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わがままお嬢様の探偵業《チカラワザ》  作者: 三宝すずめ
2.お嬢様、働いてください
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2.6 お嬢様、ステージから降りないでください!

 ステージの爆発の後――正確にはほんの数秒のことであったが、少年執事には時の流れが随分と遅く感じられていた。何やら焦燥感が募り、握られた手指は色が白に変わっているが、当人は目前の光景から視線を切れないでいる。


(爆発が……あ、いや、何か起こると思っていたけど、規模が大きすぎて……いやいやいや、お嬢様はきっと無事だよな。あの人、何しても死なないし)


 失態の責任を考えれば、むしろ死ぬのは自分か? おぞましい光景を浮かべてしまったゾフィは、必死に頭をフル回転させていた。ザビーネ邸で騎士と対峙した時のように頭はクルクルと回っているが、無風のこの場で何故風音がするのか、彼にはさっぱりとわからないでいた。


 コオォ、ヒィィ、という風の流れる音が耳に障って考えがどうにも纏まらない。


「祭り会場で主人を火炙り……シュトライヒャー家は、謀反の規模もド派手ね」

「お願いだから、少し黙って!」


 黒髪のメイドへがなりながら、少年は視線を右へ左へ馳せることに躍起になった。ステージは黒煙に包まれ、先程までルーリアの姿へ注目を注いでいた民衆も、今はその場に縫い付けられたように動けないでいる。


「ソフィア、少し落ち着きなさいな。アレがこの程度で死ぬなら、私はもっと楽に学園生活を送れたことでしょうよ。それよりも、怒りんぼさんが暴れ出す前に犯人のことでもお考えなさいな」

「リディアーヌ様……」


 かけられた声に振り替えると、ゾフィの視線の先には腕組みをする金髪の少女の姿があった。ルーリアの心配は不要だと考えていた少年であったが、リディアーヌの言葉には幾分かホっとさせられていた。


 このタイミングで犯人のことを、というのは順序が違うようにも思えるが、次の言葉のおかげで脳のギアが噛み合った感覚を得てみせる。


「本人は姿を現さず、大勢の前で攻撃しかけてくる輩――貴方にも心当たりがあるでしょう?」


 眼球の動きと少女の言葉に刺激された脳は、記憶の底から何度か出会った場面を引きずり出す――そう言えば、似たようなことが昔もあった。落ち着き払った(落ち着きすぎているとも言う)二人の少女の姿から、腹を決める。この場を如何に納めるか、そこへと考えをシフトさせていく。


「さて、目星がついても、犯人はこの人だかりに紛れているわけですし。どうしましょうか?」


 会場はそれ程広くはない。だが、犯人はこの会場の中にすっかり紛れ込んでいる。見つけたとしても、下手をすれば取り逃してしまう恐れがあった。それは何よりもルーリアの機嫌を損ねることになる。


 コオォ、ヒィィ、と再び耳に届く風音はノイズのように執事の鼓膜を打っていた。


 落ち着いてきたところで、少年はこの風音がよく知っている人の声に似ているなぁ、思い過ごしだといいなぁ、と考える余裕が――否、己の危険を如何に回避するかにも思考を割かねばならなくなっていた。


「ゾフィ、あんたの主人が呼んでる」

「ああ、うん。わかってる。だけど、敢えて無視してるんだから! ……その、察してよ」


 無機質でありながら、どこか嬉しそうなアルベルタの声に苛立ちが少々募る。尚もくいくいと袖を引かれるその手を優しく払ってみせたが、正直余裕がない。


 皆まで言うな、が少年の偽らざる本心だ――この風音がどうやら“ゾーフィーー”と言っているらしいことくらいはもうわかっている。


 犯人を炙り出すことと、火炙りにした主人のご機嫌取り、その両立は非常に困難だ。頭を抱えるに抱えられない状況で、メイドの少女は相変わらずニタニタと彼を見つめていた。


「あひぃっ!?」


 嗤うアルベルタへ再び抗議をしようとしていたが、条件反射で執事は飛び退いてしまった。彼は見てしまったのだ――黒煙の中からゆっくりと這い出てきた腕を――


 執事のただならぬ表情に、祭りの参加者たちも事態が動き出したことを察し始めていた。如何にして知るのか? 簡単なことだ、少年の視線の先を辿ればいい。


「ゾー、フィイィィィ!!」


 風音などという生易しいものではない。獣の如き咆哮とともに、黒煙から突き出た腕は煤けている。爆発の凄まじさはこんなところからも知れた。続き、踏み出された足は素足――ヌっと突き出されたそれも灰を被って汚れていた。


