28話 ーアメリカバイソンー
黒部 圭太:何も知らずに異世界に飛ばされた、少し馬鹿でかなり生意気な少年。最初の村で無能と宣告され、追放された。相手を「無能」にするスキルを持っている。種族は悪魔。
安倍 薺:何も知らずに異世界へと召喚された勇者の少女。
河原に寝そべっているその男の吐く息は、アメリカバイソンと全く同じ臭いがする。
黒部 圭太。
知らないうちに異世界に飛ばされ、最初の村で無能を理由に追放され、大司教を倒し、勇者を隷属にした悪魔はいま大風邪をひいている。
涙が溢れ出る。
つらい、苦しい、気持ち悪い、死ぬ、死んでしまう。
背筋が震えているのではないかと思うほどに寒いのに、汗がジワジワ滲み出てきて体はベトベト。服にも汗が大量にしみ込んでいて、自分の体から発する汗臭さがとにかく不快だ。
頭は割れるようにガンガンと痛み、胃はすぐさま逆流しようとしてくるので唾を飲み込むことで対抗している。吐いてしまえば楽になると分かってはいるが、嘔吐している姿を見られたくなかった。
全ての風邪の症状が全力で彼を苦しめている。悪天候の中、雨と風を浴び続けていたのが原因であるのは明らかであった。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
口で息をしているのは、両鼻が完全に詰まっているから。最初は何度か鼻をかんでいたのだけど意味が無いしチリ紙も無いからもう諦めている。
異臭を放ち寝そべり口をパクパクしている、まるで死にかけの魚。
その河原にいるのは圭太だけではない。太陽の光によって黒髪に天使の輪が浮き出ている少女もいる。
彼女の名前は安倍 薺。
セミロングの黒髪に色白の肌。白いワイシャツに首元にリボン、そしてひざ丈のスカートという服装は学校の制服そのものだ。全くの健康体で男のそばにチョコンと正座している。
その河原には焚火がある。
夜は多少肌寒いが日が出てきて段々と暖かくなってきたというのに、大量に積み上げられた木々から炎が勢いよく立ち上っている。
勇者である薺が魔法で作りだした火だ。
彼女は奴隷である。だから主人である圭太の喉が渇いたら、川から水を汲んでくる。だから傍にいて様子を伺っている。たまには森をのぞきに行ったり、川を見に行ったり、空を見たりしているけれど。
俺は何て格好悪いんだ。ダメ人間、いや、ダメ悪魔だよ。
途中までは良かったはずだ。勇者に勝利し、偉そうに命令してくる頭の中の声にも勝利した。
そっからは駄目。俺の想い描いているクールで強い悪魔のイメージとは全く違っていた。
クソが、ふざけんなクソ、なんで風邪なんか引くんだよ!
悪魔だぞ!悪魔。おかしいだろ。悪魔が風邪を引くなんて今まで一回も聞いたことねえっつーの。なにを風邪菌に負けてんだよ。
おかしいだろ。バファリンを持ってこい、ただのバファリンじゃなくてやたら高いほうのプレミアムバファリンを持ってこい!
くぅ~。
お腹の鳴る音がして見て見れば薺が少しだけ顔を赤くしていた。
「その袋に入ってるやつ食べていいから………」
あの皮袋には村長からもらった乾燥肉、干した果物、パンが入っている。いまのふたりが持っている唯一の食糧だ。今になっても村長にはとても感謝している。
少女はこっちを見て頷いた。そして中身をすべて川石の上にひっくり返して興味深そうに眺めている少女を見ながら思う。
なんで?
