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11-1.「沢野がほしい。今日含めて三日間」

11-1.体育祭二週間前、木曜


 翌日の昼休み、体育委員の山本の教室へ行く。

 山本は、またしても自席で文庫本を読んでいた。

「山本」

 話しかけると、山本は本を机に置いた。

「なに?」

 第一声に、既にトゲがある。この間話したときは多少ソフトになっていたが、この様子だと、ほんとに黄信号だな。内心ため息をついて、山本の前の席に腰掛ける。

「今日、ノアを一日お前のチームに張り付かせる」

 山本が怪訝そうな表情を浮かべた。

「どういうこと?」

 お前が黄信号なんでな、と言いたいところだが、そう言うと逆ギレするだろう。

「ノアの訓練でな。忙しいとこ、ほんと悪いんだけど、一日つきあってやって」

「訓練って……これ以上、部下持てないわよ。はっきり言って、今で限界よ」

 山本が突き放す。

「ああ、ノアをお前の部下にするわけじゃない。あいつに山本の仕事ぶりを見せてやって欲しいってだけ。仕事はさせなくていい。というか、仕事させたらあいつ足引っ張るから、絶対に仕事を与えるな」

 ノアに仕事を与えるな、というのが俺の用件なのだ。

 山本が眉をひそめる。

「何それ。要するにただの見学?」

「うん。見学」

 そういうことにしておく。山本が俺を睨んで言い放った。

「邪魔ね」

「まぁ、邪魔だろうがな。一日だけでいいから、つきあってやって」

 押し込むと、山本はため息をついた。

「キャラメル」

「ん?」

「キャラメルちょうだい」

「んーと」

 見学代か。ズボンのポケットを探る。が、今日出てきたのはのど飴だった。昨日水原にもらった分だな。

「これで手ぇ打って」

 のど飴を机に置くと、山本は顔をしかめた。

「ミント嫌い」

「あ、そう」

 仕方なく机からのど飴を拾い上げ、包みを破いて自分の口に放り込む。

 ほんとわがままだな、こいつ。飴を舌の上で転がしながら言った。

「わかった、キャラメルな。明日持ってくる。何個?」

「五個」

 五個ってなんだ。自分と部下四人の分か。気づいて俺は笑った。

「山本、よくがんばってるんだな」

 手を伸ばして山本の頭をなでる。

「ちょっと。やめてよ」

 山本が邪険に俺の手を振り払う。

「いいじゃん。誉めてるんだって」

 ぽん、とさらに頭をなでると、山本が俺を睨んだ。

「乃亜って会長直属の子でしょ」

「ああ、うん。あいつはあまりにポンコツでな。危なくて他のやつの下には置いておけん」

「マックでふたりでいるとこ、見たけど」

「あ、そう」

 見られたか。仕方ないので口止めしておく。

「あれな、実は仕事。仕事の持ち帰りは厳禁なんだけどな。どうしてもノアの仕事だけは放っておけないんで、自分で自分に特例をだした。他のやつには内緒にしといて」

 山本が呆れたような顔をした。

「いいわね、会長は自分で特例出せて。こっちは時間で切ってるってのに」

「ん、悪いな。一応自覚はしてる。まぁ、山本も、どうしても間に合わなかったら言って。特例出すから」

 謝ると、山本は俺から目を逸らした。

「別に責めてないわよ。時間内で収めるのも効率化も賛成よ。去年よりずっと楽だもの」

 去年は俺も自分の仕事で精一杯で体育委員会まで目が行き届かなかったが、その言い草からして、去年、山本は仕事を持ち帰ってたのか。

「そっか。今年は楽か」

 どこかで不安に思っていた。切り捨てて効率化、時間厳守―――これで本当にいいのかと。本当にメンバーは楽になっているのか、時間厳守のせいで、かえって苦しくなっているんじゃないか、と。だけど、山本がそう言うんだったら、俺の方針に間違いはないんだな。

