13-1.体育祭当日~沢野の赤信号
13-1.体育祭、当日
仕事の大波小波を乗り越え、十月の体育祭当日を迎えた。快晴だ。真夏のような晴れ具合。俺と体育委員長の吉岡は、自分の競技に出る以外は本部テントに張り付いて全体の進行を管理する。校門やグラウンドに分散する各係とは、トランシーバで連絡を取り合う。
吉岡が演壇上で体育祭の開会を宣言し、アナウンスに沿って校長・来賓の挨拶が続く。
さっそく時間が押した。
来賓代表の市長にはスピーチ時間を三分と頼み、余裕を見て一分プラスしていたのだが、年輩の市長は長々と演説をぶった。
腕時計を睨み、トランシーバで伝達する。
「こちら会長。現在五分押し。誘導係へ、ペースアップよろしく」
『誘導第一、沢野。了解』
『誘導第二、松井。了解』
複数いる係は、第一がリーダークラスだ。ベテラン沢野が仕切るなら、まぁいけるだろ。
入場門で拡声器を持って生徒を並ばせる沢野が見えた。競技参加者が全員揃い、沢野を先頭に、あらかじめ決めておいた動線通りに生徒が競技エリアに入場して地面に座る。
スピーカーから音楽が流れ、第一競技が始まる。アナウンス係がマイクで会場を盛り上げる。
「第一走、始まりました! トップでゴールに飛び込むのはどのチームでしょうか!? 赤が先頭、おや、青が抜きました! 混戦です、一位は果たして!?」
華やかなアナウンスとは裏腹に、トランシーバから冷静な声が流れてくる。
『順位記録の水原。百メートル走の第一走、順位読み上げます。一位赤、二位黄、三位青……』
「第一走、一位は赤組です、幸先が良いですね! さて次はどのチームが勝つか!?」
アナウンスとトランシーバの音声が重なる。水原が読み上げていく順位を、点数係の黒石が俺の隣でノートパソコンに打ち込み、応答した。
「点数係の黒石。順位了解」
沢野が拡声器で生徒を整列させる声が、入場門の方からかすかに聞こえる。第一競技者が退場を始めると同時に、沢野が第二競技の生徒を競技エリアに導く。そんな調子で時間を巻き、三競技目で時間の遅れを取り返した。
「こちら会長。現在時刻ぴったり。誘導係、よくやった。この調子」
『誘導第一、沢野。了解』
『誘導第二、松井。了解』
『順位記録の水原、自分の競技の為、係を抜けます。高田に交代』
『順位記録の高田。障害物競争、第一走の順位読み上げます。一位黄、二位青……』
障害物競走の第二走を眺める。女子生徒が網くぐりに苦戦していた。
「こちら会長。道具係、第二走が終わり次第網チェック。髪留め等が引っかかっていたら除去」
『道具係、谷口。了解です』
第二走が終わり、道具係が網に駆け寄る。
『道具係、谷口。異常ありません。第三走、スタートオッケーです』
報告を受けて、スタート係がピストルを鳴らす。第三走が始まった。
「会長、貧血者が二名でてます」
後ろから、保健係が声をかけてくる。片手を上げて了解の合図をする。
「こちら会長。アナウンス係へ。貧血者が出た。障害物競争が終わり次第、水分補給のアナウンスよろしく」
『アナウンス第一、鈴本。了解です』
どんどん競技が進行していく。午前十時半を回った頃、念のため手元に置いていた俺の携帯が鳴った。この着信音―――ノア。
ノアには応援合戦の審判以外、何も係を割り当てていないのだが。
「どうした?」
『会長、すみません。おかしいです。沢野先輩がいつもと違います』
トランシーバから流れる順位報告を聞きながら、入場門で生徒誘導をしている沢野を見る。近くにノアはいない。
「お前、今、どこにいる」
『退場門のあたりです』
ノアの競技はまだないはず。ノアが所属する青組の席は退場門と入場門の間にある。なぜ退場門にいる。自主的に見回りをしているのか。
「ノア。沢野は何がおかしい」
『わかりません。でもおかしいです。体調が悪いときに似ています』
退場門は入場門と真反対、グラウンドの対角線上にある。その距離から沢野の異常を見抜いたか。
「ノア、このまま携帯つないでろ。切るな」
携帯を右耳にあてたまま、トランシーバの発声スイッチを入れる。
「こちら会長。誘導第一沢野、体調は?」
沢野の応答が遅れる。
『誘導第一、沢野。平気です。問題ありません』
ベテラン沢野が平気だと言うならば―――しかし。携帯に向かって聞いた。
「ノア。沢野は何信号だ」
『と、遠くてわかりません。すみません。沢野先輩のところに行きます』
「お前の感覚でいい。今判断しろ。何信号だ」
ノアが黙る。
『赤、です。赤信号に見えます』
沢野の体調。もしや生理の二日目に当たったか。
「こちら会長。沢野、誘導中断。誘導は第二に任せて救護テントに引き上げろ」
『沢野です。平気です。行けます』
「引き上げろ」
『誘導が滞り始めてます。今、中断できません』
俺は空を見た。炎天下だ。一般生徒にも、すでに貧血者が出ている。
―――貧血になるとどうなる?
