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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
58/111

第二章10 漸次渦の中へ①

 同時刻。

 南関東の某所――――。


「貔貅(ヒキュウ)の修理をお願いした立場とはいえ……、このご時世に『通信機器は全部置いてこい』とかないですよねえ……。私、立場的に持ってないと怒られるんですけどねえ。まあ、だからお役目様に顔出したんですが……」


 窓の外に見える景色が速度を弛めだし、ほどなく電車は駅に入って停止した。

 プシュー、という音が聞こえて鉄の二枚扉が左右に割れた。

 舟山は降車する人の波に乗ってホームに降り立つと、向かい側から走ってきた男に肩をぶつけられて、その場で軽くよろめいた。

 ホームに発車ベルが響くと、階段付近にいた客が走り出し、誰に身体が当たろうがお構いなしに車内へと駆け込んでいった。


「…………はあ。電車なんて久しぶりに乗りましたが……、この国の人間って、どうして次の電車に乗るっていう発想が出来ないんですかねー。特段急いでいるわけでもないでしょうに」


 舟山は、誰ぞかにぶつけられて角の丸まった菓子折の袋を目の高さまで持ち上げた。

 これ少し高かったのになあ、とでも言いたげな視線が溜め息と一緒に地面に落ち、無念と共に腕を下げた。

 それから一人、人の波から後れを取るように、とぼとぼと歩いて駅の改札を出た。


「まあ、ここらで一旦身を清めないと、後々が面倒ですし、ここは電車賃が余計に掛かっても仕方ないですね……」


 と、そんなことをぐちぐちと零しながら、舟山は気だるそうに右や左を見回した。

 改札の正面から見える柱や壁際には、誰かを待つ人の姿が点々とあって、時計を気にしたりしながら改札の方へチラチラと視線を送っている姿が幾つもあった。

 誰が見たって十中八九で待ち合わせの最中といった具合で、無論舟山もそう思ったが、それに混じって一つないし二つ、舟山に対して意識を向けている者があった。追跡者だ。


「それにしてもあちらの方々、一体誰のお使いでやっているやら」


 尾行に気づいたのは、八和六合(シオノクニ)の社(やしろ)を出てすぐのこと。


 普段ならホイホイと転移で移動する舟山なのだが、今回は『通信機器の不携行』を修理の条件に出されてしまって、それで致し方なく八和六合(シオノクニ)の総本山へ出頭したところ、頭領から直々に「転移の移動は最小限にとどめよ」と厳命されてしまった次第で、それで今朝、渋々と総本山を出立し、十八番の使えない現状に打ちひしがれながら徒歩っていたら、見覚えのない二人組が社(やしろ)にほど近い柱の陰からヌッと現れ、以降一定の距離を保って後を付け始めたのである。


 尾行する二人は、揃ってニット帽にサングラス、それから丈長のスプリングコートを羽織っている。

 体のラインからして両名とも男であることは明らかで、背丈に関してもほぼ同じ。なので遠目からでは見分けが付かない。


 二人の男は、舟山が立ち止まれば同じく足を止め、歩き出せば追随する。走れば同じ分だけ走るし、横断歩道で分断しようとすると一旦姿をくらましてから、その後どこからともなく現る。

 また電車に乗車している間は、対面席からのぞき穴の空いた新聞を広げて、チラチラと様子を伺ってきた。


「いくらなんでも「尾行してますよ!」感が丸出しすぎやしませんか……。ま、まあ、追跡技能はともかく、対象にプレッシャーを掛ける意味でなら、それも上手に機能しているかも、しれませんが」


 舟山は追跡者の尾行術に哀れみすら覚えていた。

 その一方、教師とは別の顔を持つ舟山の頭には、当然のように注意人物のリストがインプットされている。

 なので魔力色による瞳や髪の変色、その特徴を見ればリスト上から推測するのは容易だったが、二人はそれを意図的に隠しているため、その正体には未だ辿り着けていなかった。

 

 尤も、慎重とも思えない尾行に加えて、魔力の特徴を隠す程度の下手クソな変装で終わらせている時点で、あの二人が手練れであることは間違いなく、舟山に見つかったところで差し支えないと宣(のたま)っているのと同じだった。

 なるほど今こうして様子見しているのは、差し詰め上からの合図(サイン)待ちというわけであるらしい。


「向こうは私をいつでも拿捕できる気でいるわけですか。そういう傲慢はイルルミさんだけにして欲しいですね、まったく」


 舟山は、肩の向こうでぐらぐらと炎を燃やす少女を思い浮かべながら、ふぅと重たい一息を着いて、駅の改札を背に歩き出した。

 時刻は昼前とあって、駅の付近は、飲食店に吸い込まれていく人や、デパート・コンビニに入っていく人、駅に向かう人といった具合に、諸方(しょほう)に向かう賑わいの色は勢いを増していた。


