2.7 お嬢様、あまりやりすぎませぬように。
「見つけたわよ、このヘンタイ!」
自称名探偵は、祭りの参加者たちの前で堂々と啖呵を切る。目立ちたがり屋のお嬢様は黒焦げになっていたとしても、いつもの決めポーズを忘れることはなかった。
ズビシと指を突き立てるその姿は、正にこの国に語り継がれる英雄のそれだ。焼け焦げ邪魔になった袖を、こっそりと引きちぎっている姿もご愛敬というものだ。
「え、あ?」
ルーリアの指先には、ローブに仮面とパーソナリティを隠しきった男がいる。これまで驚く程巧妙に潜んでいた犯人であったが、ヘンタイと名指しをされたとあっては逃れようもない。周囲の人間にしっかりと見据えられている事態に、すっかりと狼狽していた。
「何を、言っているんですか? 私が犯人だなんて、まさか――」
しかし男は諦めない。仮面を被っていることを利点にと、目を血走らせたまま白を切ってみせる。やはり男のパニックは収まってはいなかった。逃れようもない場面であったが、唯一の逃げ道は無視の他なかったであろう。とかく、声が届いた瞬間に、男は自分は犯人ではないと反応をしてしまっていたのだ。
「お黙りなさい!」
衆目を一手に引き受けた男へ、ルーリアは持ち前の声量を隠すことなく轟かせる。ピシャリと言い放てば、両手を広げてみせていた。これ以上は言い訳も聞くつもりもないというポーズであった。
「……まったく。この後に及んで、言い逃れとは美しくありませんこと。探偵として、決定的な証拠を突き付けてあげましょう」
――周りを見てご覧なさいな。
「なっ――」
少女の言葉に従い周囲を見渡すその途中、犯人である男は言葉を失った。皆が皆、彼を見つめていた。それは疾うにわかっていたことであるが、幾らでも違和感は付きまとう。何故、皆が皆己を犯人だと確信した表情を浮かべているのか。
そこにある感情は十人十色、祭りを邪魔する者への憎悪もあれば、パンツァーシュテッヒャーと対峙することへの哀れみ。そのどれもが男を犯人と断定するものである。かつての彼が一心に浴びていたものと再び出会う。このような感情を味わいたくなかったから、ルーリアを陥れようと必死で策謀を練った筈だ。
だが、言い逃れの出来ないレベルで視線は彼へと迫っていた。問題は、視線ではない。彼へと向けられた無数の顔、そのどれもが今や仮面を外している――つまりは、今ここで仮面を身に着けているのは彼ただ一人であった。
「バ、バカ、な……」
自失から、男は膝を折る。どこからどう見ても、我を失っていたのはルーリアの筈だった。訳がわからない、と男は未だ仮面に覆われたままで苦悶の表情を浮かべていた。
「バカは貴方よ、先生?」
「お前、俺がわかって――いや、どこまで、どこで気づいていた!? 舞台上での振る舞いは一体何だったんだ!」
先生と呼ばれた男は、かろうじて残った知性を動員して問いかける。否、問わねばなるまい。何故ここまで周到に組んだ計画が崩れるのか? そこに至る適正な解答がある筈なのだ。
「ふふん」
屈服する姿を見て満足したか、はたまた衆目を前に推理を披露できて上機嫌になったか、ルーリアは嬉しそうに鼻を鳴らす。探偵という職業を選んだのも、全ては次の台詞を言うためなのだから。
「すべては、計算! 貴方の策は、すべからくお見通しよ!」
「--バカ、なっ!?」
興奮の余り、余剰魔力が漏れ出るルーリアは光り輝いて見えてすらいた。再びビシリと指をさせば、周囲からの歓声が沸いている。
男にしてみれば、すべてが不可解だった。だが、智謀に賭けた彼は、今や己の策謀が崩れ去ったことを理解していた。計画の破綻を知れば、屈した膝には力がこもらない。ただただ震えながら全てが曝け出されることに恐怖した。そう、ここまでの凶行、復讐を練ったものの、男にはまだ失いたくないものがあった。
「……いやぁ、出来過ぎでしょうよ」
主人に聞こえない程度の声で、少年執事は唸っていた。はっきり言って、周囲との温度差を感じる。そのあまりの酷さに風邪でもひいてしまいそうであった。
「ソフィア、ルーリアはどこまで計算していたのかしら?」
「いやいやいやいやいや、あのお嬢様に計算なんかないですってば」
