第二章9 Briefing③
ややあったあと、まゆりは「そうだ!」と手を叩いて、部室中央の空きスペースに移動した。
急にどうしたのやらと思っている間に、魔法で木目調の円形テーブルを新造。続けて木製ライクなダイニングチェアまで人数分を用意した。
それから俺を手招きして、レナンには声を掛けてトレーに乗せたお茶を運んで貰って、三人揃って授業をサボってのティータイムが始まった。
何だか学校を早退した帰り道に、喫茶店に入った気分だ。
そのせいか、そこはかとなく悪いことしてる感が拭えなくて、心がカラッと晴れない。
「はぁ……。ところでまゆり、この席はどういうアレで? ソファじゃいかんかったのか?」
「レナンの服装だと、あの席は色々見えちゃいそうだから」
なるほど。着崩れているってわけじゃないが、あんだけ開けてれば確かに色々見えるだろうな。特にあのスカートの丈はヤバイ。
「ふふん、私は一向に構わないが」
「構ってくれよそこは!? 大多数の男子生徒は目のやり場に困るんだよ!?」
「別に、見てもいいと言っているんだ。困るくらいなら堂々と視線を注いでくれ。なに、遠慮することはない」
そう言ってレナンは、ただでさえ開けている胸元のボタンを追加で位一つ外して、さあどうぞ!、とでも主張するように、顎を仰け反らして両手を広げた。ボタン二つで止めてるシャツの隙間――というには大きすぎる間から、黒色の下着が思いっきりコンニチワしまくりだ。
が、モデル並のスタイルを誇る少女のサービスショットにも拘らず、なまじっか喜べるタイミングじゃない。だってすぐお隣には、とっても可愛い子が笑顔のまま、ものすごいオーラを発しながらこっちを見ておられるので……。
「戦って分かったつもりでいたけど、やっぱりお前の考えていることが読めなくて怖いわ」
俺は目を覆いながら頭を振った。
するとレナンは愉しげな声を響かせた。
「女はミステリアスな方が魅力的だと思わないか?」
「かもしれないが、お前の場合は、行動がミステリーに振れ過ぎて、寧ろ奇行の部類に入ってるっての」
「酷いぞダーリン。これでも私は女だぞ」
「だからだろ。せめて女性らしく、もうすこし恥じらいってもんをだな……」
「…………。はあ、ダーリンがそこまで言うなら仕方ない」
レナンは作ったような溜め息を吐くと、小さくなりながら姿勢を戻して、たわんでいたシャツのボタンを留め始めた。
どこか普段の覇気に満ちた態度と違う、レナンのしおらしい振る舞いが妙に目に留まった。
「さ、これで問題はないだろう」
レナンはボタンを一番上まで留め、ネクタイをキュッと締め直すと、シャツの上に伸し掛かっていた髪を手の甲で払った。そこへ持ち前の雅な佇まいが加わって、美事な撫子が完成した。
「ごくろーさん。開けているより、そっちのがカタチになってると思うぞ」
「そうか、ならば今後はダーリンのご期待に応えよう」
と、言ってる傍からネクタイを弛めだして、掛けたばかりのボタンも外し、レナンの撫子形態は数秒のうちに崩壊した。
癖というか、もう殆ど無意識なんだろうな……。
これには、まゆりもちょっと苦い笑いを浮かべていた。
「あっ、レナン、それでさっきのお話のことなんですけど」
「――――ん? ああっ、返事がまだだったね。そのことなら任されよう。多少、疑わしく思うところもあるが、私として断る理由もない」
「よかった……。じゃあ、お願いね」
まゆりの言葉に、心得た、と短く返事をして、レナンはティーカップを口に運んだ。
傍で見ていた俺も釣られたようにカップに口を付けたが、心なしかお茶の口当たりが渋かった。
「まゆりとレナンは何の話をしてるんだ?」
何の気なしに投げかけたつもりだったが、その声に二人は真顔を作って、制止を呼びかける見たく片手を付きだした。
「「いや別に大したことじゃないので」」
なら何故ハモった。
ていうか、いきなり仲良いな。
それにしても二人に共通の話題があるのは良いことに違いないが、なんだろう、このとんでもない疎外感。
今でこそ今朝のような暴力的な緊張感はなりを潜めたが、俺の感じる居苦しさは、ここにきて倍増している気がしてならない。
