理不尽な社会
「は……?」
突然の提案に、メリアスは驚きながら謎の怪しい男を見ている。
その男の口元は笑みを浮かべており、メリアスの反応を楽しんでいるようだった。
「だから、一緒に地下へ行こうよ。君だって本当は地下へ行ってみたいんだろう?」
「……えっと、貴方はどうして地下へ行きたいのですか?」
「そりゃあだって気になるだろう? こんな大国が地下に何を隠しているのか。きっと、とても恐ろしいものがあるよ」
「興味本位ということですか? 流石にそれだけの動機で国から追われるようなことをするのは……」
「はは、真面目だね」
男は軽薄そうに笑う。しかし、ただの軽薄とは違うような、そう感じさせる貫禄や雰囲気といったものを感じさせる。
メリアスは周囲をチラっと確認するが、いつの間にか多少なりともいたはずの一般人がいなくなっている。それが偶然であれ仕組まれたものであれ、とにかく不気味な状況だ。
(参ったわね。私の行動を監視していたところだけ考えれば敵でしょう。けど、この提案の先にある意図が読めず、かつ今の所は不気味なだけでこちらへの敵意は感じれない。安易に提案には乗れないけれど、国のより深いところへ入り込むチャンスと言えなくもない。けれど、この男が突然後ろから刺してくる可能性は大いにあり得る。でも、現状は選択肢が少ない……)
メリアスがあれこれ思考を巡らせていると、男はまた笑う。
「そんな難しく考えなくていいのに。君はただ……あ、そういえば名前を聞いてもいいかい?」
「……メリアスです」
一瞬偽名を使おうか迷ったメリアスだが、事件時からこちらを監視していたような相手を前に不要だろうと判断した。
「そうか。メリアス、美しい名前だね」
「ありがとうございます。それで、貴方は?」
「僕はアルヴェリオ・コンツバレル。さっきも言った通り、ただの商人さ」
「……そうですか」
メリアスは一度咳払いをし、アルヴェリオ・コンツバレルという名前を脳内で検索にかけるが、特にヒットはしない。そもそも本名かどうかも分からないため、今正体を探ろうとするのは無理である。
「あそこには騎士団とトラリス教がいます。どうやって地下へ行くつもりですか?」
「あ、やっぱり興味あるんだね。好奇心旺盛なお年頃かな?」
「もう行っていいですか?」
「ごめんごめん! 場を和ませようとしただけなんだ」
「はぁ、それでどうするおつもりなのですか?」
アルヴェリオはまだ顔に笑みが張り付いているが、説明をする気になったようだ。
「当然、僕達が堂々と彼らの前を突っ切ったら大変なことになるね。けど、誰の目にも留まらぬよう隠れて行くのも難しそうだ。であれば、別のルートを使うか、彼らを倒して行くしかないね」
当たり前のようにメリアスも一緒に行くことになっていることには突っ込まず、メリアスはその提案について気になる点を聞いていく。
「別のルートとは?」
「ここではない地下への入り口さ。沢山あるだろう?」
「他のルートであっても騎士団が常駐していますよ」
「勿論、そうだね。じゃあ倒して行こうか?」
「倒したら騎士団を敵に回すだけに留まらず、国を敵に回します」
「でも、君は国を敵に回そうとしているだろう?」
「……」
そんなつもりは毛頭ない、とすぐに言い返したかったメリアスだが、今やろうとしていることが国に見つかってしまった時、恐らく情報を盗もうとしているスパイと思われて敵認定されるだろう。
危ない橋を渡っているのも重々承知しているため、否定ができないのだ。
「敵に回す、という表現は正しくありません。私はただ、この国の真実を知りたくて……」
「フェンシェント王国の地上勢力からすれば、真実を知ろうとすることすら敵対行為として認められる。分かってるよね?」
「……確かに、真実は必ずしも国民に全て伝える必要はないと思うし、知らないでいた方がいいこともあります。ですが、不当に地下に抑圧されている人々のことや真実の歴史について知ることすらも禁忌とするのは情報統制にしても少々やり過ぎです。勿論、部外者の私にそれをどうこうする資格はないですが」
「うん、全くもってその通りだね! それであれば、僕達は同じ理想や考え方を持つ同志だ。共に歩めると思うけど、どうかな?」
アルヴェリオは即座にメリアスを肯定し、にこやかな笑顔で握手を求めてくる。
これで握手をすれば共に地下へ向かうことになるだろう。しかし、メリアスはまだどうすればいいのか決めかねている。
