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56 チーズフォンデュをつつく仲

 榎本の自宅にフルダイブ機が二台備えられてからというものの、ガルドはご機嫌である。榎本と同時にプレイできないというのは、ガルドが思っていた以上にストレスだった。

 それさえ解消すれば、むしろ横浜よりも楽しい日々が続いている。ログインしていないときでも、榎本と生でゲーム談義が思う存分出来るのが心地よい。ふとした日常のひとコマも、ギルドメンバーのことやゲームでの用語を絡めて会話が出来るというのは楽しかった。

 最近は、フロキリ内で食べていた料理を再現するのに凝っている。

 ひいきにしているゲーム内の「青椿亭」という酒場には、缶に入ったカマンベールチーズに白ワインを注ぎ、缶のまま炭火で焼いたというメニューが存在する。亜流のチーズフォンデュだ。聞いただけでも美味しそうなのだが、VRの味覚再現ではどうもこれが「マカロニの無いグラタン」にしか感じない。

 味覚の再現はフルダイブVR出現当時に比べればかなり良くなった。

 当時のVR食パンを「まるで炒めたナタデココ」と表現したプレイヤーは伝説となった。今でこそヴァーチャルな食事を楽しめる程度にはなったものの、まだまだ美味しくないものは多い。

 開発スタッフやゲーム運営会社は、美味しく感じることのできるデータしか表に出さない。そこを通過してきたはずのチーズフォンデュは、不味くはないが美味くもない中途半端な料理と化していた。

 炭火の香ばしさは大層難しいのだろう。期待して注文した同ギルドのレイド班所属メンバーが「こりゃ金の無駄!」と言っていたのが印象深い。

「うまっ、ヤベェ、美味いなこれ!」

 二人は冬のベランダで寒さに震えながら、リアル炭火チーズフォンデュを目指した。

 榎本が押し入れから引っ張り出してきた七輪で熱しているが、思っていた程スムーズにはいかなかった。網を敷いてその上に缶を置けばよかったのだが、そこまで頭が回らず直火焼きしてしまい、すっぽりと七輪のくぼみに缶が挟まってしまったのだった。

 取り出そうとして半ばひっくり返ってしまったチーズフォンデュを、せっかくだからと箸でつまむ。

「バカだなぁ、俺ら」

「でも旨い」

「そうだな。炭が入ってなけりゃ、もっと旨いだろうな。じゃりじゃりする——こりゃ炭フォンデュだな」

 箸で一円玉ほどの大きさの欠片を摘まんだ榎本に、ガルドは珍しく涙が出るほど笑った。腹を抱えて笑うのは久しぶりだった。榎本もつられて笑いだす。

 年の離れたバディは、子どものようにベランダで笑いあった。



 なにはともあれ楽しい共同生活だったのだが、高校の後輩の一声によってガルドの意識は急変した。

「先輩それ、同棲ですよ?」

「どうせい——?」

 ガルドが探していたフルダイブ機テテロの所在調査に関わるため、後輩であるハルにのみ、居候先が偽装彼氏の元だということを伝えることになった。彼は「転勤先から半年ほど日本に戻ることになったため、ウィークリーマンションを借りている」設定だ。

 上手く利用すれば、日本から米国に戻るのにくっついてハワイ旅行に行くという口実に繋げられるだろう。自信満々で説明したガルドは、みずきとしての顔を取り繕いながら不穏な単語を聞き直した。

「先輩の彼氏、年上なんですよね。確かに私たちの年代だと実感ないですけど、二十代の恋人が一緒の部屋に住むのって間違いなく同棲ですよ!」

「それは、確かに」

 後輩としては、佐野みずきという女子高生が大人な彼氏と同棲生活をスタートさせたという認識でいるらしい。だがみずき本人は、ガルドというゲーマーがギルドメンバーの住まいに転がり込んだという認識である。

「ちょっと気が早いかもしれないですけど、あれじゃないですか!?」

 鼻息を荒くした後輩が身を乗り出して捲し立てる。

「あれ?」

「結婚を前提にした、ってやつですよー!」

 けっこん。みずきの脳には欠片もない単語だった。信じられないものをみるような表情で、楽しそうな後輩ハルを見つめる。

「同棲っていうのは、結婚前に予行練習としてするもんですよ。兄がそうですから!」

 身近に経験者がいたからこその発想だったのか、とみずきは納得した。高校一年にしては、やけに大人びた考え方だ。

 余計な入れ知恵を恨みながら、爽やかなハルの兄を思い浮かべる。大卒で新入社員で一年目にして、すでに結婚前提の同棲をスタートさせているらしい。確かに見た目通りの人生を歩んでいるようだ。つまるところ、リア充なのだろう。

「そうなのか」

 みずきは真面目な返事を演技しつつ、別のことを考え始めていた。ぼんやりと夕飯のメニューやその後の戦闘練習メニューを思い浮かべる。

「先輩の彼、ご家族に紹介しないんですか? もう四年目なんですよね、もういい時期だと思いますよ。彼氏さんもそう思ってると思います!」

 ハルは満面の笑みを浮かべ、鼻息荒くもう一度「しないんですか!?」と聞いてきた。

「——まだ早いかな」

「そうですかー? まぁ、高校卒業くらいがちょうどいいんですかねぇ」

 挨拶という後輩の勧めにみずきは、崩れすぎて原型を留めていない計画を思い出していた。ハワイの世界大会へ穏便に参加するための、友人を利用した両親懐柔計画のことである。

 実際には、穏便にどころかゲームプレイの危機を招くという散々な状態だ。

 計画では両親へ()を紹介し、その彼から旅行の安全を保証してもらうというストーリーで段取りを進めていた。ここにきてそれを思い出し、上手く元々の計画へ軌道修正出来ないか考え始めたのだった。

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