なんでこの子はピンピンしているんだろう。土砂降りの中にいたのは一緒なのに。何なら昨日の夜は雷が直撃して、ほとんど死んだ状態だったはずなのに。
勇者。
勇者だからかよ、ずりーよこの野郎!っていうかお前だけ全然汗をかいてないよな、服も新品みたいにパリッとしてるし、泥も被ってないし、髪もさらさらで風呂上りみたいに見える。
一緒に雨にも泥にも濡れたし、汗だってかいてるだろう。意味わかんないぞ。
風邪をひいていないのは、俺の方が長い時間雨に当たっていたからってことで、まだ納得しようとすれば出来るけど、清潔感あふれる装いについては絶対納得できない。マジで意味が分からない。
卑怯だ、卑怯だぞ。
たき火を作らせ、水まで運んでもらっている少女に対して、恨みがましい淀んだ目線を浴びせる黒部 圭太。
それこそまさに悪魔の所業。
ガサッガサ
コカーーーー!!
ギャーース!
っていうか森からの声がうるさいんだよ!
木漏れ日が差し込む森は遠くから見ると綺麗だけど、近づいてみたらうるさい。小鳥の声ならいいけど、獣の雄叫びとかもするし、木の倒れる音もする。
気になって寝れないんだよ!
不満はまだまだある。薺が火の魔法を即座に使いこなしたことも気に入らない。
圭太がどんなに念じても生み出せなかった火。焚火に使う火を少女は一発で生み出した。
最初は可愛かった。
魔法で火を出してくれと言ったら全く理解できない顔をしていた。やっぱり無理だよな、とは思いつつも「念じろ、絶対できる。とにかく具体的にイメージするんだ。イメージだ、イメージ」というアバウトすぎるアドバイスをした。
そしたらなんと1分もしないうちに使えてしまった。
しかもかなりの威力。雨上がりで水を吸いまくっている流木を燃え上がらせるほどの強火だった。
喜ぶべきだ。
火が自由自在に使えるとなれば、今後のサバイバル生活においても相当便利なことは間違いないのに100%喜べない圭太がいた。
彼はどれだけイメージしても火の魔法は使えなかった。今も使えない。だからといって自分が圧倒的に劣っているなんていう劣等感を持つべきではない。
自分のために火の魔法を使ってくれた少女に感謝するべき。心では分かっていても複雑だった。
ずるい、やっぱり勇者ってズルい。
文句。
薺に全助けてもらっているくせに文句をいう悪魔。具合が悪すぎて眠ることも出来ないという一番つらい状況なので、この悪魔は文句ばかり考えているのだ。
ダークな視線を浴びせられているとは全く知らず、モグモグとリスのように干し果物、何の種類だかわからない果物を食べる少女。
無口で、そして、表情の変化が少ない少女。
少女を見ながら思う。
帰りたい。
もう駄目!異世界って全っ然駄目!安全で、清潔で、全てが整った日本に帰りたい。
息苦しくて、堅苦しくて、融通が利かなくて、政治家は糞で、ストレスばかりかかる国だと思っていたけど、もう絶対に文句なんて言わない。頼みます神様、もう我儘は言いませんので、なんとか日本に返してください。できればスキルは持ったままで。
恋しい。
考え出したら日本が恋しくてたまらない。向こうでは当たり前にあったものがこっちには一切ない。具合が悪いというのに枕もなくて、石を枕にしてるんだから。
ベッドで寝たい。風呂に入りたい。デカビタが飲みたい。チョコジャンボモナカが食べたい。ピザが食いたい。牛カレーが食いたい。水ダウが見たい。大谷が見たい。カリオストロの城が見たい。くずパチを見たい。本田三姉妹のチャンネルが見たい。Vチューバーに投げ銭してお礼を言われたい。
圭太の目からあまり美しくない涙が流れた。
異世界は 地獄で候 俺早漏………圭太、心の俳句。
吐く息はアメリカバイソンと全く同じ臭いだった。
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特殊スキル 無能 Lv3
特徴:自分自身から30m以内の生き物に「無能」のバッドステータスを付与して無能状態にする。無能状態になると全ステータスが90%ダウンし、運は-100になる。ただしターゲットとして選択できるのは1体に限る。下位能力による付与阻害や能力低下の影響を受けることはない。




