79 それは戦友
「こっちじゃ、始めまして」
握手を求める。こっち、というキーワードはオンとオフの両面を使うオンラインにしか通用しないワードだ。
隈の酷い彼の、キラキラとした大理石のような目が見開かれる。SNS等をしていればそちらの筋もあり得るものの、榎本と同席しているとなると答えは一つだった。
「え、うそ……お嬢さん、フロキリで僕と会ってる?」
「ああ」
「榎本さんとご飯するくらい、仲良し?」
「ああ」
こくりと頷くみずきの動作は、オンラインでもよくする肯定のサインだ。
「ぼ、僕、まさか知ってる?」
「知ってる。戦闘で一緒したのは——二ヶ月くらい前」
「え、え、戦闘!?」
驚くボートウィグを傍目に、ガルドは頷くばかりだ。
「ああ、あの攻城戦だな。ほら、チートマイスターとかがいた、水晶洞窟エリアの百百のやつだよ。お前、こいつの背中追っかけて最前線まで出てきたじゃないか。んで一瞬で一乙して、号泣しながらまた追いかけて……」
埒が明かない、という顔で榎本がまくしたてる。
楽しかったな、とガルドは懐かしんだ。しかし彼の言う通り、目の前のボートウィグが後ろで鬱陶しくしていたのだった。それもまたガルドにとっては楽しさのエッセンスで、楽しい思い出の一部に馴染んでいる。
そもそもボートウィグとつるむのは、とにかく「友人同士といった雰囲気での楽しさに溢れている」からである。相棒とは違う陽気さを思い出し、ガルドは仄かに微笑んだ。
「……あっ」
その小さな変化に気付いたのだろう。
彼が追いかけ慕っていた「大剣使いの男」は一人しかいない。蜂蜜色の髪をした、筋肉と黒い大剣が特徴の彼だ。
ポーカーフェイスな上に仏頂面で、強面なアバターはいつも悪人かヤクザモノのようなはずが、ボートウィグと共にいるときはよくこんな表情をした。ふわりと笑い、眉間のシワを緩める。
「か、か、か!」
痙攣のようにカ行を繰り返し吐きながら彼の目が潤んでゆく。泣き上戸で女々しくなよなよしいのは、リアルでも変わらないらしい。ガルドは彼の名前を呼んだ。ガルドしか呼ばない略称で、小さく一言。
「ウィグ」
彼の視界の中で、少女の輪郭が水に溶けていく。
「閣下あぁっ!!」
ポロポロと大粒の涙をこぼしながら、くたびれたサラリーマンが女子高生に勢いよく抱きついた。




