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10.なかなか全て上手くはいかない。

10.体育祭二週間前、水曜


「赤は減ったな」

 翌週の水曜日、相変わらずマクドナルドで、ノアのノートを見ながら言った。

 人には仕事を持ち帰ることを禁じておきながら、業務時間中はどうしてもノアのノートを見る暇がなく、俺は結局、自分に特例を出し続けていた。

「はい。減りました」

 授業をしてから約一週間。一年生に多かった赤信号が、収まってきていた。

 その代わり、リーダーたちの信号が目立ち始めた。沢野や水原、さすがにベテランは上がってきていないが、体育委員会の山本と、体育委員長の吉岡に黄信号が灯った。副会長の三浦も青信号だ。

「リーダーが辛いか。部下の仕事をちゃんと見ろって言った分、負荷が増えてるな」

 ため息をつく。なかなか全て上手くはいかない。

 アイスコーヒーを飲みつつ考える。一日だけバニラシェイクにしてみたが、あまりの甘さにコーヒーに戻っていた。

 山本は部下との意思疎通がまだ苦手か。三浦は当日ボランティア達の教育と時間調整を一手に引き受けている上、部下の指導もしているので、さすがに仕事が多い。三浦も山本も、上は吉岡だが、吉岡も黄信号だ。フォローは期待できない。全員まとめて俺が行くか。

「俺の名前は消えたんだな」

 言ってみると、ノアは笑顔になった。

「会長は、お元気になりました」

「へぇ」

 赤信号のフォローが減った分、楽になっていた。あの授業、ひいてはノアとの禅問答のおかげか。

 しかし、山本に吉岡、三浦。リーダーがつぶれるとまずい。リーダーの指示が滞ると、連鎖で部下が一斉に弱る。

 体育祭当日まであと二週間だ。もうペースダウンはできない。さらに忙しくなる中、三人同時に立て直せるかどうか。

「んー……」

 悩みながら、他の黄信号と青信号の名前と内容をリーダーたちに送るべく、携帯電話でメールを作成しておく。明日の放課後になり次第、一斉送信だ。

 アイスコーヒーを飲む。ノートを眺めていると、向かいからノアが言った。

「お困りですね」

「ああ。リーダーが三人は参るな。どうするかな」

「はい。どうしましょうか」

 この調子だとまた果てしない禅問答に入るので、ストップをかける。

「ノア。意見を言え。どうしたらいい?」

 ノアが黙る。おずおずと言った。

「あの。もし、よろしければ、ですが。山本先輩のチームにですね、私が明日一日、張り付いてみようかと。他の方の見回りは、できなくなりますが」

 俺はノートから目を上げる。ノアが初めてまともな意見を言ったような気がした。

 ノアは俯いた。

「すみません。私がずっとそばにいたら、山本先輩も、きっと、ご迷惑ですよね。かえって赤信号になってしまうかも、しれません」

「いや……」

 山本にノアを付けるか。三浦と吉岡、二人なら俺一人でなんとかフォローできる。

「やってみるか」

 呟いた。

「はい、ですが、大丈夫でしょうか」

 ノアをじっと見る。このポンコツに実務をやらせるとかえって足を引っ張るが、その代わり。

「ノア。やってみろ。ただし山本の仕事には手を出すな。山本のそばについて、部下とのやりとりを見守るだけだ。山本と部下が意思疎通できてなかったら、お前が間に入って会話を助けろ。というか、その場を和ませろ」

「は、はい」

「明日は、他の見回りはしなくていい。山本にずっと付いてろ」

「はい」

 ノアがしっかりと返事をした。

 マクドナルドを出てノアを地下鉄の駅まで送りながら、気づく。

「お前、応援合戦やりたいんじゃないのか。参加できるって、応援団長にちゃんと言ったか? パネルの練習がそろそろ始まるだろ」

 ノアはポンコツすぎるので、当日の係は何も割り振っていない。しかし生徒会の正規メンバーなので、応援合戦要員からは自動的に除外されているはずだ。

 応援合戦の花形、役者はもうずいぶん前から練習に入っている。しかし、色とりどりのパネルを掲げて動く絵文字を作る練習はほぼ全校生徒が関わるので、体育祭前十日間程度で一気に練習をする。このポンコツも、後ろでパネルを掲げるぐらいはできるだろう。多少はミスするかもしれないが。

「いえ、言ってません。あの」

 俺の隣を歩きながら、ノアが俯く。うちの体育祭は、各学年九クラスを、縦割りで、赤・青・黄組に区分する。ノアは六組だから、青組か。青組の絵文字図は、青組の総人数をもとに既に設計ができていた。今更ノアひとり押し込むとしたら青組団長に頼み込むしかないが、絵文字が設計変更になるか。やっかいだな。眉をひそめていると、ノアが言った。

「あの、参加はしなくて、いいのです。応援合戦を見ている人を、見たいのです」

 相変わらずよくわからんやつだな。

「応援合戦を見ている人を見たいってのは、何だ。観客の反応を見たいのか」

「いえ、あの」

 ノアがうろたえる。赤くなった。

「あの、中学の時に応援合戦を見てですね、審判の方が、すごいなと、思ったのです」

「へぇ」

 応援合戦には、順位をつけるための審判が数人つく。その審判がすごいとは、これまた妙な着眼点だな。ブラジル由来か。ポンコツな性格のせいか。

「じゃ、応援合戦には参加しなくていいんだな?」

 念のため確認すると、ノアは頷いた。

「はい。見ています」

「わかった。見てろ」

 とりあえず青組団長に迷惑をかけずに済むな、と安堵した。

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