―――あー、吐くね。それで、数時間動けない。床に転がる。
―――赤信号に見えます。
「沢野。お前が倒れると後に響く。拡声器その場に置いて、今すぐ引き上げろ。命令だ」
『会長、誘導が一人では―――』
沢野の声が途切れる。大男が沢野に声をかけるのが見えた。
数秒の後、低い声がトランシーバから流れる。
『二年四組の竹居です。沢野と交代します。スタンバイ中の競技の誘導は沢野に聞きました。やります。次の競技から指示お願いします』
竹居。当日ボランティアの一人。
「こちら会長。助かる。竹居の自分の競技は、次はいつだ」
『午後一です。午前中全部、空いてます』
「こちら会長、了解。竹居、午前中誘導係頼む。沢野から書類を受け取れ。すぐに説明できるやつを回す」
誘導第二は一年だ。竹居の近くにいるものの、おそらく誘導作業に手一杯で、竹居に説明できる余裕はない。
『竹居、了解です』
竹居との連絡を終え、携帯に向けて話す。
「ノア。沢野は救護テントに回収した。ノアは引き続き見回り頼む。自分の競技に出るのを忘れるな。気になることがあったらすぐ電話しろ」
『はい、わかりました。失礼します』
ノアの返事を待って通話を切る。トランシーバの発声スイッチを押す。
「こちら会長。順位記録へ。順位読み上げ、一旦停止。再開時には言う」
『順位記録、高田。了解しました』
隣で順位をパソコンに入力をしていた黒石に話しかける。
「黒石、今の聞いてたな」
「はい」
「誘導方法、竹居に書類の見方説明してこい」
「了解しました。行ってきます」
黒石が席を立ち、入場門へ向かって走り出す。
沢野がこっちに戻ってくるのが見えた。歩みが遅い。午前中で回復してくれるかどうか。
ノートパソコンを引き寄せる。集計途中の点数表を見ながら、トランシーバで伝達した。
「こちら会長。掲示係へ。第四競技終了時点での各組点数を読み上げる。各自メモしろ。赤三三六、青四四二、黄三四八」
『掲示第一の山本です。第四競技までで赤三三六、青四四二、黄三四八、了解しました。掲示します』
『掲示第二の岩熊、了解です』
『掲示第三の板倉、了解です』
各組の点数を示す掲示板は、入場門、退場門、本部前、校門前、観客の休憩用に解放している体育館内、トイレ前の合計六カ所に設置されている。掲示係は二カ所ずつ担当する他、体育祭実行委員の腕章をつけているので、観客の道案内や迷子の受付等も請け負う。
『校門受付第一、梅野です。現時点で観客数三百名突破しました。予想より多いです。午後分のプログラム表が不足しますので今のうちに増刷手配します。第二の有田を行かせませす。二十分程度梅野一人になります』
「こちら会長。校門受付第一梅野へ、了解。ただし一人の間は人数カウントよりプログラム表配布優先」
『校門受付第一、梅野。了解です』
グラウンドでは競技が進む。順位記録係が紙に記入する順位が溜まっていく。
後ろから声がかかる。
「会長、迷子です。お子さん一人。よしのたくま君。六歳です。白いTシャツに青い半ズボン、赤いスニーカー」
片手を上げて、トランシーバの発声スイッチを押した。
「こちら会長。アナウンス係へ。迷子が出た。メモしろ。よしのたくま君、六歳。白いTシャツに青い半ズボン、赤いスニーカー。次の競技の前に放送頼む」
『アナウンス第一、鈴本です。了解しました』
竹居への説明を終えた黒石が、本部テントに戻ってくる。
「こちら会長。順位記録へ。終わった競技の順位表をまとめて本部へ提出のこと。読み上げ再開は指示を待て」
『順位記録、高田。了解。第四走者中に届けます』
「こちら会長、了解」
ざっとグラウンドに目を走らせる。第五競技は問題なく、競技中盤にさしかかっていた。しかし、入場門付近で誘導がもたついている。体育祭実行委員の腕章をつけた誘導第二の松井が、入場門前で座らせた生徒の間を早足で歩き回っているのが見えた。
「こちら会長。誘導係、何が問題だ。報告しろ」
『誘導第二、松井です。スタンバイ中の第六競技、走者が足りません。誰がいないのか名簿確認中です』
声がうわずっている。沢野がいれば的確に対処できるだろうが、一年の松井にはまだ無理か。
「こちら会長。誘導第二松井、焦るな。名簿は見るな。誰がいないのかは特定しなくていい。走者順を崩して、とにかく組別男女別に、前から順に詰めて座るよう生徒に指示しろ。生徒をきっちり整列させろ。誘導第一代理の竹居も手伝え」
しばらく間が空く。松井と竹居の呼びかけで生徒が動く。