(本当に分からない。掴みどころがない人だ。冗談で言っているようにも、本気で言っているようにも感じる。判断が難しい)
まだ決めかねているメリアスを見て、アルヴェリオは握手の手を一度引っ込める。
「僕は、地下へ行くための秘密のルートを知っている」
「!」
メリアスは思わず思考を中断し、アルヴェリオを見る。メリアスも秘密のルートがどこかにあるのではないかという考えには至っていたが、その場所など知る由もなかった。
もし本当にそんなルートを知っているのであれば、提案に飛びつく理由にはなる。
「それは確かなルートですか?」
「ああ、確かなルートだ」
「どうやって知りましたか?」
「企業秘密だよ。でも、ヒントはあげよう。実は、地下の住民に教えてもらう機会があったんだ」
「まさか、貴方も地下出身ですか?」
「いやいやまさか。商人って言ったろう? 商人はビジネスチャンスがあればあの手この手で掴もうとする。その最中で本当に偶然縁を結ぶことができただけのことさ」
詳細は不明だが、乗ることも悪くない提案となりつつあることを理解する。それでもメリアスは一歩を踏み出すのを躊躇う。
(これが罠の可能性は? 彼が本当は王国の地上勢力で、私のように地下を探ろうとする者を捕まえる、または処理する役目を担っているなんてことは十分考えられる。でも、本当なら地下へ行ける)
その様子をアルヴェリオはまた楽しそうに観察している。やがてメリアスは覚悟したような顔でアルヴェリオを見た。
「分かりました。私も行きます」
「良かった!」
アルヴェリオは嬉しそうにメリアスの手を握るが、それは振り払われる。
「現状、この国は大きな混乱直前と言えます。時間がありません。すぐに案内をお願いできますか?」
「ああ、すぐに向かおう。これで地下へ向かう間の時間が退屈せずに済みそうだ」
そうしてメリアスはアルヴェリオに案内されながら地下への秘密のルートへ向かう。その道中、正規の入り口の前ではやはり厳重に騎士団が守っていた。
だが、やがてメリアスはアルヴェリオが向かっていく方向に違和感と焦燥を覚える。
「ま、待ってください。一体どこに向かっているのですか?」
「ん? それは着いてからのお楽しみさ」
「……」
アルヴェリオは大教会前からいくつかの細道を通りながら、段々とアークツルスの中心に向かっていた。
一瞬、騙されているのかと思ったメリアスだが、単に中心近くのどこかに秘密のルートがあるというだけかもしれない。
秘密のルートと聞くと町外れにでもあるような気がするが、別に必ずしもそうとは限らない。
「ここだよ」
ようやく二人が着いた先には、大変立派な建物があった。
「王城……」
それはアークツルスの中心であり、フェンシェント王国の中枢である王城だった。
(まさか、王城内にある秘密ルートを使うの? というか、王城内の秘密のルートの存在を知っている人なんて、それこそほんの一部の人間に限られるはず。どうして彼が知っているの?)
メリアスが気になったのはそれだけではない。
(それに、恐らく彼は御使師ね。ここに来るまでのスピードが普通じゃなかったし、御使師ならではの身体能力の高さが垣間見えた)
現状ではアルヴェリオが恐らく御使師であること、そしてどうやら王城内部についても詳しく、かつ繋がりを持っていることが分かっている。
これが罠である可能性は確実に上がった。だが、上手くこの機会を利用することができれば、王城内のより深いところに入り込めるかもしれない。
結局のところ、メリアスはこの件への深入りを考えた時点で、無理だとは思いつつもどこかで王城の調査をしたいと思っていたのだ。
「王城に侵入するのですか?」
「あれ、思ったより驚いていないね。もっと疑いの目を向けられると思っていたよ」
「向けていますよ。ですが、現在王城では例の事件について国の権力者達が集められて会議が行われているはずです。忍び込むには良いタイミングですね」
「なんだ、思ったより現状をきちんと把握しているみたいだね」
アルヴェリオは感心した様子である。
メリアスは会議のことを把握しているが故に油断して王城に入ってくるという罠である可能性すら考えているが、そのリスクは受け入れた。
「それでは、行こうか」
アルヴェリオは王城の裏門へ向かう。裏門自体はいくつもあるが、そこは物資の搬入、関係者の出入りなどを主としている通路である。
