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9.体育祭業務の、授業

9.体育祭三週間前、木曜


 翌日の昼休みに校内放送をかけ、生徒会メンバーと体育委員会、当日のボランティア要員、各組の応援団員に呼びかけた。筆記用具持参の上、夕方六時に大会議室に集まること。

 総勢八十名弱が、会議室に集まった。

 生徒会書記の沢野には事前に話をして、パソコンとプロジェクターを繋げさせていた。

 マイクのスイッチを入れる。

「忙しいとこ悪いな。ちと急用だ。今から体育祭業務についての授業をするから、全員聞いてくれ。それぞれリーダーの周りに集まって着席。付箋を渡すから各チームで二個ずつ取って後ろにまわして」

 ざわめいて席移動が起こる。一番前の席に生徒会備品の付箋の山を置くと、付箋が次々と会議室の奥まで渡っていった。

「じゃ、授業始めるぞ。まず、今年の体育祭業務の基本方針な。一、仕事は持ち帰らない。二、仕事に優先順位をつける。三、仕事を効率よくやる。四、自分の力量を見極める。五、チーム単位で動く」

 俺の言葉に合わせて、沢野がパソコンに打ち込んでいく。

 プロジェクターに、基本方針がでかでかと映った。それを確認して、全員に語りかける。

「なんでこの方針なのか、ってことだけどな。四年前の体育委員長が仕事を持ち帰って何日も徹夜して、全部完璧にやろうとした。一人で抱え込んで、結局、体育祭当日にダウンした。体育委員長が当日ダウンしたら周りがどんなに大変かわかるだろ。当然、体育祭の進行が混乱した。そのときの委員長は今でもそれを後悔してる。―――俺の姉貴だ」

 その場にいたほとんどが息を呑んだ。このことを知っているのは数人だけだ。

「全員、同じことだ。当日穴をあければ周りが困る。だから、絶対に無理をするな。自分の限界をよく見極めろ。そのための方針だ」

 みんながこくりと頷いた。

「とにかく、一番は絶対だ。仕事を持ち帰らないのは鉄則だ。必ず守れ。どうしても間に合いそうになかったら、リーダーに相談だ。リーダーは俺に報告しろ。間に合わないのは仕事が多いからであって、お前らの力量不足とか、そういう話じゃないんだ。だから自分を責めずに、遠慮なく報告しろ」

 沢野が要点をパソコンに入力し、その場でマニュアルができていく。

「次、二番な。優先順位をつける、について説明する。まずは全員、今持ってる仕事を付箋に書いて。一つの仕事につき付箋一枚だ。三分待つから、洩れなく書き出せ」

 各自が付箋を取って書きだした。その動きが一段落したところで、話を再開する。

「仕事の優先順位ってのはな、日限じゃない。仕事の重要度だ。まずは、その仕事がそもそも絶対必要なのか、あれば助かる程度のものなのか、二つに分類する。絶対必要なのがマストだ。あれば助かるのがベターだ」

 ―――視線を下げるんだよ。その子の目線で見るようにね。

 リーダー達にはこれで伝わるだろうが、他のやつらには、マストとベター、その見極めも難しいか。具体的に説明することにする。

「生徒会で言えば、マストは、体育祭当日、赤青黄の各組が何点で何位なのか正確に表示することだ。だから、点数集計ができるように、各競技の何位を何点にするか、あらかじめ決めておくことはマストだ。反対に、どうやって何位を何点に決めたかを残す打ち合わせ議事録はベターだな。余裕があれば書いても良いが、最悪、なくても困らない。議事録って、来年の生徒会の参考用に書いてるだろ。だけど、所詮参考用だ。議事録がないなら来年の生徒会が自分で考えればいいことだ。ってことで、議事録はベターに分類」

 次に体育委員会の例を挙げる。

「体育委員会の場合、たとえば、白線指示と生徒動線を正確に設計しておくことがマストだ。白線が正しい位置に引かれてないとスタートラインがずれるし、どこを走ったらいいのか生徒も混乱する。だけど、白線指示と生徒動線の設計資料は、最低限の情報さえきちんと載っていればいい。資料の見栄えを追求する必要はない。文字の大きさを揃えるとか、いちいち書式にこだわるな。手書きでもパソコンでも、早いほうで作ればいい。だから資料作りはベターだな」

 応援団についても同じように話してから、全員の顔を見回す。

「こんな要領で、付箋をマストとベターに分ける。マストを上、ベターを下に置いてみて」

 各自が付箋を上下により分ける。

 だいたいできたか。

「じゃ、優先順位をつけていくぞ。日限じゃなくて、より重要な仕事が上だ。自分が大事だと思う仕事を、上から順に並べろ。付箋を並べ終わったらリーダーがチェック。優先順位が狂ってたら直して。二十分待つ」

 リーダーは部下を四から十人ぐらい持っている。各自が付箋を並べ、リーダーが立ち上がって見回りをする。俺は生徒会と体育委員会のリーダーたちの付箋を見て回る。リーダーたるもの、さすがに聡い。優先順位の間違いはほとんどなかった。