 山本が俺の方に手を伸ばす。こいつの性格からしてひっぱたかれるかと思ったが。

「会長も、よくやってると、思うわ」

 山本はそう呟いて、俺の頭を、ぽん、となでた。

 まさか山本にほめられるとは。意外な展開に俺は笑う。

「さんきゅ。自信持てた。じゃ、見学よろしくな。ノアには仕事させるなよ」

 そう頼んで、俺は山本の教室を出た。



 放課後、まず黄信号の吉岡のフォローに入る。

「どこで困ってる?」

 単刀直入に聞くと、吉岡は頭をいた。

「自分の仕事で手一杯で……下との連携がとれない。時間がない」

「そっか。何を抱えてる?」

 付箋方式で、全部書き出させる。

 確かに量が多い。切り捨ててもまだ余る。これでは部下と話す暇もない。

「人が必要だな。仕事を回せそうなやつ、いる?」

 吉岡が首を振る。

「いない。っつーか、それもよくわかんなくなって。把握できてない。すまん」

「謝らなくていい。じゃ、とにかく連携が先だな」

 携帯で連絡を取り、校内各所に散らばっていた体育委員会のリーダー五人を全員集める。

「吉岡の仕事を回したい。時間に余裕のある部下持ってるやつは? もしくは、自分の手が空く人いる?」

 吉岡から取り上げる仕事、付箋五枚を見せて聞くが、怯んだように誰も答えない。

 全員埋まってるか。

 できるやつが一人下につけば、吉岡も楽になるのだが。

「わかった。解散。悪かったな、呼び出して」

 内心嘆息して、リーダーたちを戻す。

 できるやつ。できるやつ。一人でいい。

 仕方ない。携帯から水原に電話をかけた。

「今どこ?」

『グラウンド。応援団の小道具チェック中ー。赤組の竹槍が尖ってて危ないから修正指示してるとこぉ』

 のんびりした声が返ってくる。

「水原、ちょっと手ぇ空くだろ。つーか、空けろ。そっち片づけて生徒会室に戻ってきて」

『えー、一応ギリギリだよ、私もー』

 話しながら小道具チェックをしているのか、水原の声が揺れる。雑音が入る。

「お前の仕事は黒石に回せ」

『黒石くんも、ギリだよ』

 おどけ気味だった水原の口調が、真面目になる。

 これはまじでギリだな。しかし黒石ならば、まだ伸び代はあるはず。

「いい。黒石は俺がフォローする」

 付箋五枚を眺める。水原ならばどのくらいかかる。二日か。

「水原、今日と明日、まるごと空けて。吉岡のアシスタントよろしく」

『今日明日まるごと!? 会長、本気で言ってる!?』

 電話の向こうの声が跳ねる。

「本気。水原ならできる。むしろお前しかいない。それが終わったらすぐ戻って、吉岡の指示受けて。生徒会室な。お前の仕事、今日明日分、黒石は把握してるだろ」

『しーてーるー』

 諦めたように、水原が語尾を伸ばす。

「おっけ。じゃ、頼んだ」

 押し切って、通話を終える。付箋五枚を指さした。

「吉岡、これ全部、水原に回して。あいつなら今日明日でできる。そしたら楽になるか?」

「ああ、楽。ほんとごめん。生徒会から三浦も出してもらってるのに、水原まで」

「いい。平気だ。吉岡は、まずは連携重視な。体育委員会の仕事の全体像を把握したほうがいい。そしたら安心できて余裕がもてる。自分の仕事がまた増えたら、連携とれなくなる前に、俺に預けて。割り振るから」

「わかった」

 吉岡が頷く。

「本番まで、もうちょいだ。がんばりどころだ」

 そう言って俺が笑うと、吉岡もなんとか笑った。

「ああ。さんきゅ」

 吉岡と拳を合わせて、青信号の三浦の元に向かった。

 三浦は会議室にいた。話し込んでいるところに割り込む。

「状況まずいだろ。あと何人いる?」

 会長・副会長の間柄だ。あうんの呼吸で率直に聞くと、端的に返ってきた。

「沢野がほしい。今日含めて三日間」

 沢野か。

 生徒会の主力を全部出せってか。

 渋い顔をしつつ、しかし三浦の見積もりならば間違いはないので、その場で沢野に電話をかける。

「沢野、今から三日間空けて。三浦のアシスタント」

『三日! 三日て、ちょっと!』

 電話の向こうで沢野が叫んだ。後ろで人のざわめきが聞こえる。どこかの教室か。

「お前、今、誰と組んでる? 一番お前の仕事を把握してるやつは?」

 有無を言わさず聞けば、沢野がため息をついた。組んでいる相手の名前を吐き出す。さすがベテラン、潔い。

「わかった。そいつらは俺がフォローする。全員生徒会室に集合って伝えて。沢野は戻ってきて三浦の下な」

『はいはーい』

 さっさと気持ちを切り替えたらしく、沢野が笑って電話を切る。

「三浦、沢野が来る」

 後ろ姿に告げれば、三浦はかすかに笑って片手を上げた。

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