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白夜のアラベスク 〜ワガノワ、戦争、そして私たち〜  作者: はまゆう


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20/20

第16話「本番」

東京 某小さな劇場 2022年8月


---


1. 幕が上がる前に


8月中旬。東京の小さな劇場。


楽屋は、緊張と熱気で満ちていた。私たちはそれぞれ、衣装に着替え、髪を整え、自分の出番を待っている。


「緊張する...」


真由美が隣で呟いた。彼女の手は、少し震えている。


「大丈夫だよ。私たち、ここまでやってきたんだから」


私がそう言うと、彼女は少しだけ微笑んだ。


「そうだね。やるだけやったもんね」


楽屋には、20人以上のダンサーが集まっている。イリーナ、ユリさん、健一さん、ラン。みんな、それぞれの思いを胸に、この舞台に立とうとしている。


「みんな、集まって」


ランが声をかけた。


「本番前に、一言だけ言わせて」


私たちは、円になった。


「今日の公演は、ただのバレエ公演じゃない。帰国せざるを得なかった私たちの、叫びでもある。『私たちはここにいる。そして、踊り続ける』というメッセージでもある」


ランの声が、静かに響く。


「戦争が始まって、いろんなものが奪われた。でも、バレエだけは奪わせない。今日は、そのことを証明しよう。みんなの力を、見せてくれ」


拍手が起こった。


「行こう。舞台へ」


2. 幕開け


舞台袖に立つと、客席のざわめきが聞こえてくる。


今日の観客は、200人ほど。決して多くはない。でも、その一人ひとりが、何かを求めてこの劇場に来ている。私たちの踊りを、見に来てくれている。


「舞」


隣で真由美が言った。


「頑張ろうね」


「うん」


音楽が流れ始める。幕が上がる。


私たちは、一歩を踏み出した。


3. 第一幕


第一幕は、群舞から始まった。


20人のダンサーが、一列に並ぶ。ユリさんが振り付けた、ワガノワとパリ・オペラ座の融合した動き。


腕を伸ばして、ステップを踏む。隣のダンサーと呼吸を合わせて。一人ひとりが違うけど、一つの動きとして。


(美しい...)


自分たちの踊りが、鏡に映っているように感じた。舞台の上で、私たちは一つになっている。


群舞が終わり、拍手が起こる。その音が、身体に染みる。


(やってやれる。私たちは、やれる)


4. イリーナの白鳥


第二幕、イリーナのソロ。『白鳥の湖』から、オデットのアダージョ。


彼女が舞台に立った瞬間、客席の空気が変わった。彼女の存在感が、劇場全体を支配する。


音楽が流れ始める。イリーナが動き出す。


その腕は、まるで白鳥の翼のように優雅で。その足は、水面を滑るように軽やかで。その顔は、悲しみと愛に満ちていた。


(これが、ボリショイのダンサー...)


私は舞台袖から、息を呑んで見守っていた。


彼女の踊りには、故郷への想いが込められている。ロシアという故郷を離れざるを得なかった悲しみ。それでも踊り続けるという決意。


曲が終わり、彼女が最後のポーズを決めた瞬間、客席が割れんばかりの拍手に包まれた。


イリーナは、何度もカーテンコールをした。


5. ユリさんのパリ


第三幕、ユリさんのソロ。パリ・オペラ座で彼女が踊った演目から。


彼女の動きは、流れるようだった。まるで水のように、空気のように、舞台を漂っている。無駄な力は一切なく、全てが美しい。


(これが、パリ・オペラ座のスタイル...)


私は、彼女の踊りに魅了されていた。


ユリさんは、舞台の上で自由だった。国境なんて関係ない。ただ、美しいものを創造することだけに集中している。


拍手が、再び起こった。


6. 群舞のクライマックス


第四幕、再び群舞。


今度は、私たちの想いを全て込めて。戦争で帰国した者たちの、叫びを。それでも踊り続けるという、その意志を。


音楽が速くなる。足を高く上げて、跳ぶ。くるっと回って、また跳ぶ。


息が切れる。汗が飛ぶ。でも、止まれない。


「もっと! もっと!」


ランが舞台袖で叫んでいる。


(私たちは、ここにいる!)


(どんなことがあっても、踊り続ける!)


(それが、私たちの戦い方だ!)


音楽がクライマックスに達する。全員が一列に並び、最後のポーズ。


腕を上げて、空に向かって。


その瞬間、客席が静まり返った。


そして、割れんばかりの拍手。


7. フィナーレ


ラスト。全員が一列に並んで、カーテンコール。


観客の拍手が、止まらない。手を振るたびに、拍手が大きくなる。


「すごい...」


真由美が、涙を流しながら言った。


「すごいよ、舞」


「うん...」


私も、泣いていた。


練習を始めてから、ここまでの日々が走馬灯のように蘇る。ワガノワでの日々。帰国。そして、この公演に向けてのリハーサル。


私たちは、ここまでやってきた。


「みんな、ありがとう!」


ランの声が、舞台上に響く。


「今日の公演は、帰国者たちのバレエガラ。世界各地から帰ってきたダンサーたちが、この舞台に立っています。彼女たちの想いが、届きますように!」


拍手が、さらに大きくなる。


8. 舞台袖で


幕が下りた後、私たちは舞台袖で抱き合った。


「やったね!」


「すごかった!」


「みんな、ありがとう!」


泣き笑いの渦の中、イリーナが私のところに来た。


「舞、あなた、よく頑張った」


「イリーナさん...」


「これからも、踊り続けなさい。あなたには、その才能がある」


彼女が、私の肩を軽く叩いた。


9. 終演後


ロビーには、たくさんの観客がいた。


その中に、見覚えのある顔があった。


「お母さん! お父さん!」


両親が、私のところに駆け寄ってきた。


「舞、すごかったよ!」


「感動した!」


私は、両親に抱きしめられた。


「ありがとう...」


その時、知らない女性が話しかけてきた。


「あなた、ワガノワから帰ってきたの?」


「はい」


「素晴らしい踊りだった。戦争で帰国せざるを得なかったと聞いたけど、その想いが伝わってきた」


そう言って、彼女は微笑んだ。


「これからも、頑張って」


10. 夜の街


公演が終わり、私たちは劇場の外に出た。


夏の夜風が、火照った身体に心地いい。


「ねえ、みんなでご飯食べに行かない?」


真由美の提案に、何人かが賛同した。


「行こう行こう!」


「どこか、空いてるところない?」


私たちは、夜の東京を歩き出した。


イリーナ、ユリさん、健一さん、ラン、真由美、そして私。


国はバラバラ。年齢もバラバラ。でも、共通しているのは、バレエを愛する気持ちだけ。


「今日は、本当にすごかった」


「そうだね。一生忘れられない」


「私たち、やれるんだなって思った」


「また、やろうね」


「うん。また、一緒に舞台に立とう」


その夜、私たちはそう約束した。


戦争は終わっていない。アーニャはまだウクライナにいる。世界はまだ、変わっていない。


でも、私たちは変わった。


強くなった。


これからも、踊り続ける。


この道しかないから。


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