 全員が席についた時点で、再び話す。

「よし、じゃ、基本方針の三番目にいくぞ。仕事の効率化だ。時間内に間に合わないなら、まず一番下の仕事を切る。切るってのは、簡略化するか、すっぱりやめることだ。判断ミスがあるとまずいから、仕事を切るときは、リーダーに報告しろ。それで、一番下の仕事を切っても間に合わないなら下から二番目を切る。それでも間に合わないなら下から三番目を切る。そうやってどんどん仕事を減らせ。とにかく時間内に終わるように調整だ。それが仕事の効率化だ」

 みんなの目が、じっと俺か付箋を見ている。

 伝わったか。

「四番目な。自分の力量を見極める。自分が何分でどの仕事をしたのか、仕事が終わるたびに振り返る癖をつけろ。最初は難しいだろうが、何度もやってれば、仕事にかかる時間を予想できるようになる。そしたら、さっき話した効率化も、どこまで仕事を切ればいいかわかるようになる。ずいぶん楽になる」

 よし。

「最後、五番目な。チームで動く。これな、まず、リーダーは部下の仕事量と進捗を常に確認しろ。たまに知らないところで、違うチームから仕事依頼されてたりするからな。各自、他のチームのメンバーに仕事を依頼するときは、必ずリーダーを通せ。指揮系統が混乱すると誰かに仕事が集中するから、それを防ぐ。それから、チーム内で、誰が何をやってるのか程度は知っておけ。特に問題点は必ずチームで共有しろ。たとえば誰かが風邪で一週間休んだりして、そいつしか問題点を把握してなかったら、爆弾すぎるだろ。定期的にチーム会するなりして、リーダーがまとめろ。リーダーが倒れても大丈夫なように、部下もリーダーの仕事を把握しろ」

 これでいいか。会場を見渡して、奥の隅に一人で座っているノアに目がいった。

 どうするかな。一瞬迷う。

 言った方が良いかどうか―――いっそ言っておくか。

「ノア、ノート持ってこい」

 マイクで呼びかけると、ノアが慌てて駆け寄ってくる。

 ノートを受け取って適当なページを開き、プロジェクターに映しだした。

 場が、ざわめいた。自分の名前が載っているのを見つけたのか、ぎょっとしたやつもいた。

 ノアを自分の前に立たせた。

「こいつな、一年六組の上田乃亜。体育祭が終わるまで、副会長代行だ。気づいてるやつもいると思うが、応援団を除いて、こいつがやばそうなやつを見て回ってる。赤がやばい、黄色が少しまずい、青は比較的安全ってことで、俺が報告うけてフォローに回ってる」

 正直に白状しておくことにした。

「しかし、俺もな、さすがに手が回らん。全員をフォローできなくなってる。だから明日から、このノートに名前が載ったらリーダーの携帯にメールを回す。まずはリーダーがフォローしてくれ。負荷が増えてすまんがな。青か黄色のうちに対処できれば上等だ。赤になったら俺がフォローする」

 会場を見て、付け足す。

「あのな、ノートに名前が載るのが悪いわけじゃない。ミスを未然に防いで、各自の仕事を楽にするためのものだ。だから、今後も、ノアが話しかけてきたらちゃんと会話してやってくれ。愚痴でも心配事でもなんでもいいから、こいつに吐き出せ。あと、応援団もな、これ、けっこう有効なシステムだから、人員に余裕があればやってみたらいい。勘が鋭いやつが適任だ」

 名前をさらしておくのも気が引けたので、さっさとノートを閉じる。

「そしたら、授業はこれで終わりだ。何か質問は?」

 特に質問は出なかった。夜七時半になっていた。

「よし。じゃ、各チーム、今日はこのまま情報共有をはかるといい。終わったら解散。今日は定例会はナシだ。おつかれさま」

 お疲れさまです、と挨拶が返ってきて、各リーダーの周りに人が群がる。続々と話し合いが始まった。マイクのスイッチを切る。

「沢野、さんきゅ。あとは引き取るからお前も情報共有行って」

「うん」

 沢野とパソコンを交代する。沢野がマニュアル化してくれた授業内容をざっと確認して何カ所か付け足し、保存しておいた。印刷して明日にでも全員に配るか。

 ノアがそばに立っている。こいつはチームというか、俺直属の一人ポジションだな。

「お前、付箋は?」

「あ、はい、持ってきます」

 ノアが走って会議室の奥へ行き、また戻ってくる。差し出された付箋は三枚だけだった。

 『あぶなそうな人の話を聞く』『ノートに書く』『会長に報告する』

「優先順位つけてみろ」

 命じると、ノアは付箋を眺めていたが、ためらいながら自分の手のひらに付箋を張り付けた。

 『あぶなそうな人の話を聞く』と『会長に報告する』が横に並んだ。『ノートに書く』が下に来た。

「これ、どっちが上?」

 並んだ付箋を指さすと、ノアが困ったように俯いた。しばらくして、小さな声で言った。

「おんなじ、です。どっちも上です」

おお。

「正解だ。よくできた。お前もちゃんとできるようになったな」

「ありがとう、ございます」

 頭をなでると、ノアは俺を見上げて嬉しそうに笑った。

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