いだったり協力者との顔合わせを行ったりする」
当分はただただイノベーターとして頑張ればいいわけだね。緑級程度なら全然問題はなさそうだし楽勝かな。あと気になるのは……
「協力者って何人ぐらいいるの? あとどんな人がいるの? シャルルさんみたいな人だけだと嬉しいんだけど」
「協力者はあと3人だな。レディみたいな奴はいない。コレレみたいな奴が1人とそれとは別でクセのある奴2人だ」
「まだあれレベルの人いるの!?」
聞かなければよかったかもしれない。既に気が滅入ってきた。……だが逆に今聞けてよかったか。今からなら心構えができる。
「1人は初日に俺とコレレと一緒にいた奴、もう1人は口止め担当の情報屋、もう1人が国の偉い奴だ。あらかじめどんな奴か知りたいなら今聞けよ」
「んー、今はいいや。あっ、でもコレレぐらいの変な人が誰だか教えてもらっていい?」
「情報屋だな。あいつは情報に興奮するヤバい奴だ。俺はもう気にしちゃいないが、今も盗聴と監視がされてるから失言には気をつけたほうがいいかもな」
「!?」
それ早く言ってくれないかな!! プライバシーの侵害だよ!? というかもう気にしちゃいないってどういうことよ! 慣れるまで時間掛かってないと出てこない発言だよね!?
「あいつは全世界の情報を常に握ってると言ってもいいからな。気にするだけ無駄なんだよ」
なら気にしないでおくかー、とはならないんだよ!! 異常性癖の奴が技量持ってると本当に面倒だなぁおい!!
「そんなことは置いといて、ギルドの依頼に移るぞ。とりあえず一ヶ月あれば達成できそうなやつかき集めてきたから、順番は任せるから必ず一ヶ月以内に終わらせるよう予定立てとけよ」
「おん」
人の頭の中をおもちゃ箱みたいにごちゃごちゃさせるのが上手いやつだな。整理できてないまま返事したから変な感じになっちゃったじゃん。
「あぁ、あと座学の時間も取らないといけないか。……3日に一回ぐらいは勉強会だ。一般常識と法術について俺が教えてやる」
「えぇー!! いいのー!! 楽しみー!!」
「急にデケェ声出すな! うるせぇ!!」
思わず腹から声を出してしまった。でも仕方がないさ、だって私法術に興味津々なんだもん。炎とか氷出してみた〜い! かっこよく戦えるイノベーターになりた〜い! あと一般常識も結構楽しみ。
「あとやること……何かあるか?」
「ない!」
「もっと考えてから返事しろバカが」
そうは言われてもねぇ……私が何をすべきかなんかわかるはずもないですよ。今やれること……なんだろうね?
「……抱負、目標立てるか。目的意識があった方がやる気出るだろ」
「あぁ〜! なるほど、目標ね〜! ……えー、どうしよう」
「今日は予定ないから一日中考えとけばいいさ。でも早起きするぞ!とかくだらねぇ目標にするなよ。ガジルを駆逐してやる!!ぐらいのレベルがお前にはちょうどいいと思うぞ」
変な条件足されたー。別に早起きだって立派な目標じゃないかー! それにガジルの駆逐とか絶対ちょうど良くないだろうが。……でもこうなると本当に思いつかないな。達成できるかどうかギリギリの目標って考えるの難しいんだね。
「むー…… んー……」
ダメだ、本当に思いつかない。そもそも私のやりたいことってなんだ? そこから始めないときつそうだな。私のやりたいこと……やりたいこと……
「んあー!!」
こっちも全く思いつかない。こんなんじゃいつまで経っても埒が明かない。……いや待て? ならいっそ……
「決めた!! 私の目標は! やりたいことを見つけること!!」
「だから急にデケェ声出すな!! ……やりたいことを見つける、ねぇ。ま、いいんじゃねぇの?」
こうして私の当面の目標が決まった。ここから私の、いや私達の歩みは止まることを知らずに続いていく。その先に何が待っているのかなど知らないままに……




