21-1.バレンタイン-「言っとくけど義理じゃないわよ」
21-1.バレンタイン
二月のバレンタインに、女連中から山ほど菓子をもらった。クリスマスは物と菓子が半々だったが、今回はほとんど菓子だ。しかも手作りばかり。
礼儀としてホワイトデーにお返しするべく最初は菓子をくれた女子のクラスと名前を覚えていたが、やがて覚えきれなくなり手帳に書き始め、その名前も延々と増え続け、これでは俺の財政が破綻する、とお返しするのを諦めた。
一体どうなってんだ。もらう量も人数もクリスマスより増えている。女子はクリスマスよりバレンタインに気合いが入るのか。しかもクリスマスはイブと当日に分散していたが、バレンタインは一日に集中している。
携帯電話に続々と呼び出し電話やメールが入ってくる。最短距離で移動できるよう動線を考え、対応順を組み立てて応じていく。告白をひたすら断っていると昼休みがなくなった。昼飯抜きだ。
俺のことが好きなんだったら俺に時間をとらせるな。せめてメール一本で断れるようメールで想いを打ち明けるか、生徒会が暇な時期に呼び出してくれ。
女どもの考えのなさに腹を立てながらも、生徒のことなので生徒会長として放っておけず、放課後も呼び出しに応じる。
いい加減にしてくれ。途切れてくれ。三年生の送り出し会の打ち合わせがあるんだ。
時間が押して間に合わない。一年女子に指定された場所に向かいながら、三年生の送り出し会リーダーの水原に電話をかける。
「悪い、打ち合わせに遅れる。先に始めといて」
電話の向こうで水原が笑った。
『会長ってば、今日はもう無理なんじゃない? 潔く諦めたらぁ? こっちはこっちでやっとくよぉ』
ベテラン水原の言い分に、ため息をついた。
「そうする。今日はもう諦める。無理だ」
『あのねぇ、それでねぇ、残念なお知らせだけど、生徒会室にも会長宛のチョコがたくさん届いてるよぉ。生ものだから帰りに引き取りに来てねぇ』
まだあるのか。顔がひきつる。どんだけ渡せば女どもは気が済むんだ。本気ならまだしも義理チョコなどそもそもいらないというのに、仕事で関わった女どもが「文化祭でお世話になりました」「体育祭のお礼に」「この一年ありがと会長」と言っては次々にチョコを積んでくる。
「生徒会室にある分は、そっちで配布しといて。全員で分担して持ち帰って。生ものが多すぎる。消費しきれん」
『だめだよぉ、会長が全部お持ち帰り下さいませぇ。それではではー』
ぶつりと電話を切られる。くそう、水原も「会長が全部消費しろ」派か。
あーもう、ほんとに、ほんとに、勘弁してくれ。このままじゃほとんどゴミ箱行きだぞ。
もらうものも紙袋に入っていたり、きれいにラッピングされていたりと、やたらかさばる。俺の荷物の量を考えろ。菓子を渡したいなら物だけサランラップにでも包んでくれ。一年女子から菓子を受け取り告白を断り、次の場所へ向かうべく廊下を歩いていると、山本に会った。
「相変わらずすごい量ね」
山本が冷静に言ってくる。
「山本、これ全部引き取って。お前甘いの好きだろ。食べて。つーか、食べろ」
両手に抱えた菓子の山を山本に差し出す。
「嫌よ。会長バカじゃないの」
言いながら、山本が自分のカバンから板チョコを取り出して山に足した。
「お前までチョコを渡すか。俺の迷惑を考えろ」
「考えてるでしょ。だから板チョコ。余計な包装なく省スペースで日持ちする」
確かに。山本、できるやつ。
はぁ、とため息をついた。
「あのな、それでも義理チョコなんざいらねぇんだ。俺は別にチョコが好きなわけでもない」
そう言うと睨まれた。この状況でケンカを始めたらさらに時間が押すぞ。ズボンのポケットに入れてる携帯電話がさっきから振動している。おそらくは呼び出しや催促のメールがどんどん届いている。
「あー、ごめんごめん、わかったから、じゃぁな」
さっさと謝って歩き出すと、後ろから山本が言った。
「言っとくけど義理じゃないわよ」
はぁ?
