77 じゅらく
「良い店?」
榎本に連れられ上野を巡ったガルドは、眼前のレトロな風合いのレストランを見つめて唸った。女子受けのする店に関して詳しいはずの榎本だが、今日のチョイスには違和感を感じる。
「おう。上野観光と言えばこれだろ?」
「なんとも、その……」
赤いレトロな文字体で掲示されている「じゅらく」の文字は、みずきの両親さえ生まれる前の古い時代を感じさせる。昭和、というやつだろうか。映像資料でしか見たことのない世界が、レプリカ再現だったとしても、こうして商売として現存していたとは驚きだ。
「普通に飯を楽しむなら別のところにするさ。でもな、今日は観光しに来たんだろ? 上野といえばじゅらく! これで決まりだ」
「そうなのか」
「そうなんだよ。ほんとは聚楽台なんだろうけどな」
そう言って目を細める榎本は、今は真新しくなっている一本隣の道沿いのビルを見る。榎本が生まれるかどうかという年代に閉店してしまったその店は、榎本の祖父母が愛した思い出の店だったらしい。今見ている場所よりもさらにレトロで、その空気感を榎本は「なんか良いよな」とアバウトに褒めた。
「ノスタルジー」
「上野ってそういう町だろ?」
懐かしみ、切なさ、そして郷愁だろうか。横浜の新興住宅地で生まれ育ったガルドには、どうしてもフィクションの話に聞こえる。自動車の排気ガスがそこら中に充満していた時代があったらしい。それすら信じられなかった。
物怖じすることなく榎本がスタスタと入っていく。
「……どこか懐かしい」
確かにそう感じる。しかしガルドにはそれが、イメージによって作られた虚構の懐かしさだと思えた。
「そろそろ終わる」
メンテナンスの終了が近い、とフロキリ専用のコミュニティが賑わっている。こめかみにつけたケーブル伝手にネットを感じ、ガルドは顔をほころばせた。オンラインの向こうでも、プレイヤーたちが一様に皆そわそわとしている。
「そうだな。俺としては、お前とデート出来て楽しかったぞ」
「……デート、だったのか」
この店の名物らしいケチャップオムライスを前に、ガルドは目から鱗だった。確かに男女で二人、観光地を巡った。デートの形は成している。しかしそのつもりが毛頭なかったガルドにとっては衝撃の単語だった。
控えめな照明の明かりとシックな店内、どこか懐かしい香りと優しい雰囲気の店内。向かいに座る榎本も表情も、どこか普段より優しく見えた。
上野の風景こそ初めてのものばかりだったが、こうして食事を共にとるのはいつも通りだ。しかしこれがデートだという。散策のことだろうか、観光地に行くことをデートと呼ぶのだろうか。ガルドは首を傾げた。
普段と違う点の方が少ない今日の外出では、何をもって人々がデートと呼ぶのか、謎が深まる結果にしかならない。
目の前の相棒の、飲み会の時とは少し違う顔を見た。
ガルドの胸に、あるべき甘酸っぱさは無い。代わりに沸き上がるのは興味・関心だった。同僚のデート現場を目撃してしまったかのような出歯亀精神と、からかいたいイタズラ心がむくむくと育つ。
「なかなか興味深い」
女とデートしているときはこんな顔なのか。ガルドは冷静に、榎本の今の表情をそう解釈した。
「ははっ、観光地を回るお嬢さんって感じだったな、お前」
「ん、確かにその通り」
そう見えることに理解を示しつつ、軟派な態度をとることが多い榎本に「次に誘うオナゴはどんなレディなのか」聞こうと口を開いたガルドの声が止まる。
座っていた目線上に、新たな目線がパチリとぶつかった。




