82話 -あかい月-
暗闇の中で目が醒めた。
カーテンの隙間から月光がさしているからそこまで視界がないわけではない。時間的には夜中で間違いないだろう。目が覚めた理由、寝苦しいわけでもトイレに行きたいわけでもない。
他者からこちらに向けられている意思を感じた。
殺意。
距離としてはまだ遠い。だがそいつは確実に近づいてきている。いや、そいつじゃない、そいつらだ。声がするだとか音が聞こえるなんてことじゃない、ただ感じるのだ。
少しうれしい。
寝起きだが、頭は冴え、体も淀みなく動く。人間だった時とは全く違う。よかった、悪魔で良かったと思う。こんな状況下であろうとも万全の状態と言っていい。
悪魔は戦いに生き、そして死ぬ。悪魔の遺伝子は常時、戦闘を可能とする。
「・・・」
そして薺。もちろん起きている。
勇者。
つまりは戦闘における最高峰に位置する者。それだけではない。幼き頃より武を収めしもの。
つまるところ、才能と努力が掛け合わさることで生まれるは武の頂点だ。この状況における準備としては俺と同等かそれ以上に見える。
すぅ、、
鞘から抜かれた赫き刀身が薺に握られている。
遥か昔から慣れ親しんだものであるかのようなこの武器は、マフィアの倉庫に蜘蛛の巣まみれで転がっていた。
錆びつき、抜く事さえ困難だった。刀身にもびっしりとついた赤錆は刀鍛冶でさえも匙を投げるほど強固だということでゴミ同然のように床に転がっていた。
わかった、何の知識もなくとも。その独特な、紐が巻かれた柄。
日本刀。
待っていたとしか思えなかった存在。
薺もった瞬間に赤い霧が発生した。大騒ぎするマフィア連中の声の中で霧は消え、再び現れた日本刀に錆など欠片ほども見えない。消えていた。
黒い鞘を抜くと赫い刀身。濡れているかのような波紋を浮かべていた。己に相応しい使い手を待ち望んでいたかのようだった。
刀身から溢れ出す禍々しい気配と赤い霧が薺を一瞬にして覆った。包み込むなんて言う霧のイメージとは全くそぐわない霧。薺に噛みついているようにすら見えた。
勇者の白。
かつて森での戦い。村長がくれたただの短剣は薺が持った途端に白い光を放ち聖剣かと思うほどだった。
その時と同じように、刀にも淡い白い光があらわれた。汚れず、欠けず、常に最高の状態を保つ効果を持つ光。勇者の光。
戦う赤と白。
せめぎ合っているように見えた、赤い霧と白い光。しばらくして霧は消え失せた。禍々しい雰囲気は消えた。赤と白の戦いの間、目をつむっていた薺は満足そうな表情で目を開けた。
妖刀だったのかもしれない。しかし薺の光に浄化され生まれ変わった、あるいは完全に従ったのか、俺にはわからなかった。
<赫雫> そう名付けた。
足音を消しゆっくりと歩いてくる。三人。ふたりは特殊スキル所持者であり、もうひとりは持たぬもの。敵がドアの前に立つよりも数歩だけ前の出来事。
薺はなめらかに動いた。
刀をゆっくりと真一文字に薙ぎ払った。そのフォームのなんと美しき事。洗練されていた。無駄など一片もない。
壁越しに斬った。
それは俺にとっても予想外だった。人間だった時の常識が頭にこびりついているのだろう。まさか壁ごと切るなんて思いもしなかった。
壁を挟んだ反対側、それはすでに薺の間合いであったのだ。
闇と月光までも切り裂いたかのような威力をもった一撃。
反する無音。
美しかった。
暗殺者の命の火は消えた。
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