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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章44 小さな分かれ道

 

 レナンの回復の目処が立ったことに燎祐は安堵の色を浮かべていたが、女の子が「外に出たいなら」と口にしたあたりから、表情が急に渋みを帯びた。どうやらその心中には、そもそもの発端となった生徒Aと相羽、そしてカリスのことが思い浮かんでいるらしかった。

 今回見つけた生徒Aは結局偽物だったが、しかしこれで相羽が生徒Aを監禁しているのは、ほぼ確実となった。

 そして生徒Aは、何らかの儀式に用いられ、それには稲木出も関与している、ということまでは分かった。

 燎祐がいま考えているのは、その先のこと。依然監禁場所が特定できない生徒Aのこと。


(生徒Aが行方知れずになって一週間以上が経ってる。レナンの回復を待って、これから更に十日も経ったら……、生徒Aは相羽たちの儀式で今度こそ本当に亡き者にされかねない。けど、俺ひとりで生徒Aを見つけられるのか……? 相羽たちを追えるのか?)


 生徒Aの監禁場所について、心当たりはひとつもない。

 逃げおおせた相羽の居所も見当がつかない。

 なにより、片腕を失くした相羽が、その姿で授業をしに学校に戻るはずがない。

 今頃は、前もって準備していたセーフハウスか、人目のつかない場所に身を隠しているはずだ。


 だけれども、燎祐にはそれを知るための情報網もなければ、魔法で隠匿されたものを捜査する力もない。

 なのにどうやってカリスを、相羽を、そして生徒Aを捜索できるのか――――

 問題はそれに尽きた。


(せめて、なにかアテにできるものがあればな……)


 この一週間とちょっと、レナンと行動を共にしていたといっても、カリス関連の情報の全部を共有されていたわけではないし、協力者として特別に知らされていることもあまり多くはない。

 それも仕方のないことで、レナンの御庭番という立場上、機密保持のため、燎祐たちに開示できる情報よりも、開示できない情報の方が多いのだ。


 レナンが燎祐やまゆりを信頼していないわけでは決してないが、己の一存で情報を与えてしまったがために、二人が危険に晒されたり、情報秘匿のための口封じをされないという保証もないので、与えられる情報は慎重なまでに選別をしていた。

 なにせ知っているというだけで、見聞きしてしまったというだけでも、情報の、その軽重によっては、命を狙われることだってあるご時世だ。しかも、その軽重の評価は、状況と、上の判断によって容易に変わってしまう。

 だからこそ、どんな情報も軽んじて扱ったりはできなかったわけだが――

 今はその判断が災いしたといってもいい状況だった。


(アテになりそうな舟山先生も師匠も、いまは連絡がつく状況じゃないしな……)


 燎祐は自然と胸の前で組んでいた腕を、反対に組み替えて、鼻から大きく息をついた。

 眉間に寄った眉の形から、状況が芳しくないと一目で分かる顔付きだった。

 それもそうだろう、一介の高校生にすぎない燎祐に、裏社会に通じている情報屋の知り合いなんかいるわけがないのだから。

 これはもう万策尽きたか、と思った刹那、燎祐の脳裏に、凶行に走る怒り狂った相羽の姿が過った。

 仲間の運転手を放り投げ、不可視の魔法で八つ裂きにした、あの残虐の瞬間の絵がストロボ様にフラッシュした。


(――!!)


 燎祐は思い出した。

 相羽が運転手のことを裏切り者と罵っていたことを。

 相羽が叫んでいたことを――――


 『メイというやつのことを、洗いざらい吐いて貰おうと思ってのことよ!』


 瞬間、燎祐は、道を得たようにカッと眼を開く。


(そうだメイさんだ! 相羽はメイさんを知っていた!)


 その後に、メイの死を騙った運転手が惨たらしい結末をたことを考えると、運転手は、あの時点で既にメイの術中だったのだろうと燎祐は推定した。そして運転手は、メイの操り人形として、与えられた何からの役目を果たそうとして相羽に始末されたのだろうと結論付けた。


(確かメイさんは……、連中に盗られたものがあるとかで、街中に探知網を張り巡らすぐらい執拗に追い回していたんだよな)


 それが真実かどうかは不明だが、己の目的のために、他人を巻き込むことを厭わないあたり、メイのカリスに対する執着心は尋常のものではないとうかがい知れる。

 加えて、相羽のメイに対する異常な反応からしても、両者に因縁めいたものがあるのは明らかで――――潜入時、メイが運転手を引き剥がす役を買って出たのも、適材適所や気まぐれなどではなく、裏の意図があってのことだったのだとわかる。


(盗られたものがあるんなら、普通は自分で取り返しに行くはずなのに、メイさんはそうしなかった……。ってことは、なるほど……、メイさんは(はな)っから運転手に術をかけるのが目的で、俺とレナンは、相羽たちが運転手の応援に来ないように巧く使われてたってわけか……。だとすると、やっぱり食えないな、あの人は)


 もちろん、まだ憶測の段階ではあるが、しかしこれまでのことを思えば、この考えは強ち間違ってはいないだろうと燎祐は思った。

 燎祐は腰に手をやって、大きく深呼吸をした。


(相羽を追うなら、先ずはメイさんを見つける必要があるな――でも、今度はなにをされるか)