既に日も落ち、夜となった今では基本的に出入りも少なく、当然ながら騎士団が警備をしている。
「どうするのですか?」
「こっちから行こう」
アルヴェリオは裏門を通りすぎて少ししたところで立ち止まる。
基本的に王城は高い壁に囲まれており、常人が登ろうとすると大変だ。御使師の身体能力を持ってすれば登れはするが、そのまま登っていこうとすると王城の近くということもあって誰かの目が向いている可能性が高い。
近くには比較的高い建物が並んでおり、アルヴェリオはその建物と建物の間の狭い通路へ周囲を気にしながらさり気なく入り、メリアスも少し間を置いてから周囲に人がいないことを確認し、通路へ入る。
念の為なのか、アルヴェリオは手のジェスチャーで建物の上へ登ろうと示す。
メリアスはそれに頷き、二人は軽々と建物の壁を伝って屋上へ着いた。
「うん、良い景色。あの王城の頂上から見下ろしたらもっと良い景色なんだろうな」
「もしかして、ここから壁を越えるのですか?」
「正解!」
高い建物の屋上から高い壁が見える。流石に壁よりは高い位置にいるため壁の内側が見えるが、そこには木が生い茂る自然が広がっていて、その先に立派な王城があった。
「思い切りジャンプすれば超えられるでしょ!」
「……」
その距離は並の御使師でもなかなか難しい程度であり、メリアスからするとひとっ飛びで壁を越えられるか微妙なところだった。
ただし、メリアスの場合は風の神法を補助として使えば簡単に届く。
(大教会前の事件時から見られていたことから、恐らく私が風の神法を使おうとしていたこともバレている。だから、風の神法だけは使ってもいいでしょう)
そう思ったメリアスだが、良い足場があることに気がついた。
「それじゃ、早速行くよ」
屋上で助走距離を稼ぎ、アルヴェリオは走り出して飛んだ。
「ふぅ……」
メリアスもそれに続き、助走をつけてジャンプする。
先に飛んだアルヴェリオは綺麗に壁の上に一度着地し、そのまま壁の内側の下に降りた。
(神法の強力さと身体能力は必ずしも比例関係にある訳ではないけれど、彼は神法も強力と考えておきましょう)
空中でメリアスはそんなことを考えていた。
下には普通に歩いている人がいるが、夜ということもあって仮に上を見上げてもそれが人だとすぐに判断することはできないだろう。
また、メリアスは力一杯にジャンプはせず、あえて調整していた。それにより、綺麗に街灯の上に着地する。
人が一人乗ったところで街灯は壊れはしないし機能を失うこともない。そこからもう一度跳んで壁の上に乗り、下へ降りた。
自身の身体能力の把握と、正確な空間把握能力が無ければできない芸当である。
「よし、来れたね」
木々の中に降り立つとアルヴェリオが余裕そうに立っていた。なんとなくその様子が癪に触ったメリアスだが、気にせず前を向く。
「ここからは?」
「とりあえずどこかの窓から中に入ろう。秘密のルートは広大な一階の倉庫の中にある」
アルヴェリオを先頭としながら二人は王城に近づく。例の事件があったこともあり、見回りが多い。
見つからないように目的地へ向かうのは困難だが、二人はなんとか王城内への侵入に成功する。
当然だが王城内は豪華絢爛で美しい。ただの廊下であっても美しい装飾や質の良い素材が色々なところに使われている。
二人は見回りの行動を見ながら隙間を縫っていく。
(彼、慣れているわね)
そこでメリアスが気になったのはアルヴェリオの隠密行動のスキルである。
少なくとも、こういった潜入をしたことのない者ではできないような立ち回りで進み、見回りの視線や音、タイミングを図りながら着実に近づいていく。
だが、今はそれを言及すべきタイミングではないため、メリアスは黙ってついていく。
そして目的の倉庫前に辿り着いたが、そこには見張りが二人立っている。
メリアスがどうするんだという目線をアルヴェリオに送ると、アルヴェルリオは手から何か物を取り出し、廊下の先に放り投げた。
突然物が落ちた音がしたため、見張りのうちの一人がそれを見にいく。だが、もう一人は見張ったままだ。
「仕方ない」
そう言うとアルヴェリオは物陰から突然飛び出し、驚いている見張りを瞬時に気絶させた。
そしてもう一人の見張りも戻ってこようとしたので同じく気絶させる。
アルヴェリオが見張りの持っている鍵で倉庫の扉を開け、メリアスは気絶している二人を急いで倉庫内に入れる。
中に誰もいないことを確認しつつ慎重に進み、ついに壁に隠された秘密のルートを見つけた。
