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第二十一章『氷鏡廊(一)』

 眼も開けていられぬほどの吹雪の雪原に、二つの足跡が延々と続いていく————。

 

「————本当にこの先にあるの?」

 

 後ろを歩く少女が問いかけると、先導する女は振り返らず答える。

 

「ええ……、馬も立ち入ることの出来ない天然の要塞、身を隠すには打ってつけでしょう……?」

「そうね……。そして、そこに父さまと母さまが居るのね……!」

「…………」

 

 身を刺すような寒さと来訪者を容赦なく押し戻す吹雪の中でも、一歩ごとに両親の元に近付いていると思えば、凰蘭オウランの胸は不思議な暖かさに包まれていた。

 

 しかし、前を進む女————凛明リンメイの胸中には、辺りを押し包む極寒の冷気をも超える感情が渦巻いていたのである。

 

「……凰蘭さん。もう少しで辿り着くけれど、今の内にもう一度おさらいしておきましょう」

「ええ。『無事に辿り着いても一人で先走らず、必ず凛明さんの指示に従う』」

「そう。この雪原が天然の要塞なら、内部はさながら迷宮よ。私の案内が無ければ崔玄舟サイゲンシュウの居る最奥へは永遠に辿り着けないでしょう。勿論あなたのご両親の元にもね……」

 

 凛明の脅すような口振りに、凰蘭はゴクリと固唾を飲んだ。

 

「あなたの言いつけは必ず守るわ。父さまと母さまと、そして龍悟リュウゴおじさまと龍珠リュウジュの命が懸かっているもの……!」

「……玄舟の力が戻る前の今が勝負よ。きっと奴は『玄冥氷掌げんめいひょうしょう』の解き方を知っているはずだわ。二人で協力して奴の口を割らせるのよ……!」

「ええ……! やってやりましょう……!」

 

 決意を固めたように凰蘭がうなずいた時、凛明が前方へしなやかな腕を伸ばした。

 

「————見えたわ。アレが玄冥派の本拠『氷鏡廊ひょうきょうろう』よ……!」

「……アレが……!」

 

 凛明が指し示す先には吹雪に遮られおぼろげにしか見えないが、小さな洞窟のようなものがあった。

 まるで二人の乙女が飛び込んで来るのを、口を開けて待ち受けている雪原の怪物のように————。

 

 高揚した面持ちで凰蘭が足を踏み出した時、凛明は止まってあらぬ方向を見つめていた。

 

「凛明さん……?」

「……いえ、なんでもないわ。きっと狼でしょう……」

 

 そう言うと、凛明は氷穴へと歩き出し凰蘭も続いた。

 

 

 

 ————氷鏡廊の内部は天然の氷壁がキラキラと幾重にも乱反射を繰り返しており、あまりのまばゆさに凰蘭は思わず顔を覆った。

 

「『氷鏡廊』とはよく言ったものね。正に『氷の鏡が敷き詰められた回廊だわ……!」

「……行きましょう。こっちよ」

 

 自然の神秘に敵地ということを忘れていた凰蘭を、凛明が現実に引き戻す。

 

「あ……、ごめんなさい!」

「…………」

 

 無言で歩き出した凛明を凰蘭は慌てて追いかけた。

 

 凛明は鏡張りのような回廊を迷いなく進んで行く。その姿は氷壁に何重にも映し出され、凰蘭はいま自分がどこに立っているのかも分からない奇妙な感覚に陥った。

 

(……『敖光洞ごうこうどう』も迷路のようだけど、氷鏡廊ここは別格だわ。凛明さんの案内が無ければ、進むことも戻ることも出来そうにない……!)

 

 凰蘭は凛明に置いて行かれない様にしっかりとその後について行く。徐々に通路が広がっていっていることに凰蘭が気付いた時、前を歩く凛明が不意に足を止めた。

 

「凛————」

 

 不思議に思った凰蘭が声を掛けようとしたところ、凛明は振り返って人差し指を口に当てた。その意図を察した凰蘭が口をつぐむと、凛明は反対の指を左前方へと向ける。その先には練武場のようなひらけた空間があった。

 

(————あの先に、玄冥派の掌門・崔玄舟が……。そして、父さまと母さまも……!)

 

 氷漬けにされているとは言え、七年ぶりに両親に再会できると思うと、凰蘭の心臓は早鐘の如く鳴った。

 

 凛明が黙ったままうなずくと、凰蘭も応えるように力強くうなずき、二人は同時に奥のに足を踏み入れた。

 

 

 ————凰蘭と凛明を待ち受けていたのは、重なり合う『虎』と『凰』であった。

 

 

「————父さま! 母さま‼︎」

 

 凰蘭が魂の叫びを上げて、物言わぬ両親に駆け寄った。

 

「父さま、母さま……! 私よ、凰蘭よ……!」

 

 凰蘭はむせび泣きながら拓飛タクヒ凰華オウカへ声を掛けるが、返ってくるのは固く冷たい感触のみである、

 

 数年ぶりの親子の再会に眼を細めていた凛明だったが、次の瞬間にはある疑念が生まれてきた。

 

(……おかしいわ、この氷像はもっと奥のにあったはずなのに……コレがここにあるということは……!)

 

「————どこの鼠が潜り込んできたかと思えば、お前だったか。玄豹ゲンヒョウ……」

 

 脳裏に刻まれたしゃがれ声を聞いた凛明はビクリとして振り返った。

 

「……戻って来たということは『牌』が百枚集まったという訳だな……?」

 

 

 ————うすら笑いを浮かべて、そこに立っていたのは玄冥派の掌門・崔玄舟であった。

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