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3話 侵略王が求めた忍

霧が、深い。


 朧隠の里は、今日も輪郭が曖昧だった。

 木々の境界は滲み、道は途中で消える。

 どこまでが現実で、どこからが幻か――判別はつかない。


 それでも、この場所は確かに存在している。


 そして、そのすべては――


 “朧の魔王”の領域だった。


 風磨の屋敷は、その霧の奥にある。

 音が吸われる。

 気配が滲む。

 足音さえ、少し遅れて届く。


 まるで、この場所だけ――

 時間の流れが、ほんの少しズレているみたいに。


 三人は、無言で歩いていた。

 さっきまでの軽い空気は、もうない。

 言葉にしなくても分かる。


 ここから先は――

 “いつも通りじゃない”。


 襖の前で、足を止める。


「……入るぞ」


 シオンが軽く声をかける。

 返事はない。

 だが、それでいい。


 襖を開ける。


 そこに、玄はいた。


 座っているだけ。

 ただ、それだけなのに――

 空気が、重い。


「急に呼び出してすまんな」


 玄が、ゆっくり口を開く。


「三人同時ってことはさ」


 シオンが間を置かずに言う。


「いよいよ党首を決めるんだろ」

「で、誰にするんだ?」


「シオン」


 カゲロウが一歩前に出る。


「党首に対して、口の聞き方に気をつけろよ」


「いいんじゃ、カゲロウ」


 玄が軽く手を上げる。


「今さらシオンに口の聞き方を教えるのは、秘伝の忍術を指南するより難しいわい」


「ふふ」


 ヤクモが小さく笑う。


「だってさ」


 シオンは気にした様子もなく続ける。


「で、誰にすんの?」


「そう急かすな」


 玄の声は穏やかだった。


「わしも老いてはおるが、まだ現役じゃ」

「なに、その話がまったく関係ないわけではないが――」


「今日は、別の話じゃ」


「別の話?」


 カゲロウがわずかに首を傾げる。


「噂には聞いておるじゃろ」


 玄の目が三人を順に見る。


「魔王同士の抗争の話じゃ」


「あれ、マジなのか!?」


 シオンが声を上げる。


「誰と誰が争ってるんですか?」


 ヤクモが静かに問う。


「七魔王――」


 一拍。


「全員じゃ」


「「「えっ!?」」」


 三人の声が重なる。


「……斜陽さんも、ですか?」


 ヤクモの声だけが、少し低い。


「うむ」


 玄は頷く。


「斜陽様は自ら攻めるような御方ではない」

「じゃが――巻き込まれることにはなるじゃろう」


「それって……この里もまずくないか?」


 シオンが眉を寄せる。


 玄は答えない。

 代わりに、視線を横へ向ける。


「カゲロウ」

「ここに、斜陽様はおるか?」


「……今は感じない」


 即答だった。


「そうか」


 玄が静かに頷く。

 ほんの一瞬、空気が重くなる。


「――では、本題じゃ」


「朧隠は、斜陽様の領土じゃ」

「里としては当然、斜陽様の味方になる」


 一拍。


「じゃが、忍としては……そうもいかん」


 三人が、黙る。


「他の魔王からの依頼も来る」

「それをすべて断るわけにもいかん」


「……ってことは」


 シオンが口を開く。


「俺たちが、それぞれ別の魔王に仕えるってことか?」


「話が早いのう」


 玄がわずかに笑う。


「まぁ――その通りじゃ」


「この結果次第で、時期党首を決めるってことですか?」


 カゲロウが静かに問う。


「これが全てではない」


 玄は首を横に振る。


「じゃが、魔王側から学べることもあるじゃろう」

「見て、考えて――持ち帰れ」


「なるほどな」


 シオンが頷く。


「で、誰がどこに行くかは決まってるのか?」


 玄の視線が、三人をなぞる。


「シオン」


「おう」


「お前は――ノブナガのところへ行け」


「よっしゃ!」


 シオンの顔が一気に明るくなる。


「ノブナガか、いいな!」


「浮かれるな」


 玄が短く言う。


「お前にはな……ノブナガに“真の正義”があるか、それを見極めてほしい」

「お前に足りないものがあるじゃろう。しっかり見てこい」


「任せとけ!」


 迷いなく答える。


「カゲロウ」


「はい」


「お前は、どこか一つに付く必要はない。が、影縫が動くところに同行せい」


「影縫に不穏な動きでも?」


「察しがいいのう」


 玄がわずかに笑う。


「決まっておるわけではないがな……少し、流れが乱れておる」


「見てこい」


「……承知しました」


「そして――」


 玄の視線が、最後に向く。