「よし、行こうか」
「はい」
メリアスの頭にはどうしても何故こんなルートを知っているんだという疑問が纏わりつく。それどころか、やはりこれは罠で、この先に地上の勢力の者が待ち構えている可能性も考える。
しかし、ここでそれを言及するのは危険に思えたため、いつでもレイピアを抜ける準備と覚悟をした上で秘密のルートに入っていく。
「ところで、君はどこの出身だい? この国ではないだろう?」
「何故、そう思うのですか?」
狭い秘密のルートを進んでいるとアルヴェリオが質問を投げかけてきた。
特段無視をする必要もないため会話は進む。
「まず思ったのは君の美しい容姿かな。僕は商人だから色々な国を回ってきたけど、君はこの辺りの人々の顔つきや髪色とは違う。それと、これは勘だけど、君はフェンシェント王国の出身だから自国の真実を探っている、という風には見えない」
「何故?」
「君と一緒にいた藍色の髪の少女、あの子はどこかの学校の制服を着ていたね。君達と一緒にかどうかは分からないが、外国の学校から行事で来ている風には見えないし、そうなるとわざわざ制服姿でこの国にまで来ないだろう。ということは、あの子はフェンシェント王国民だと思われる。そしてあの事件騒動もあって、あの子がこの件に巻き込まれたことと、純粋な自身の興味。動機はそんなところじゃないか? そう考えると君はこの国の民ではないだろう」
「……大体合ってます」
直感に優れているタイプでありながら、それを客観的な状況と合わせて推測する能力をアルヴェリオは持っている。
どこか軽薄さを感じさせる男ではあるが、得体の知れない相手であることに変わりはない。
「それで、どこの出身なんだい?」
「どこだと思いますか?」
「んー、そうだな……。アルニラムとか?」
「正解です」
アルヴェリオはすぐにメリアスの出身国を当てた。
「やっぱり! そんな気がしたんだ。そっか、アルニラムか。僕の友人も何人かそこにいるよ」
「そうですか」
「何故、わざわざ大陸一の大国であるアルニラムからここまで来たんだい? 旅行?」
「……ちょっと、離れたかったので」
「ふーん。ま、確かにあそこは超大国だけど、面倒なところ多いしね」
メリアスはあまりその話をされたくないといった雰囲気を醸し出している。
「ごめん、これ以上詮索するつもりはないよ。人には色々な事情があるからね」
「貴方は、どうしてこの国に?」
すると今度は私の番だと言わんばかりにメリアスが質問をする。
「僕? 商人だって言ったでしょ。商売しに来たのさ」
「それは裏社会に対して商売をしに来たということですか」
「はは、それもあるよ。結局ね、表で商売するよりも裏社会で商売する方が儲かるんだ。腐ってるだろ?」
アルヴェリオは愉快そうに言う。裏社会だからこそ法外な金が動き、それが国を動かすことすらある。故に表の権力者や資産家も裏社会に目をつける。
庶民には縁のない話ではあるが、世の中の金には至る所で汚い金が混ざっている。それは知らないでいた方が幸せだろう。
「武器ですか?」
「武器もあるし、物以外の保証や生き物とか、まぁ色々。それにしても君は動じないね。普通は裏社会の人間は怖いと思うだろうに」
「そういう世界があることは知っています」
メリアスは少し暗い声色で言う。知っているが容認はしていない、といった気持ちがアルヴェリオに伝わる。
「なるほど、君は逃げてきたんだね」
「……そんな、ことは」
メリアスは否定するが、その声は弱々しい。
「アルニラムのような超大国ではその分裏社会も大きいし、絶大な権力や影響力を持つ貴族や資産家も大勢いる。君がどういう立場でどんな生まれなのか知らないが、アルニラムの……いや、社会の闇でも嫌になったかい?」
「知ったようなことを言わないでください」
「ごめん、もうこの話はやめにしよう」
なるべく不機嫌さを隠すメリアスだが、雰囲気の悪化を察してアルヴェリオは話を終える。
それからは話もなくただ地下への道を進んでいく。
そして時間が経ち、ようやく地下都市がすぐそこに迫った時だった。
「んー、見張りがいないな……」
本来、秘密のルートの地下側の出入り口には見張りがいる。しかし、二人が来た時には誰もいなかった。
「何か想定外の事態で駆り出されているのでしょうか」
「そうかもね」
そう言ってアルヴェリオは扉を開ける。
「ここが、地下都市……」