「では~、ここらで楽しい鬼ごっこでも始めちゃいますかー。まあ私、鬼なんですけどね~」


 と、ほくそ笑んだところで、舟山は人混みに紛れるように小走りを始めた。

 それを目にした途端、二人は合図(サイン)を待たず、保っていた距離感を破棄し揃って駅を飛び出した。


 だが時既に遅く、二人が掛けだしたときには、舟山の姿はそこにはなかった。

 仰天した二人はサングラスを上にズラし、血走った目をあちらこちらに走らせた。

 その様を、目の前の飲食店の席から、ガラス越しに暇そうに眺めているのは舟山。既に近場の飲食店内に転移していたのだ。


「あーあー、棒立ちで探しちゃってますねえ」


 そんなことをボヤキながらも、舟山の目はしっかりと二人の瞳に向けられていた。

 瞳の色は二人とも青。欧米に見られる色味だった。顔の作りもそれに近い。

 カラーコンタクトで偽装をしていないのであれば、魔力の影響で変色しているのは髪の方か、或いは――――


「追跡者はブラフ――――真打ちが別に居る、そう見るのが自然でしょうか」


 だが、目の前で慌てている二人を見るに、どうやらこれ以上の指し手はないようだった。

 二人は人目も憚(はばか)らず、ニット帽を引っ張り上げて地面に叩き付けた。

 露わになった二人の髪色は、目と同じように青い。


「はあ、なるほど。変色は髪と目の両方だったわけですか。けど、いいんですかねえ、そんな情報バラしちゃって」


 とは口にしてみたものの、頭の中のリストをほじくり返してみても、該当する人物はなかった。

 舟山は一指し指で頬をトントンと打ちながら、じゃあ新米か未登録の方ですかね、と単純なアタリを付けた。

 その時、男の耳からポロリと何かが落っこちた。舟山はそれを見逃さなかった。


(米国の通信機型補助魔導機(インターカムデバイス)ですねえ。ふむ、あの短気さんたちは米国魔法省のエージェントでしたか。とすると、彼らの目的は『あの人』との接触――――それで私の後を付けてきたわけですか。にしても、私が繋がっているって情報は、一体何処から漏れたんでしょうね。ちょっと気になりますが……)


 最初はどこの回し者かと勘ぐっていた舟山だったが、正体を見破るや深い溜め息を付いた。

 相手の組織によっては、いくら八和六合(シオノクニ)のメンバーとはいえ、迂闊なことは出来ない。

 たとえこちらに非がなく向こうが法を犯していようとだ。


 しかし、それが手を出しても特段問題に発展しない相手だったので、舟山のこれまでは取り越し苦労も良いところだった。


「その前に、ここで下車した分の電車賃……、どうしてくれましょうかねえ……。八和六合(うち)、途中下車は経費じゃ降りないんですよねえ……、自腹なんですよねえ、これ……」


 ここまで掛かった運賃は八百円。片道にしては安からぬ額ではあるが、まだ常識の範囲だ。

 けれど舟山という教師にとっては違う。この守銭奴の鬼にとって、無意味な出費は、額面に拘らず非常識な金額なのである。

 それを無用に支払わされることは、舟山にとって屈辱なのだ。殊(こと)に、移動費に関しては。


 全てを看破した舟山は、ジャリジャリと砂を噛むような思いで席を立ち、店の玄関口から普通に表に出た。


「あはは……今度は私が鬼になってやろうじゃありませんか……」


 ひび割れたような声で、そう発するや否や、舟山の姿が忽然と消えた。

 次の瞬間、エージェントの目の前に、形相を張り付けた舟山が出現。憤怒に歪んだ鬼の顔、激しく燃える瞳の奥には何故か¥マークが浮かんでいた。


「シ、シット!!」


「――――ファックです」


 邂逅からコンマ数秒、エージェントが何をかをするよりも早く、舟山のデコピンが彼の眉間に炸裂していた。

 直後、一個の人間が、一個の砲弾となって空を疾った。

 吹っ飛ばされたエージェントは斜線上にあったビル屋上の看板に一瞬のうちに吸い込まれ、


 ッッガアアアアアアアン!!!


 耳を覆いたくなるほどの衝突音を轟かせて、ビルの看板に綺麗な人型(ヒトガタ)を刻んだ。

 ゾッとするほどのとんでもない一撃だったが、これでも燎祐とやっていた時の半分以下のパワーだった。


「ああ、やっぱり常陸(ひたち)くんは色々おかしかったんですねえ……。まあ湊(みなと)くんの弟子ですもんねえ……」


 今さら思い出して、そんなことを呟いた。

 その傍ら、誰もが空を見上げ音源の特定を急ぐ中、ただ一人、残された米国のエージェントだけは舟山を目に入れていた。

 彼は絶叫を上げたように固まっていた。舟山も気づいたように顔を向けた。男の顔が更に引き攣(つ)った。

 その顔は、看板に突き刺さった後も変わらなかった。


 転移、そしてデコピンが見舞われたのである。

 空気が弾ける音が再び駅前に響き、群衆の視線は、二度目の大音響に向かって走り出した。

 

 その時には既に、舟山の姿はそこにはなく、


「では米国魔法省の皆様、さようならー」


 その姿はホームに入線してきた電車に乗り込む列の中にあった。

 プシュー、と圧縮された空気がエアシリンダーから抜ける音がして、電車の扉が閉まった。 


 電車が発車した時、舟山の姿は、車内からも消えていた。


 魔力色……固有の色を帯びた魔力のこと。

 

 第一種の中級程度の魔法使いから固有の変色が見られる。 特に上級魔法使い(ハイクラス)の魔力は影響度が高く、瞳や髪、希に肌が魔力色の発現に伴って変色する。

 尚、魔力の色については、魔力調律に長けた者であれば色の偽装は可能だが、変色した身体部位はどうすることもできず、魔法と科学のハイブリット時代においても、その偽装手段は、カツラやカラーコンタクトといったレトロな手段しかない。

 個人差はあるが、髪の場合、染色しても一週間くらいで戻ってしまうらしい。

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