第3章:繋がったもの
朝は、少しだけ早く来た気がした。
空気が違う。
いつもの朝より、ほんの少しだけ張り詰めている。
それでも、鳥の声は変わらず響いていて、風もいつも通りに流れている。
ただ——胸の奥だけが、落ち着かなかった。
「……はぁ」
コトリは小さく息を吐く。
手のひらを握る。開く。また握る。
落ち着かない。
理由は分かっている。
今日だからだ。
「起きてるか」
振り向くと、父——サトリが立っていた。
変わらない表情。静かな目。
けれど、ほんの少しだけ鋭い。
「……うん」
「準備は」
「……たぶん」
少しだけ苦笑いになる。
サトリは一瞬だけ間を置き、小さく頷いた。
「それでいい」
「最初から出来る奴はいない」
その言葉で、ほんの少しだけ息が楽になる。
「来い」
背を向ける。
迷いのない足取り。
その背中を追う。
一歩ずつ。
近づくほどに、心臓の音が大きくなる。
——ドクン
重なる。
自分の鼓動と、何か別のものが。
その感覚に、わずかな既視感があった。
遠い記憶。
小さな手。
誰かの指を、握っていた気がする。
でも——思い出せない。
辿り着いたのは、里の奥の開けた場所だった。
地面に刻まれた紋様が、静かに広がっている。
円。線。見慣れない記号。
でも、どこか“正しい”と感じる。
「……ここ」
「召喚の場だ」
サトリの声はいつも通り。
だが、ほんのわずかに重い。
「中心に立て」
言われるまま進む。
円の中心に立った瞬間——
空気が変わった。
音が遠くなる。
世界が、切り離される。
「いいか」
「召喚は呼ぶものじゃない」
一拍。
「繋ぐものだ」
「繋ぐ……」
「お前の中にあるものとだ」
コトリは目を閉じる。
意識を内側へ向ける。
ある。
確かに、何かがある。
形はない。
でも、そこにある。
それに触れる。
——ドクン
脈打つ。
紋様が淡く光る。
空気が震える。
「……っ」
引き上がる。
体の奥から、何かが。
怖い。
でも——手放したくない。
「……来て」
言葉が落ちる。
「——我が内に眠るもの」
自然と続く。
「名もなき光に名を与え——」
声が重なる。
自分のものじゃない。
でも、確かに自分の中から響く。
「今、ここに繋ぐ」
——轟音。
地面が割れる。
光が弾ける。
風が吹き荒れる。
目を開ける。
そこにいたのは——
少年だった。
白と黒が混ざる髪。
不安定に揺れる光。
赤いジャケット。
金色の瞳。
真っ直ぐに、コトリを見ている。
「……ふーん」
気だるそうに口を開く。
「お前か」
一瞬の間。
「弱そうだな」
「なっ!?」
「は!?」
「うるせぇな」
眉をひそめる。
でも、その目は逸らさない。
測るように。
「で」
一歩、近づく。
「逃げるか?」
心臓が鳴る。
——ドクン
同じ音。
同じ感覚。
手のひらが熱い。
あの記憶。
掴んでいた手。
離したくなかった何か。
それは——
「逃げない」
気づけば、答えていた。
迷いはなかった。
「……へぇ」
少年の目が、少しだけ変わる。
「じゃあ」
距離がゼロになる。
「契約するか」
「……する」
一瞬の静寂。
そして——
少年が、笑った。
「いいじゃねぇか」
光が弾ける。
体に流れ込む。
熱。力。意志。
「——っ!!」
崩れそうになる。
でも、立っている。
支えられている。
見えないのに、確かにそこにある。
「名前だ」
一拍。
「ライ」
その瞬間。
何かが繋がる。
最初から、そうだったみたいに。
光が収まる。
世界が戻る。
息が荒い。
でも——分かる。
隣に、いる。
「……よろしくな」
そっぽを向きながら言う。
でも、少しだけ柔らかい声。
「うん」
「よろしく、ライ」
「……おう」
短く返す。
否定はしなかった。
サトリが、その様子を見ていた。
何も言わない。
ただ——ほんのわずかに目を細める。
それは、“初めて見る目”じゃない。
“知っていたものを確かめる目”だった。
その時——
地面が、ほんのわずかに揺れた。
誰も気づかないほど、小さく。
でも確かに。
何かが、動いている。
里の下で。
静かに。
確実に。
その日。
一つの契約が結ばれた。
それは、力の始まり。
そして——
“終わりの始まり”でもあった。
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