くいくいと引かれる袖の感触のおかげで、少年は意識を繋ぎ止めることが出来た。好奇心で何でもつっこみを入れるアルベルタの存在をありがたく思ったのは、これが初めてではないだろうか。
何とも眩暈のする思いに駆られるが、仕方ない。半分は、自分が主人を火炙りにした所為なのだから――取り敢えず、ゾフィは己にそう言い聞かせながら、状況の整理に努めることにする。その間も黒髪の少女に袖を引かれていたが、集中力が途切れるので、やんわりと払っていた。
煙の中から現れたルーリアは、見るも無残だった。衣服も肌も、爆発に晒された結果、襤褸切れを纏う程度で少女は姿を見せていた。現れたかと思った瞬間、それは一目散に少年執事へと飛びかかる。跳躍しただけであったが、膨大な魔力を受けた身体は一直線に放り出されていた。
正に飛ぶが如く。
本当に死ぬかと思った――後に執事の少年はそう語る。自分が存命していることは、己の力以外の何かが働いたからだと信じて疑わずにはいられなかった。
舞台で起こったことを見守っていた群衆が暴れなかったこと、それこそが奇跡だったのだろう。あれだけの爆発を受けながら、ルーリアの肌は煤けているのみで、火傷の一つもない。正直、みなその頑強さに驚いていた――というか、引いていた。つまり、誰も動くことが出来ずに見守るしかなかった。
少年執事へと、それが飛び込んで行っても、安否を祈るしかなかった。
「ゾフィィィ、覚悟はよろしくて?」
「むー、むーむー!」
舞台上から少年までは十メートルはあったが、一瞬で距離を詰められた上に、主人の掌によって口元を掴まれている。
三流僧侶とは誰が呼んだか。デバフの類が一切習得出来なかったルーリアであった。だがその代わりとばかりに、自身への強化を異常なまでに習得していた。彼女が保有する特技、危機回避をもってすれば生命が脅されるまでに、ありとあらゆる対抗策がほぼ自動的に展開されてしまうまでに至っていた。
「あら、私としたことが……」
掴んでいた手が、ゾフィの頬骨を砕かんとばかりに握りしめていたこと、それに気づいてルーリアは力を緩めた。瞬間、少年は、直近の死から逃れて空気を喘いだ。今でも気が気でない少年であるが、この状況では舌先三寸でもなんでもいいから、延命のために言葉を尽くさねばならない。
「ぷはぁ、あの、お嬢様――」
「何? くだらないことなら、その口を捻り潰すわよ?」
「えぇ……」
主人の怒りを知っていたつもりではあったが、失敗イコール死の状況を悟り、ついつい不平の声を上げてしまう。生半可な答えをしては、本当に捻り潰される――否、痛みを自覚する前に頭ごと破壊されてしまう。
身震いをする暇もない。これまでも似たような経験をしていた少年は、瞬時に脳へと指令を下す。ともかく生き残るための情報を思い起こせ、と。
「お嬢様……」
「何よ?」
全ては彼の次の言葉にかかっていた。胃が熱くなる感覚を得ながら、少年は言った。
「お嬢様はもう気づいていらっしゃるでしょけど」
犯人がわかりました。
そのフレーズの後、手のつけられない魔物のような表情から、彼のよく知るルーリアの顔へと戻ったことは言うまでもない。
「さぁ、観念なさいまし」
ルーリアは仮面の男へと詰め寄る。その間に、リディアーヌの指示で周囲の人間は徐々に彼女らから距離を取り始めていた。常人を遥かに超えるパンツァーシュテッヒャーが暴れるとなれば、十分な空間が必要となる。
「ま、待て! あれだけ仮面を被った人物がいたのだ、どうして私以外の仮面が悉く砕かれている!」
気が動転している男は、恥も外聞もなく、眼前のお嬢様へ問うていた。本来ならば下手人の言葉など無視してしまってもよい。だが、探偵を名乗る少女としては、問われたのであれば種明かしをせずにはいられない。
「全ては計算通りと言いましたが、いいでしょう。犯人が潜んでいるということはわかっていましたから。後はその犯行の方法――仮面で人を操っているとわかれば、後は簡単なことですわ」
事も無げに少女は告げる。
実際、事は単純だった。仮面を被って潜伏している人物がいるならば、“他の全ての仮面を剥がせばいい”ゾフィの言葉を聞いた彼女は、即座に会場全域へと魔力を展開してみせた。大仰に聞こえるかもしれないが、単に魔力の波動を響かせただけに過ぎない。魔力が伝われば、予め用意していたスイッチが入った――ただそれだけのことであった。