何言ってんだこいつは、と振り返る。
「山本、岩熊はどうしたんだ。告白されたんじゃなかったか。もう別れたのか」
体育祭効果が切れたのか、と思いつつ聞いてみる。
「そもそも付き合ってない。告白は断った」
へぇ。岩熊は山本に不合格を出されたか。
「あ、そう。じゃぁな」
携帯電話の振動に急かされて歩き出すと、腕をつかまれた。拍子に、どうにか俺の腕の上でバランスを保っていた菓子が数個、廊下に散らばった。
「おい。お前な……」
さすがに迷惑行為だろ。
拾って俺の腕の上に積み直せ、と命じようとしたら、泣かれた。
「ちょ、山本。やーまーもーとー」
仕方なく、菓子の山を全部廊下に下ろす。
山本にハンカチを渡して再び廊下にしゃがみ、持ちやすいように小さいものを大き目の紙袋に押し込んで菓子を整理しながら、山本を見上げる。
「なんで泣く。チョコはもらっただろうが。また何か相談か。誰かに告白されたか」
「だから、だから義理じゃないって、言ってるのに」
はぁ。
「わかった。義理じゃないんだな。うん」
ノア方式で返す。
しかし、義理じゃないってことはなんだ。本気か。
本気って、山本……。
去年大喧嘩して、今年もさんざん俺のこと睨んだり文句を言っておいて、本気か。どういう心理だ。
内心嘆息するものの、泣かせたまま放っておけないので説得にかかる。
「なぁ、泣くなって。悪かったって」
自分の悪い点が思い浮かばないが、とりあえず謝る。
山本が泣きやまないので、立ち上がって頭をなでた。
「ほら、とりあえず冷静になれ。落ち着け山本」
言いつつ、携帯電話を取り出してメールをチェックする。呼び出しが溜まっている。
もういっそ呼び出しを断るか。「ごめん行けない、贈り物は生徒会室に届けてくれるとありがたい」と打ち込み、その文章をコピーして、メールをどんどん返信していく。メールをあらかた送付し終えた段階で、「直接お渡ししたいです。今どちらにいらっしゃいますか」という食い下がりメールが返ってくる。だから、諦めてくれ。生徒会室に届けてくれ。なぜそれもできない。
もはや面倒になって「二年四組の前の廊下」と単語で返す。食い下がりメールも次々くるので、コピーペーストでひたすら場所を返す。もういっそ校内放送で自分の居場所をアナウンスしたほうが早い。
「山本、泣きやめー。お前、できるやつだろ、がんばれー」
携帯電話を操作しながら、ぽんぽん、山本の頭をなでる。
ずっと泣いていた山本がようやく泣きやんで言った。
「付き合って」
はぁ。
「んーと……」
山本、できるやつだし。本気チョコを板チョコにするほど割り切れるやつだし、確かに山本なら俺の相方も充分務まりそうな気はするが。
「あのさぁ、それって本気? 俺、三月で会長を引退するぞ。四月から一般生徒だが。そこんとこ踏まえて言ってる?」
会長効果じゃないのか。
「わかってるわよ。バカにしないで」
山本が喧嘩腰に返してくる。
「あ、そう」
即断即決が信条なのだが、これはどうするかな。
断ってケンカが激化するのは避けたいな。しかし付き合ってもこの調子というのもめんどくさい。四月から受験勉強だ。
はてどうするか。しばし悩んでいると、山本が聞いてきた。
「好きな人いるの?」
好きな人。沢野や水原、できるやつらの顔が浮かぶ。あとはノアか。あいつは基本ポンコツだが、すごいとこはすごいしな。
「んー……」
ノアついでにクリスマスの夜のことを思い出した。
山本相手にああいう状況でどうなるか、を考えると。
たとえ酔っていても、俺はこいつに手を出しかけたりはしないだろう。とりあえず山本はノアより下だな、と順位をつけた。
なるべくオブラートに包んで返事をする。
「恋愛の意味で好きなやつはいないんだがな。どうも山本は恋愛の範疇に入らない。できるやつっていう印象だな。頼れる仲間。っつーことで付き合えない。悪いな」
山本がため息をついた。
「そう。わかってたけど」
おい。わかってるならそもそも聞くな。俺が悩んだ時間を返せ。
「うん。悪いな。恨むなよ」
「恨むに決まってるでしょ」
思い切り睨まれる。あー、怖。
「あ、そう。じゃぁ、まぁ、存分に恨め」
いよいよ俺のハチマキが呪いに使われるか。
場所連絡のメールを受け取った女子たちが現れる。山本が俺にハンカチを返して言った。
「じゃ、ね。すっきりした。またね」
すっきりか。切り替え早いな。さすができるやつ。
「ああ、またな」
山本に手を振って、女子たちの菓子を受け取る。
廊下がしばらく、菓子と告白の臨時受付場となった。