『誘導第二、松井です。整列終了しました』
「こちら会長。誘導第二松井、よくやった。生徒の最後尾を見ろ。足りないのは何組が何人だ。男女を言え」
『誘導第二、松井。赤組一人、黄組一人。どちらも女子です』
ダウンして救護テントで休み中のやつらか。
「こちら会長、了解。赤組団長、黄組団長へ。第六競技へ代走の女子を一人ずつ出せ。至急入場門へ回せ」
『赤組団長、了解』
『黄組副団長、了解。黄組団長は現在競技中。代走出します』
「こちら会長、了解。誘導係へ。代走を手配してる。代走が来たらそのまま最後尾に入れて、第六競技をグラウンドへ誘導」
『誘導第二、松井了解』
『誘導第一代理、竹居了解』
そんな調子で午前中の競技を終えた。
「こちら会長。アナウンス係へ。昼休み終了時刻は変更なし。全員へ。現在三分押し。三分は昼休みを削る。各自、持ち場近くの日陰に待機。昼食はきちんととれ。飲み物も補給しろ。炎天下だ、体調不良に気をつけろ。体調がおかしい場合は遠慮なく申告しろ。フォローする」
了解、と次々に返事が来る。
三分押しなら上手くいっている方だ。去年は十分押して、昼休みを延ばすハメになった。本部テントのパイプ椅子で、安堵の息を吐く。
「黒石、点数集計は?」
「今、第六競技まで終了してます。合計点も問題ないです。昼休み明けには午前中の全競技の点数発表できます」
昼休み明けか。ちと遅いな。
「よし、先に、第六競技までの点数を伝達しろ」
命じると、黒石が頷いてトランシーバを手に取った。
「こちら点数係、黒石。掲示係へ。第六競技終了時点での各組点数を読み上げます。各自メモお願いします。赤六九四、青七三五、黄七一二」
各掲示係から了解の音声が流れてくる。
「おっけ。お前もちゃんと食べろよ」
黒石にそう告げて、手元のコンビニ袋をあさる。アクエリアスをがぶ飲みする。
携帯電話でノアを呼び出した。
「ノア、どこだ」
『ええと、はい、校門の近くです』
「昼食を持って本部に来い」
『は、はい。お昼ごはんを持って本部ですね。はい』
「飲み物も持って来いよ」
『あ、えと、はい』
通話を切って来賓席へ向かい、学校配布のお弁当を食べている来賓たちに挨拶回りをする。
「か、会長、来ました」
走ってきたらしく、息を切らせたノアがやってくる。
ノアの手を引っ張って、救護テントのベッドで横になっている沢野の元へ行く。
沢野が気づいて、ベッドから起きあがった。顔の前で手を合わせる。
「会長、ごめん。穴あけちゃった」
「大丈夫だ。竹居がうまく動いてくれた。調子は?」
「もう平気。午後から戻れる」
沢野がいつも通りの顔で笑う。俺には平気そうに見えるのだが、しかし。
「ノア。沢野は何信号だ」
俺の隣で、ノアがじっと沢野を見る。
「黄色、です」
沢野は、午後も自分の競技時以外は誘導だ。
俺はまた空をみた。雲が少ない。誘導は入場門に立ちっぱなしの仕事だ。日陰がない。
黄色なら、無理だな。
「よし。沢野は寝てろ。午後の仕事には他のやつを割り当てるから気にするな。これ飲んでおけ」
沢野に、自分の昼食用だったウィダーインゼリーを渡す。沢野が力無く笑った。
「乃亜ちゃんの目はごまかせないか」
「ああ。こいつの感覚は確かだ。ノア、よくやった。その辺に座って昼飯食べてろ」
ぽん、とノアの頭をなでる。
本部の自席に戻ると、長机の上に紙袋が置かれていた。黒石に聞く。
「これは?」
「会長に差し入れだそうです。三年生の真野先輩という方からです」
紙袋を開けて、にやりとする。ウィダーインゼリーがどっさり入っていた。
真野先輩、さすが。
ありがたく一個取り出してフタをねじ開けた。ひんやりした感触が喉を通る。
あー、生き返る。飲みながら、紙袋片手に本部テント周辺にいるやつらにも配ってくる。
沢野の役割をどうするか。代理の竹居も午後は競技がある。いっそ配置換えだな。各係表とメンバーの参加競技を確認する。ちょうどいいやつが見つかった。トランシーバを手にとる。
「こちら会長。掲示第一、山本へ。配置転換する。午後から誘導係の担当だ。沢野分を全部任せる」
『掲示第一、山本。配置転換了解。掲示係の補充はありますか』
「補充なし。掲示第二と第三で分担。いけるか」
山本が無言になる。突っぱねられるかとも思ったが、
『いけます。第二、第三に指示します。了解しました』
トランシーバから、山本が掲示第二と第三に、自分の持ち場を割り振る音声が聞こえた。