入場料として身につけさせていたオーメンは、彼女の魔力を受けると割れる仕組みになっていた。ここには、オーメンが壊れたら、また買ってくれて財政潤うんじゃね? という打算が含まれていたので、執事からは随分と非難されていたが。
執事とのやり取りはともかくとして、ルーリアが持ち込んだ仮面は、全てが砕けてしまうのだ。割られていないオーメンをつけているものが犯人なのだ。
割れていないオーメンは、外部から持ち込んだものを身に纏っている証となる。先の事件に続き、穴だらけではあったが、それでも犯人を追い詰める結果に結びついているので、少年執事はそれ以上口を挟むことはなかった。
「ク、クフフフ」
それまでの説明を受け、男は突然に笑い出した。追い詰められたこの状況であって、この笑みである。それにはルーリアですら、たじろぐものがあった。
「追い詰めたつもりが、追い詰められているぞ!」
「な、何を言っていますの!?」
緊迫の表情を浮かべるルーリアに対し、男はここに来て非常に冷静であった。種が明かされたとしても、手品を遂行することは出来る。手口がわかっていても、常人では追えないスピードで繰り出される芸は、最早手品の域を超えていると言えるだろう。
仮面の男は、一度は折れた膝元に力を入れ直す。瞬時に魔力は整い、彼の他に残った仮面を被るものへと指令を下す。
仮面を媒介した他者の精神を乗っ取るそれは、言う間もなく外法だ。好んで使用する魔術使いなどはほぼいない。人権無視も甚だしい技である上に、無意識下への命令、行使であるためも複雑な命令は告げられない。
だが、この上なく非効率な魔術であったとしても、火薬庫へ点火するだけのような単純作業であれば十分に事足りてしまう。
「さあ、弾け飛べ! 計画とは異なるが、祭りは台無しだ! お前らが守れなかったものの価値を噛みしめろ!」
仮面の奥、くぐもりながらも男は大きな声で怒鳴った。瞬間、ステージの外れにいたスタッフの一名が、掌に宿った火種を翳している。その目前には点火すべき縄が存在しているではないか。
「ああ、その程度ですの。お好きにどうぞ」
「偉そうに言うのも、今の内だ、さぁ、ドカーンと来るぞ、ドカーンだ!」
未だ仮面の下で表情を崩さない男であったが、ついには笑みを作っていた。焦ることなどなかった。結局は、会場が爆破されれば祭りは中止となり、彼女らへの恨みを晴らすことができるのだ。
「……はい。お早くどうぞ?」
「お前、どこまでも、どこまでも人をバカにしやがって! 言ったのはお前だ、後悔していろ!」
男が怒声とともに手を振るえば、仮面をつけられたスタッフは火薬を敷き詰めた舞台の導火線へと火を灯す。
縄を灰へと変えながら、火勢は衰えることなく伝っていく。最後の仕掛けに手を入れた男は、腹を括っていた。この先、己を巻き込む程の大爆発が待っているのだが、それも止む無しということだ。犯人だとわかってしまったのなら、会場全体を吹き飛ばすしかない。こんな小娘に人生を破綻させられる訳にはいかないのだ。
「いいか、全部お前の所為だぞ! 貴族だか何だか知らないが、あの日あの時、あの場所でこの俺をコケにしたことがお前の運の尽きだったんだ。ルーリア・フォン・シュトライヒャーよ、俺と共に死ね!」
導火線が燃え尽き、炎が盛大に巻き起ころうとする寸前、男は仮面に隠した心根を吐露していた。表情は隠れているが、最早隠すものなどはない。ここで死ぬのであれば、恥も糞もないのだ。
脅し程度で済ませなかった、この娘が悪いのだ――独りよがりなことこの上ないのだが、この男は本気でそのように思っていた。そして、会場に集まった人々とともに心中するつもりでいたことにも、偽りはなかったのだ。
「……ん?」
叫び切った後、男は目を瞑っていた。だが、いつまで経っても衝撃は訪れず、ついにはその瞳を開けてしまっていた。
「それで、いつになったら爆発するのかしらね。いい加減にして欲しいものですわ。ねぇ、先生?」
爆発すべき会場、その中央には辟易とした表情を浮かべるルーリアが存在していた。仁王立ちで腕を組む姿に、男は過去の記憶を揺さぶられざるを得ない。




