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第十九章『結託(五)』

 ギリギリまで玄貂ゲンチョウを引きつけ、絶対防御の隙を突くという作戦が泡と消えた正剛セイゴウは再び槍を握って突き掛かった。

 

 しかし何度やっても『霜甲練氣功そうこうれんきこう』の前に槍は弾き返され、正剛は必死の形相で全身に脂汗を浮かべていた。その様子を愉快そうに眺めながら玄貂が茶々を入れる。

 

「無駄だってのが、まーだ分かんねえのか。いい加減諦めろよ」

「…………」

 

 小馬鹿にするような玄貂の物言いだが、正剛は耳を貸さず一心不乱に槍を振るい続ける。

 

「……しっかし、おめえもアレだな。マヌケなりに俺さまを騙そうとするたあ、ちったあ成長してんじゃねえの」

「…………」

 

 玄貂は腰に手を当てたまま挑発をめない。

 

「まあ、でもマヌケはどこまでいってもマヌケのまんまだがなあ!」

「…………!」

 

 正剛は眼を見開き渾身の突きを繰り出した。しかし、その突きはやはり乾いた金属音を上げるばかりで玄貂の身体を傷つけることは叶わず、正剛は精魂尽き果てたようにその場にガクリとひざまずいた。

 

「……なかなか頑張ったが、ここまでのようだなあ。お優しい俺さまがそろそろ楽にしてやるよ……!」

「まだ、まだだ……!」

 

 正剛は槍を杖代わりにしてヨロヨロと立ち上がった。憔悴しきった様子の身体とは裏腹にその双眸には絶望の色は見えない。

 

「……気に入らねえな、そのツラぁ……! あの忌々しいリョウ家の奴らとおんなじ眼をしてやがる。この期に及んで、てめえに何の希望があるってんだ?」

「…………」

「溺れる寸前のガキみてえな眼で俺さまに命乞いをしてみろ! そうすりゃ命だけは助けてやるかも知れねえぜ⁉︎」

「……回転は鈍いが、貴様に下げる頭など無い……‼︎」

 

 正剛は玄貂の提案をキッパリと拒否して槍を中段に構えた。

 

「そうかい。まあ、どっちにしろ助ける気なんぞこれっぽっちも無えんだがな! ゲハハハァッ!」

「————行くぞ……!」

 

 正剛はゆっくりと中段突きを繰り出した。それは何千、何万と繰り返した基本の型であり身体に染み付いた言わば最も頼れる技であった。

 この何の変哲もない基本技を前に高笑いを浮かべて胸を張り出した玄貂だったが、その笑い声は突然途切れることになった。

 

「————ハ……⁉︎」

 

 上手く声を出せなくなった玄貂はゆっくりと顔を下げた。すると、おのれの胸に光り輝く槍が突き刺さっているのが飛び込んできた。

 

「————なッ、なんじゃあこりゃあァッ⁉︎」

 

 玄貂は絶叫を上げて後方へ飛び退すさった。胸に空いた風穴とよく動く口から大量の鮮血が溢れ出す。素早く傷口付近の経穴ツボを押して止血に掛かった玄貂は恐ろしい形相で正剛を睨みつけた。

 

「……てめえ、なんで……俺の……っ」

「まだ気付かないのか。俺は最初から槍に大して真氣を込めていなかったんだ」

「————何……⁉︎」

 

 訳が分からないといった表情で玄貂が訊き返す。

 

「落ち着いて自分の真氣を探ってみろ。切れかけているんじゃないか……?」

「————…………‼︎」

 

 言われるままに玄貂は体内で内功を巡らせてみたが、真氣は枯渇したように幾らも湧いて来ない。

 

「つまり貴様は見せかけだけの俺の軽い攻撃を、大量の真氣を使って防いでいたということだ」

「なん……だと……⁉︎」

「貴様は霜甲練氣功を過信して警戒を怠った。それが敗因だ……!」

 

 再びゴブリと吐血して玄貂は口を開いた。

 

「……途中で、俺を誘ったのも演技だったってのか……⁉︎」

「そうだ。ずる賢い貴様を騙すには、二重にも三重にも罠を張るしかないと考えた」

「…………クックッ、まさかてめえなんぞに……この俺が騙されるとはな……!」

「俺ひとりの力じゃない。あるかたから『正面からぶつかるだけが正道ではない』と助言を得たお陰だ」

「…………」

「話はここまでだ。これ以上苦しまないように、終わらせてやる……!」

 

 槍を旋回させて構え直した正剛をジッと睨みつけていた玄貂だったが、突然その口が持ち上がった。

 

「……ふざけんな、この俺がこんな下らねえ……死に方をしてたまるかよ……!」

「————⁉︎」

 

 胸を押さえた玄貂は無造作に正剛に歩み寄ると、次の瞬間、大量の鮮血を毒霧のように吐き出した。

 

「————なッ!」

 

 突然眼の前に紅いしゃが降りた正剛は急いで槍を振り回し、血霧を払いに掛かった。

 

「————玄貂‼︎」

 

 霧が晴れた先には、ドス黒い血溜りが残っているのみだった。

 

「……くっ! あの傷でまだこれだけ動けるとは!」

 

 慌てて正剛は地面に続く血痕を追ったが、それも数丈ほど進むと途切れてしまっている。正剛は悔しそうに地団駄を踏んだ。

 

「————クソっ!」

 

 正剛は首を振って辺りを見回したが、やはり玄貂の姿は見えない。

 

「……ん、アレは……?」

 

 だが、その代わりに途切れた血痕の先に何かが落ちているのが見えた。


    ———— 第二十章に続く ————

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