「ヤクモ」


「……はい」


「ヤクモには、依頼が来とる」


「依頼ってなんだよ」


 シオンがすぐに反応する。


「今、それどころじゃねぇだろ」


「そう焦るな」


 玄は動じない。


 一拍。


「依頼主じゃが……」


「チンギスじゃ」


「……は?」


 シオンの声が止まる。


「侵略の魔王……ですか?」


 カゲロウが確認する。


「さよう」


 玄は頷く。


「侵略王から――」

「ヤクモの能力が欲しいと、依頼が来ておる」


 空気が、わずかに変わる。


「能力って……」


 ヤクモが少しだけ首を傾げる。


「調律のことですか?」

「……全然、戦闘向きじゃないですけど」


「そこが、いいらしい」


 玄はあっさりと言う。


「……なるほど」


 カゲロウが小さく息を吐く。


「侵略には、ヤクモの能力は欠かせないでしょうね」

「集団の出力を底上げして、無駄を削る」

「軍としては、理想的すぎる」


「最悪だな」


 シオンが眉をしかめる。


「強い軍が、もっと強くなるってことかよ」


 誰も、否定しない。

 沈黙が落ちる。


「……どうする?」


 玄の声だけが、静かに響く。


 視線が、ヤクモに集まる。


 ヤクモは、少しだけ考えて――


「……依頼ですし」


「やりますよ」


 淡々とした声だった。


 感情は、ほとんど乗っていない。

 ただ、それが“当然”であるみたいに。


 玄は、しばらくヤクモを見ていた。

 何かを測るように。確かめるように。


「……そうか」


 ゆっくりと、頷く。


「お前は――」

「そういうやつじゃな」


 それ以上は、何も言わない。

 ただ、静かに視線を外した。


「では、話はこれで終わりじゃ」


 玄が、静かに言う。


「出発は明後日。しばらく里を離れることになる」

「……明日は、ゆっくりせい」


「承知しました」


 カゲロウとヤクモが、揃って頭を下げる。


「玄さん」


 シオンが、少しだけ笑う。


「これが終わったら――しっかり引退しろよ」


 軽い口調。

 だが、そこに込められたものは、軽くない。


「……頼もしいのう」


 玄が、小さく笑う。


「油断はするなよ」


 一拍。


「各々――しっかりな」


 三人は、無言で頷いた。


 霧が、揺れる。

 その向こうへ――

 三人は、それぞれの道へ向かっていく。


 その夜。


 風は乾いていた。

 踏み固められた大地。

 短く削れた草。

 焚き火の煙が、低く流れている。


 火と、鉄と、血の匂い。


 そこは――

 チンギスの根城だった。


 無数の焚き火が、夜を裂く。

 影が揺れる。

 怒号と笑いが、混ざる。


 統制されているはずの軍勢は――

 どこか獣じみていた。


 その中心に、一際大きな影がある。


「風磨から返事が来たぞ」


 豪快な声が、夜に響く。

 侵略の魔王、チンギスは言う。


「ヤクモを派遣してくれるそうだ」


 焚き火の向こうで、大柄な男が腹を抱えて笑った。

 分厚い腕。

 刻まれた無数の傷。

 地面を踏むたびに、土が沈む。


「おー!」

「いいじゃねぇか! これで最強だな!」


 その隣で、軽装の男が肩をすくめる。

 細い体。

 風に溶けるみたいに、重さがない。


「そんな力なくても、空から落とせば終わりだ」

「ダヴィンチなんて、俺らだけで落とせる」


 少し離れたところで、焚き火の光を半分だけ受けた男が、静かに酒を傾けていた。

 動きは遅い。

 だが、目だけが妙に鋭い。


「単純すぎるな」


 低く笑う。


「陸も、空も揃っている」

「だからこそ、負けん」


 火の向こうで――

 チンギスが笑う。


「ははは!」


「そう単純でもないぞ」


「知の魔王ダヴィンチはな」

「魔宝具を自在に操る」


 焚き火が、揺れる。


「戦場そのものを変えてくる」

「真正面から殴るだけじゃ、食われるぞ」


 軽装の男が、わずかに目を細める。


「……へぇ」


「とはいえ!」


 チンギスが立ち上がる。


「我が軍は――力任せだ!」


 豪快に笑う。


「だからこそだ」


「ヤクモの力は使える」


 一拍。


「無駄を削ぎ、力を揃え、そのまま押し潰す」


「最高じゃねぇか!」


 焚き火が、大きく揺れる。


「楽しみだなぁ」


 低く、笑う。


 その声は――

 戦の始まりを、心から楽しんでいた。

続きが気になったら、ブクマで追ってもらえると嬉しいです。

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