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舞台裏~黒石の決断と「会長のバカ」大作戦・2

 会議室で体育祭の打ち合わせを終え、生徒会室に戻ろうとして、乃亜さんの手帳が置き忘れてあることに気が付いた。淡いピンクの表紙の手帳。メモがはみ出ていて、どきりとした。

 乃亜さんがいつも眺めているメモ。いけないと思いながらも誘惑に勝てず、そのメモを取り出した。二つ折りにされていた紙を広げて、息を呑んだ。

  一、俺のことは忘れる

  二、生徒会の仕事をしっかりやる

  三、黒石に告白されたら付き合う

  四、付き合い出したら生徒会をやってる間は別れない

  五、体育祭のハチマキは黒石と交換する

  六、黒石に腕時計をもらう

  七、ノアならできる

 メモは乃亜さんの筆跡だった。だけど、乃亜、と呼び捨てにする人なんて、一人しかいない。

 会長。

 これは、会長の、命令だ。

 乃亜さんが俺と付き合ったのも、生徒会が終わるまでは付き合っていて欲しいと言ったのも、全部———。

 何かおかしいと思っていた。乃亜さんは、会長がいたときよりも必死に仕事をしていた。少しペースをゆるめようと言っても、休憩しておいでと言っても、聞かなかった。この命令。この命令に、ただ従っているのか。

 ———どうもあいつ、俺に依存してるとこがあってな。とにかく俺のことを忘れろと命令した。だから腕時計も没収。

 乃亜さんに赤信号がついて話を聞いてもらった後、乃亜さんの状況を報告すると、会長はそんなことを言っていた。

 乃亜さんがもともとつけていた、会長にもらった淡いピンクの腕時計。その色は手帳の表紙の色とよく似ていた。

 俺のことを忘れろ、なんて、そんな命令、乃亜さんが聞けるはず、ないのに。

 このメモを見て、いつも泣いているのに。

 会長、どうして。どうしてこんな酷なことをするんですか。

 乃亜さんは会長が好きで、好きで、必死に命令を聞こうとしているのに、なんで俺と付き合えなんて、そんなこと。

 会長と副会長が付き合えば生徒会が安泰だと、そういう判断をしたのか。

 それとも乃亜さんが俺のことを好きになるとでも思ったのか。そんなはず、ないのに。

 メモを手帳に戻し、何も知らないフリをして、乃亜さんに返した。

 怒濤の仕事をどうにか乗り越えて、体育祭当日を終えた。

 グラウンドで、帰ろうとしている会長を呼び止めた。

「先輩」

「ん?」

 会長が振り返って、笑顔になる。俺の頭をぐしゃりとなでた。

「黒石、よくやったな。すごいじゃん。時間ぴったり。俺も体育祭、ほんと楽しかった」

「ありがとう、ございます」

 嬉しくて、俺は笑った。会長はいつもこんな風にみんなを誉めて、自信を持たせていた。

 乃亜さんに出した命令、撤回してもらえませんか。

 そう言おうとしたとき、会長が呟いた。

「ノアは元気?」

 会長の視線の先を追う。乃亜さんがいた。パイプ椅子を運ぼうとしていた。乃亜さんがこちらに気づく前に、会長は視線を俺に戻した。乃亜さんと目が合わないようにしていた。

「黒石、あいつがテント解体しないように見張っててな。うっかりしてケガするから。まぁ、お前が彼氏なんだし、安心か」

 会長は笑った。

  一、俺のことは忘れる

 あの命令。去年の生徒会で、会長と乃亜さんはすごく仲が良かった。会長が乃亜さんと会議室で面談してくれたあと、会長と乃亜さんが話しているところを一度も見ていない。会長は、乃亜さんを自立させるためにと、あの命令を出した。

  三、黒石に告白されたら付き合う

  四、付き合い出したら生徒会をやってる間は別れない

 それも全部、乃亜さんのための命令。乃亜さんの相手が俺なら安心だと、そう判断しての命令。そのことがわかって、頭が真っ白になった。

 撤回してくれなんて、言えなくなった。

 どうして。会長、どうして。会長も乃亜さんを好きじゃないんですか。

「先輩。ハチマキ、ください」

 俺の言葉に、会長が首をかしげる。

「なんで? 誰かの依頼?」

 乃亜さんにあげたい。会長のハチマキを乃亜さんにあげたい。

 でもそんなこと言ったら、会長はくれない。

「はい。どうしてもって、頼まれまして。すみません、俺の顔立ててくださいよ。今日、体育祭を無事に終わらせた褒美と思って」

 俺は笑った。

「褒美な。うん。黒石よくやった。ほれ」

 会長が自分の赤いハチマキをほどく。

 会長なら、山ほど、女の子達からハチマキ欲しいって言われてるはず。それでも誰にもあげないのは、乃亜さんを好きだから、ですよね。

「ありがとうございます」

「ん。じゃ、またな」

 俺に手を振って、会長が去っていく。会長は、もう、乃亜さんの方を見なかった。



 体育祭の片づけが終わって生徒会と体育委員会のメンバーに解散を告げた後、乃亜さんが俺のところに来た。自分の黄色いハチマキを、俺に差し出した。

「黒石くん、ハチマキを、交換、していただけませんか」

 命令の五番。体育祭のハチマキは黒石と交換する。

 俺は苦しくて、それでも、乃亜さんのハチマキを受け取って、自分の青いハチマキをほどいて渡した。

「うん。どうぞ」

「ありがとう、ございます」

 乃亜さんがほっとしたのがわかった。命令の五番をきちんと実行できたから、だから。

「乃亜さん、このハチマキも、あげる」

 会長の赤いハチマキを渡した。

 乃亜さんが俺を見上げる。

「どなたのもの、ですか。私がいただいてしまって、良いのでしょうか。ハチマキは、好きな方に渡すものだと」

 会長のハチマキだよ。会長も乃亜さんを好きだよ。そう言ってあげたくて、でも言えない。命令の一番。俺のことは忘れる。乃亜さんも必死でそれを守ろうとしていると、わかるから。

「んとね、お守り。その赤いハチマキは、乃亜さんのお守り。大事にしてね」

「お守り、ですか」

 乃亜さんが呟いて、赤いハチマキに目を落とす。その目から涙が零れた。

「黒石くん、私のハチマキは、きちんと、生徒会のお守りに、なれる、でしょうか」

 生徒会のお守り。

 ———ノアって希望の箱船だろ。だからノアのハチマキは生徒会のお守り。

 会長はそんなことを言っていた。

「なるよ。乃亜さんのハチマキは生徒会のお守りだよ。これからきっと、生徒会、もっと上手くいくよ」

 俺はそう言った。会長が去年やってたみたいに乃亜さんの頭をなでてあげたくて、できなくて、言葉だけ。

 乃亜さんは涙目で俺を見た。

「ありがとう、ございます」

「うん」

 俺は笑う。これから先、乃亜さんのハチマキがお守りだと乃亜さん自身が実感できるくらい、もっとしっかり仕事をしなければ。そんな決意をした。

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