「さて、ダーリンもハプニングの件を少しは反省したことだろうし話を先に始めようか」
「できれば覗きの件も反省して欲しいんですけど」
その言葉に、俺はがくりと項垂れながら頭を掻いた。
「何だよ、やっぱり人のこと干してたのかよ」
溜め息にも似た俺の反応を、まゆりとレナンは小鼻で笑った。
俺は遣る方無くカップに口を付けて、グイッとお茶を煽った。舌が引き締まるような渋さを感じた。
覚えず眉を曇らせながらティーカップをテーブルに置くと、二人も示し合わせたようにそうして、テーブルの上に肘を突き、俺の方に視線を向けた。
「そう、だな……。先ずは状況を整理したい。まゆりは封鎖区画で稲木出を倒したことを覚えていない、というか稲木出のこと自体を覚えてないんだよな?」
「うん。あれだけ頭がタワシ・タワシしていたら、流石に私でも一目見たら覚えてそうなんですけど。でも燎は覚えているんでしょ。私が知らない、私が封鎖区画でやったこと」
「ああ。あの時、まゆりは白く光る魔法を使ったんだ。確かラン……タナ・ブリットだったか」
「…………。その魔法、もし私の心当たり通りなら、お披露目どころか、まだ名前も付けてないんですけど……。じゃあ、やっぱり私の記憶って……」
不安げに表情を暗くするまゆりに、レナンは立てた右手の人差し指を振って、否定の意を示した。
「早合点はよくないよ、まゆりん。ダーリンの記憶が何者かに改ざんされていて、一種のバーナム効果のように、まゆりんになら当てはまりそうな記憶を植え付けられている、なんてことも考えられる。まあ、あっても一パーセントもないだろうが、そうだと決定づけられる段階でもない。今は、飽くまで一つの可能性として留意しておくだけでいい」
「レナン……、うん……そうするね」
流石に今の一瞬で納得しきった風ではないが、まゆりは僅かに明るさを取り戻した。
確かに、誰の記憶が正解か分からない以上、まゆりのが正しいってこともありえるわけで、レナンの言うことは一理あるのだが、それを即座に採用してやるには少々考えすぎ感があることも否めない。
俺はモヤモヤし始めた思考を一旦止めて、意識をテーブルの上に戻した。
「そんで次の確認だが、レナンの覚えている『誰か』は俺たち二人も知っているはず、で間違いないんだな?」
「ダーリンとまゆりんが、私をのことをまったく信用するなら、ね」
「というと、信用に足らなくなるようなことがあるの?」
まゆりは不思議そうな面持ちで対面に尋ねた。
声を向けられたレナンは、少しばつの悪そうな顔を作った。
「初めて会った時の記憶が、私と二人とでは異なっているだろう。それをどうやって信用してくれる?」
「でもでも、八和六合の加護で記憶操作は受け付けないんでしょ。だったら私たちじゃなくて、レナンの記憶が正しいわ。三人とも間違ってるパターンもあるかも、ですけど」
「まゆりん……」
まゆりのフォロー返しに、レナンは柳眉を下げた。
何が諍いの種だったのか俺には分からないが、やっぱりこの二人、仲良しだ。
そうだよな、俺と先生が戻ってくるまでは、部室で普通に過ごして――――
「な、なあ! 先生はどうなんだ!? あの場には先生も居合わせたろ!? 聞けば何か分かるんじゃないのか!?」
「あっ、そっか! 舟山先生、部室に居たんでした! だったら一つくらい話の裏付けが取れるかもっ!」
「いや……それがだね……」
「「え?」」
言い淀むレナンに、俺とまゆりの顔が向けられる。
するとレナンは気まずそうに目線を下げて、程なく、大きな溜め息をつきながら項垂れた。
どうしてしまったのかと思った俺は、目をしばたかせていた。それで一度隣に目をやったら、まゆりも同じくこちらを向いた。どうやら同じ感想だったご様子。
だったので、今一度レナンに視線を移して、言葉の続きを無言のままで促した。
それからレナンが口を割るまでには、僅かばかりの時間がかかったが、
「…………先生が、貔貅の修理に出ている、という話はしたね」
俺は続きを催促するように、コクリと頷いた。
レナンはいよいよ頭痛が酷くなってきたみたいに、テーブルの上に組んだ手の上に額を落とし、覇気のない声で続けた。
「それでなんだが――――」