メリアスは初めてフェンシェント王国の地下都市を目の当たりにした。
二人が入ってきた場所は地下の中では標高の高いところで、地下都市を見渡すことができる。地上と同じように街灯があるため暗くはない。だが、漂う雰囲気は地上しか知らない者にとっては異質だった。
「これがこの国の地下だよ。どう?」
「彼らは、一度も地上に出たことがないんですよね」
「ほとんどがそうだろうね。生涯、太陽を見ることはない。こんなところじゃあ健康も害すだろうし、長生きはできなそうだね」
建物は継ぎ接ぎされているところが多く、歩いている人々は皆陰鬱そうだ。地下ということで空気の循環も悪く、体に害のある汚染された空気を吸っている気分になる。
スラム街のようなところも見られ、衛生環境は悪く活気も無い。小さな子供達は友人と遊ぶよりもその日の食べ物を探すので手一杯だ。
「というか、出会った時は初めて地下へ行くかのような口ぶりでしたが、やはり既に来たことがあるようですね」
「あれは嘘だよ。なんとなく気づいていただろう?」
「まぁ……」
「それじゃ、簡単に見える範囲で説明するよ。まず、地下都市は居住エリア、工場エリア、中央エリアみたいに分かれているんだ。僕達がいるのは居住エリアと中央エリアの中間くらいの場所だね。それと、あの大きい建物が地下の王族が住まう城だね。まぁ、城というにはボロいけど」
その城は中央エリアの奥の方にある。また、灰鴉団の本部は中央エリアの中心あたりにある。
「彼らが地上を夢見て、地上を目指すのは当然だと思うだろう?」
「そう、ですね。彼らの遠い祖先が地上の王族と対立していただけなのに、ずっとこんな生活を強いられている……」
「理不尽だろう。でも、これが社会というものさ。人間社会において、誰かが蔑ろにされることを避けることはできない。必ず誰かが負け組となり、隅っこに追いやられる。弱肉強食という奴さ」
アルヴェリオはこの光景を見ても特に何も感じていないようだった。
しかし、メリアスはそれを責める気にはならない。誰かが搾取され排斥される社会を完璧に変えることは不可能であると、メリアスも知っているからだ。
それでも、不快なことに変わりはない。
「貴方は何度もここに?」
「いや、まだ数回だよ。あまり長居したくもないしね」
「そうですか。もしも彼らが一斉に地上へ出たら、どうなるのでしょうね」
「もしかして、彼らを解放しようとしてる?」
アルヴェリオは興味ありげにメリアスを見る。
「いえ、この国の民ですらない私にそんな権利も資格もありませんし、それで起きた結果に対する責任も負えません。自分の立場を考えない勝手な行動は返って彼らを追い詰めるかもしれません」
「なんだ、面白いことが起こるかと思ったのに」
「ですが、気づいたら彼らの解放に手を貸していた……という状況にはできなくもない」
「ほう!」
どうしてこの男はこんなに楽しそうなんだと思いつつも、メリアスは策を考える。この状況を少しでも好転させる何かが必要だ。
しかし、メリアスはまだまだフェンシェント王国のこと、地下都市のことを知らない。まずは知るところから始めないといけない。
「とりあえず、下に降りてみます」
「分かった。僕も少しだけ同行しよう」
「コンツバレルさんにも用事があるのでは?」
「あるけど、まだ大丈夫」
そうして二人は地下都市を散策することにした。
歩いていると二人はすれ違う人達にチラチラと視線を向けられる。明らかに地下では手に入らないような上等な服を着ていて清潔な上に、絶世と言って差し支えない美女であるメリアスと、魅惑の色気を漂わせるアルヴェリオが並んでいるため雰囲気がそこだけ異質になるのだ。
「やはり、目立ちますね」
「そりゃあね」
「でも、彼らは私達のような地上から来た人を全く見たことが無いという訳ではなさそうです。やはり、地上から秘密裏にやってくる人がいるのですね」
「ああ、いるね。でも、彼らには何もできないさ。手でも出そうものならその場で殺される」
「……」
メリアスは黙って周辺を観察する。中央エリアは人通りが多く、活気があるようにも思えるが、やはり雰囲気はどこか暗く重い。
「例の事件について、少し聞いてもいいですか?」
ふと、メリアスはアルヴェリオに大教会前での第二王子殺害未遂事件について尋ねる。
「話せる範囲でなら」
「まず、事件時に私達を見ていたようですが、何故ですか?」
「別に君達だけを見ていた訳じゃないよ。全体を見ていた」