「ヒっ――」


 今度の声は、少年からのものではない。というより、誰のものとも判別がつかない。多くの人が集まっていた会場のそこかしこで悲鳴のようなものが上がっていた。


 名前を呼ばれた少年は死を覚悟しつつも、どうせならとことんやってるよ、と開き直ることにしていた。否、実際にそれくらいしか彼には出来なかった。




 悲鳴が入り乱れる中、一人だけ他とは違う表情を浮かべる者がいた。無論、仮面を被っているために傍らからは顔は窺い知れない。


 そうであったとしても、その表情が愉悦だろうと推測することは出来た。


「ク、ククク」


 声を堪えているものの、黒いローブに包まれた体は九の字に折られ、プルプルと震えている。一点、黒煙から突き出されたルーリアの腕を見ては、悦に入る。


「完璧じゃぁ、ないか」


 感情が溢れ切らないよう、音が周囲に聞かれないよう、細心の注意を払って男は独り言ちた。それでも隠し切れない歪さがその声にはあった。だが、そのことを当人は気にも留めていない。元来彼は自信家であったので、自分の姿を他人がどう思おうが構うことはない。


 それにしても、ここまで計画通りに進むとは彼も思っていなかったのだ。


 後は、怒り狂ったパンツァーシュテッヒャーが大暴れしてくれれば、それで仕上げになる。祭りの参加者に怪我人が出れば、護衛についていたルーリアやリディアーヌは勿論、主催者であるザビーネの信用は地に落ちる。


「嗚呼、早く、早くその時を見せてくれ」


 結果を前に、感情が切り替わったのか、男は姿勢を正した。


 群衆がまだ恐慌状態とは言え、怪しまれる行いはすべきではない。何せ、後少しで人々は逃げ惑い始めるのだ。ルーリアがそれ程暴れなかったとしても、最後にはまたも火薬が盛大に爆発する。それすら傀儡となった祭りの参加者が仕掛けたもので、己へは決して辿り着かないようになっている。


「ク、クフフフ」


 自制しなければと男は思っていたが、再度嗤い声を漏らしてしまっていた。


 黒煙からゆらりと現れたルーリアに、学園時代の面影はない。あの程度で死なないことは計算済みであったが、自慢の金の髪も白い肌も煤けてしまっている。服は爆発で襤褸(ボロ)切れを巻きつけている程度でしかない。


 傲岸不遜を絵に描いたような少女がそのような出で立ちでいることを、笑わずにいられようか?


“ゾーフィーー”


 そんな怨嗟の篭った音を聞きながら、男は瞳を閉じた。遂にこの時が来た。


 思えば少年執事には悪いことをしたようにも思うが、全てはルーリアが悪いのだ。生まれに関係なく実力を発揮しているにも関わらず、権力に媚びへつらい続けたあの少年にもやはり罪はある。


「……ん?」


 幕切れまでの間、あれよこれよと因縁を思い浮かべていたが、いつまで経ってもその幕が引かれない。それどころか、違和感を覚えて、男はつい声を上げてしまっていた。


 ざわざわという表現が似つかわしいか。先程までの悲壮な声ではない。何か訝しがるような声に囲まれている。


「な、何が――」


 計画以上に事が進んできたことが仇になった。ここにきての不測の事態は、一種のパニックすら彼は引き起こしていた。周到に策を練り、群衆に紛れている。男は自分が決して見つかる訳がないと思っていた。


 だとすれば、どうして周囲の人々の視線は彼へと向けられているのだろうか?


 その疑問に答える代わりに、鈴が鳴るような綺麗な声がした。怒気を含んだその声の主は、無論ルーリアだ。


「見つけたわよ、このヘンタイ!」


 多くの人で溢れた祭り会場の中で、少女の碧眼は男を真っ直ぐに捉えていた。

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