W 第一部 第二話 5
さらに翌日
この日、夕方から近所で季節外れの夏祭りが行われる
もう、夏祭りっていう時期じゃないと思うんだが
この祭りは全国的に有名という訳でもなく、花火も打ちあがらない、伝統だけが唯一の自慢のような祭りである
それでも、奥さんは行けないと思っていた祭りに行けることになって、喜んでいた
俺は、人ごみが苦手なので、ゆっくり家にいたかったのだが
家の大黒柱兼主婦である奥さんの意見が通らないわけはなく
いまはこうして浴衣のレンタル店の前でその奥さんを待っている最中だ
「おっまたせー」
「ぐあ」
浴衣美人と聞けばおしとやかな女性をイメージするが、
そのイメージをみじんも感じられないほど、元気いっぱいの満面の笑みで、人の背中にハイタッチしてきた
「どうかな、似合うかな」
軽やかに一回転して浴衣の感想を聞いてくる
赤を基調にところどころ白で彩られた、巫女装束の豪華バージョンのような浴衣に
彼女の紫がかった黒髪に、愛らしくも凛々しくもある顔立ち
「よく似合ってるよ」
「ほんと」
褒められて、再び満面の笑みを浮かべる
やはり、浴衣美人のイメージとは異なる
「じゃあ、いこっか」
手を握り、一緒に祭りの会場目指し歩いていく
「うわー」
規模は大きくないものの、祭りの会場はたくさんの提灯が飾られ、出店も多く太鼓の音まで聞こえた
彼女も祭りに来るのは初めてなのか、それともこの祭りに参加するのが初めてなのかわからないが、目の前の楽しくも活気ある光景に目を輝かせているようだ
「はやくいこう、ぼく、綿あめ食べたい」
「うぉ、いきなり甘いものかよ」
彼女に手を引っ張られながら、提灯に照らされる道へ歩を進める
綿あめにタコ焼きに焼きそば、それにチョコバナナ、そして今はリンゴ飴
この小さな体のどこにそんなにはいるのかというほど買い食いをした彼女は今、射的に悪戦苦闘中である
「ああ、当たったのにー」
彼女の最後のコルク弾はオオカミのぬいぐるみ、変わったぬいぐるみだな
の右前脚の付け根に当たり、少し奥の方へずれただけだった
「はいはい、残念だったね、また気が向いたら挑戦してよ」
つるつるスキンヘッドに鉢巻を巻き、無精ひげを生やした射的屋のオーナー、まあ従業員はそのおやじしかいないが、が思ってもいない慰めをかけて彼女から射的銃を取り上げる
「あーあ、かわいいのにあのオオカミ」
名残惜しそうに、狙っていた狼のぬいぐるみを見つめる
「あれが」
正直、かわいいようには見えない
あいつ目、死んでないか
「似てない」
誰とは口にしていないが言っている
そう思うと、とってやらねばと思わなくもない
何より、さっきからすごく期待をした目でこっちを見ている
「はあ」
ためいきひとつした後、射的の代金をオーナーに渡す
「まいどあり」
おやじは、にやにやしていた
このおやじを狙ってもいいな、と一瞬思ったが、真剣にオオカミを狙う
普通は射的台にへその下あたりをつけて、前傾姿勢になり、目いっぱい腕を伸ばして的を狙うが、
俺は、直立で、銃の持ち方もクレーン射撃と同じ持ち方で銃口が的とちょうど直線上になるようにして狙う
おやじは、カッコつけやがってとにたにたしているが、
パン、と甲高い銃声の後一番でっぱているオオカミの鼻にコルク弾が命中
昔の西部劇のようにやられたー、とはもちろんいっていないが、
こちらから見ていると、ばんざいをしているようなかたちで後ろに倒れた
「やったー」
彼女は大きな喜びの声を上げて思いっきりハグをしてきた
「ふふ」
よほど気に入ったのだろう、
ずっとオオカミをぎゅっと抱きしめている
心なしかオオカミも喜んでいるように見える
このエロオオカミ
あの後、金魚すくいもしたが、これ以上ただ飯ぐらいはいらないと、初代ただ飯ぐらいが断固飼うのを反対したので、隣ですくえなかった男の子に金魚をプレゼントした
そして今俺たちは祭りの会場の中央広場にいた
「わあ、きれい」
あちらこちらに勾玉のような模様を付けた白装束をきて、頭を蝶々結んだ女性が火をつけた木刀をもって舞っていた
「なんのおどりかなあ」
「あんな踊り見たことないな」
「あれはなあ」
「「うわあ」」
突然の聞き覚えのない声に二人がびっくりすると
いつの間にか、俺の隣に杖をついたばあさんが
「神様への祈りなのじゃ」
「いのり?」
「そうじゃ、昔、村が暗闇に覆われた時、ある巫女がさび付いた刀を持って神への祈りの舞を踊った」
「いのりのまい」
「あれがそうじゃ、舞を終えると刀はまばゆい輝きを放ち、どんな闇も切り裂く光の刀になったんじゃ、巫女はその刀で村を覆う暗闇を切り裂き、村に再び光を取り戻したそうじゃ」
「へえ」
「そんな、言い伝えがこんな都会にあったんだな」
「あたりまえじゃ、どんなものにだって歴史があり、それは脈々と受け継がれている、わしもおぬしらも気づいていないだけじゃ、歴史はいつもぬしのそばに」
「フォフォフォフォ」
そういうとばあさんは笑いながら俺たちから離れて行った