「事件が起こることを知っていたのですか」
「知っていたよ」
アルヴェリオは躊躇いなく肯定した。つまり、事件の関係者であることが確定したのだ。
「貴方が地下の勢力に手を貸す理由は?」
「僕は商人だって言っているだろう? 儲かる可能性が高い方と商売したいんだ」
「今回は地下の方が利益を上げられると?」
「可能性としてはね。まぁ、最悪あまり稼げなくても面白いものが見られたらそれでいいかな」
どこか掴みづらく、他人の生き死にや汚いことも面白ければ良い、または無関心というのは裏社会側の人間らしい考え方である。
アルヴェリオはそれだけでなく、他にも目的や思想、暗く見えない何かがあるのではないかとメリアスは感じていた。
だが、アルヴェリオのような軽薄に見えながら奥底では何を考えているのか分からないような、得体の知れない相手から本音や深層心理にあるものを引き出すのは非常に難しい。
(地下勢力に手を貸していることは否定しなかった。それでもまだ地上勢力側である可能性はあるし、地下都市まで来たとはいえ、罠の可能性もゼロにはできない)
色々と情報を引き出せないかメリアスは続けて質問する。
「例の事件、どこまで噛んでますか?」
「ちょっとだよ。リスクの高さは理解しているさ。ちょっと手を貸しながら利益を掠め取れればそれでいい」
「戦闘神法を使うようなことに手は貸していますか?」
「やっぱり僕が御使師であることは分かっちゃうか。でも、僕は戦闘は苦手なんだ。そういうことにはなるべく手を貸さない」
メリアスは何を言っているんだと思った。アルヴェリオは並の御使師とは格が違う。これはメリアス自身も優れた御使師であるからこそ分かることである。
「君が僕から情報を引き出したいのは分かるけど、話せることは限られているよ」
「分かっています。でも、貴方は面白いものが見たいのでしょう? 私に話せば面白いことになるかもしれませんよ」
「本当に君がこの国を変えられるとでも?」
「私が中心になって変えることなどできないし、しません。しかし、その一助にはなるかもしれません」
「ふーん……」
少しピリついた雰囲気になりつつ、二人は中央エリアを出て居住エリアに来た。
中央エリアを外れたことで人通りは少なくなり、静かだ。
「今日はこの辺りに泊まるといい」
「泊まる……って、宿泊施設があるのですか?」
「一応あるよ。地上の宿のような煌びやかさも清潔さも無いけどね。本当に屋内で過ごすためだけの場所さ。それが嫌なら地上へ戻るしかないね」
「そうですか……」
メリアスは少し逡巡する。先ほどの中央エリアで軽く食料を購入したため、地下の宿で過ごすことはできる。
「そしたら僕は用事を済ませに行くとするよ」
「分かりました。ここまで連れてきてくださり、ありがとうございます」
「律儀だね。でも、こんな世界だからこそ、そういう礼儀は大切なのかもしれないね。それじゃ、また会う時があれば」
そう言ってアルヴェリオはすぐに去って行った。
メリアスは人気の少ない道に一人になる。心細さも感じるが、ここからの動きが重要である。
ひとまず宿に入り、様相の悪い主人に話しかける。
「嬢ちゃん、何者だい」
「実は、たまたま上等な服が手に入りまして……」
「まぁ、詮索はしないでおく。金は?」
身なりから地下の住民でないことは早々に気づかれた。しかし、こういったことは珍しくないのか、淡々と手続きが進んでいった。
メリアスは提示された金額を出す。宿のレベルを考えるとぼったくりもいいところだったが、この状況では文句を言ってもいられない。
「ほらよ」
鍵を受け取り、指定された部屋に入る。
中にはボロボロの机と椅子、ベッドと呼んでいいのかも分からない横になれるスペースだけがあった。ほとんど監獄である。
部屋の明かりは一応点くが、非常に暗い。仕方なくメリアスは自分の神法で明かりを灯した。
「これが地下の生活……」
実際にはもっと酷い環境も多々あるだろう。この宿でも地下の住民からすれば上等な生活と言えるのかもしれない。
世界中でどうしようもない理不尽は至る所に溢れ返っている。それは分かっていたつもりのメリアスだが、やはり自らの足を動かして現地に赴き、自分の目で見てみると理解度が跳ね上がる。
地下のことだけではない、世莉架の捜索やハーリアの今後の行動など、色々な思考を巡らせながらメリアスは狭い室内で一時休むことにした。