 燎祐が懸念するとおり、再会の直後に術に掛けられ、再びメイに利用される危険性は高い。無論、それ以外のリスクもゼロとはいえない。

 だが、いま燎祐がカリスの情報を得られるとすれば、その相手は、メイをおいて外にないことも事実。


 よって燎祐が採用できる案は二つ。

 レナンの回復を待ってから万全の態勢で臨むか、メイを見つけ相羽を探し単身で生徒Aを救出するか。

 安パイは間違いなく前者だ。復活したレナンが同伴しているなら北領軍と相羽を一挙に相手にしても、後れを取ることはまずありえないし、メイと関わらずに済む。けだし、それだけの期間をあければ、生徒Aの生存は絶望的だ。


 後者は、メイの出方次第なところもあるが、もしも早期に情報を掴み相羽たちを追い詰めることが出来れば、生徒Aの生存の望みは高くなる――ただし、その場合、相羽と北領軍を、貔貅(ヒキュウ)なしで相手にしなくてはならない。しかも、現状命綱である指輪の守護も有限で、安全の担保は完全じゃない。

 ゆえに、単身で魔法に対処することができない燎祐が、その選択をするのは、あまりに無謀といえた。


 それでも燎祐は思うのだ。考えるのだ。

 もしレナンだったら――――と。

 答えは決まっている。


(レナンなら、迷わず追う。相羽たちを追って、生徒Aを取り戻す)


 燎祐の腹は決まった。

 

(外に出たら、先ずはメイさんに会う。生徒Aと相羽のことはそれからだ)


 行動の指針を定めた燎祐は、自分の意見に心中で大きく頷いた。

 隣では、女の子が、ぼーっとしながら培養槽を眺めていた。

 燎祐がトントンと肩に触れると、女の子はツーテンポくらい遅れて、ん?、という顔を向けた。


「あのさ、一つ頼みがあるんだけど、いいかな」


「なんだ?」


 女の子は、ふわっと小首を傾げた。

 どうやら頭ごなしに否定する感じではないので、燎祐も、そこまで言葉は選ばなかった。


「俺はやらないといけないことがあって、どうしても外に行かないといけない。それが終わったら、レナンを迎えに、ここに戻ってくる。その間、レナンのことを頼まれてくれないか?」


「れなん?」


「あ」


 ここにきて燎祐は、女の子にレナンの紹介を一度もしていなかったことに気づいた。

 それというのも、どこかの時点でレナンが目を醒まして自己紹介なりをするだろうと、そんな甘い期待をしていたからだった。尤もその空想は、黒く苦い現実によって押し流されてしまったわけだが。

 燎祐は培養槽に手を当てて、メロンソーダにも見える培養液と一緒に回転するレナンに、柔らかな視線を送った。


「イルルミ・レナンだ。もし目を醒ましたら、レナンって呼んでやってくれ」


「ん!」


 その言葉にピクッと反応した女の子は、つま先立ちになりながら、培養槽に両手をついて、壁面に鼻をこすりつけそうなくらい顔を近づけた。


「そうかレナンか! レナンっていうのか! んふふーん、おぼえたぞ! おぼえたぞ! レナンだな!」


 女の子は、弾むような口振りでレナンの名前を呼び続けた。まるで待ちきれない子供のように、相当にご執心だ。

 傍で見ていた燎祐は、レナンを助けてくれたのが、この女の子でよかったと思い、一呼吸ついた。

 していると、女の子が、くるりと燎祐の方に向き直って、人差し指を唇に当てて、眉をハの字にしながら小首を傾げた。


「お前、なまえなんだっけ。……ひ……、ひ、の?」


「ひ た ち だよ、 ひ た ち」


「ひの……たち……」


「ひ た ち。「の」、は入らないって」


「んー……。それ、おぼえにくいな。ほかの、ないのか」


 どうやら間違って覚えたのが抜けきらないようで、女の子は困ったような表情をうかべながら、燎祐の顔を仰いだ。

 ただ他の呼び方を聞くあたり、一応ちゃんと覚える気はあるらしい。

 燎祐は顎の下に手をやって、思案気に口を開く。


「そうだな……、じゃあ燎祐(りょうすけ)はどうだ? 覚えられそうか……?」


「ん、リョースケな、おぼえたぞ! かんたんだな!」


「えっ、あっさり?! そっちの方が難しくない!? ヒタチのが簡単じゃない?!」


「リョースケうるさい! 嫌いになるぞ!」


 ぷくっと頬をふくらませた女の子にふんわりと凄まれて、もう好きにしてとばかりに首をがっくしと折る燎祐。

 当人はその返事を疎かに聞いていたために気づいていなかったが、女の子の言葉尻が「嫌いだ」ではなくなっていた。

 それが、燎祐の言う「レナン効果」によるものかどうかは不明だが、少なくとも、もう警戒されていないのは確かだった。

 女の子は、膨らませていた頬をしぼませると、その口端をやわらかにもちあげた。


「リョースケ、外に出たいんだったな」


「え、あ、うん」


「じゃあ、もどってこれるように、ここにくるほうほう、教えてやる。リョースケ、いくぞっ」


 そう言って女の子は、燎祐の手を引いた。

 燎祐は、自分の少し先を行く小さな女の子の姿に、まゆりの面影が重なって見え、思わず名前を呼びそうになったが、その声は固く結ばれた唇によって遮られ、音となることはなかった。


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