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俺は魔法が使えない!!  作者: カリン・トウ
第二章 The Speckled Beryl / Get over it
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第二章52 ヨーコ②


 顔を洗って居間に戻ると、ヨーコの姿が見当たらなかった。

 と、思ったら、再びお盆を手にしたヨーコが居間に入ってきた。

 どうやら、お土産として燎祐に投げつけた『ういろう』を台所で切り分けてきたようだ。


「なにボサっと突っ立ってんのさ。ほい、座った座った」


 ヨーコは燎祐にそう促して、『ういろう』の載った小皿とフォークをテーブルに並べた。

 着座したヨーコは、お盆を隣に避けて、お茶を短く一服。ふぅと一息ついて、小皿のういろうをフォークで小さく切って口に運んだ。

 癖のない甘味が口の中で溶ける。

 それをお茶と一緒に奥へ流して、ヨーコは満足そうに息をついた。


「あ、そうそう、確認なんだけどさ、リョウは二度目の呼び出しのあと、まゆりんのために行動したのは覚えてるんだよね」


「まあそれは」


「じゃあさ、いつ、誰のところに、とかは?」


 ヨーコは、ういろうを突きながら、燎祐とは目を合わせず、それだけを口にした。

 燎祐は、どういう意味だと、首を傾げたが、ヨーコが特に何も言ってこなかったので、ありのままを答えた。


「時期は、確か中二の夏休みの、あとくらいだ。俺は、まゆりにこれ以上の仕事をさせないために、国魔連に行って、それで……」


「うん、それで。国魔連に何しにいったの?」


「なん、だろう…………」


「なーるほど、そこからかー」


 ヨーコは、右手のフォークを御箸台に休めて、改めて燎祐の方に顔を向ける。

 金色の瞳に、静かな、けれど重たい光が宿っている。

 それを見た燎祐は、これから聞かされる話が、決して明るいものにならないのだと予感した。


「アンタは、まゆりんに毎度命令を下ろしてくるヤツんとこに行ったのよ。国魔連のね。その相手ってーのは、国家魔法士連盟の安任大雄(あんどうはるお)――」


「アンドウ……ハルオ……」


「広域怪異及び特殊事案対策室、室長。といっても、元になるけどね。いまは国魔連の更生施設――という名の牢獄にぶち込まれてるはずだけども。まっ、事情が事情だから新聞記事にもならなかったし、この件は、未だにメディアに露出してないんだけどもさ」


「すると、俺は安任(そいつ)に、話を付けるために国魔連に行ったのか」


 燎祐は、思い出せない過去のことを、ヨーコの話から想像して補完した。

 しかし、ヨーコは首を左右に振った。


「いんや。アンタは話付けるどころか、安任(あんどう)の首取りにいったのよ。マジで」


 そういって、口にういろうを運ぶ。

 燎祐は、ヨーコの動きと一緒に、その言葉の意味を咀嚼し、ごくりと呑み込んだあたりで血相を変えた。


「んな?! 国魔連に殴り込んだってのか、俺が!? 冗談だろ!?」


「それが冗談じゃないんだなぁ。あ、これ大真面目な話ね。実際、メッチャ暴れてるし」 


「暴れるって、そんなの無理だって?! 国魔連のセキュリティって、滅茶苦茶ガッチガチなんだぞ?! 直ぐに制圧されるだろ!?」


「まーね。確かに普通の人間だったら、国魔連に殴り込むなんて無茶無謀だけどね。でも、リョウだけは、あっさりそれができちゃうんだなー」


「は?! なんで?!」


「だってアンタ、魔力ないじゃん」


「いや、答えになってないぞ!?」


「ばーか、なってるっつーの。んじゃーさーあ、国魔連の省庁としての管轄、なにか言ってみ?」


 そう言ってヨーコは、試すような視線を燎祐に向けながら、お茶を啜った。

 マイペースを崩さない感じに少々苛立ったものを覚えながらも、燎祐は、ごく当たり前の返事をする。


「そりゃあ魔法に決まってるだろ」


「そう、魔法。魔法を管理するのが国魔連のお仕事。正確には『魔法に分類されるもの』ね。

実際のところ、現場じゃあ警官ぽいことから軍隊染みたことまでやってるけどさ。

それとは違って、厳密な取り扱いが求められる場所、たとえば国魔連の庁舎なんかは、第三者機関の監査の目が厳しいからさ、本来業務になる『魔法に類するもの』、すなわち魔力監視しかしてないのよ。

ま、魔力を見ればその人間の状態がわかるってくらい国魔連の検知システムは優秀だから、普通はそれで間に合ってるんだけどさ」


 その答えに、燎祐は、いまだ要領を得ないような顔でヨーコを見続け、その続きを促す。

 ヨーコもそれに応えるように、口を開く。


「けど、魔力がないアンタは別、っていうか、例外?」


「なんだそれ?」


「煎じ詰めちゃえば簡単な話よ。国魔連のセキュリティは魔力しか見てない。そんで魔力の異常しか検知しない。だからアンタは何をやっても引っかからない。イコール――リョウは、国魔連にとって『可視の透明人間』ってわけ。嘘みたいに聞こえるかもしんないけど、これマジだから」


 もっとも、その記憶は消されているか封印されているんだろうけど、とヨーコは思った。


「で、アンタは、それと知ってか知らずか、国魔連の警備システムを突破して、単身で安任(あんどう)の元に乗り込んだ。当時、リョウの侵入を目撃した警備員は、アンタがシステムに反応しないもんだから、幽霊かなにかと思って放っておいたそーよ」


 ヨーコは、まあそれは置いておいて、と話を一度区切る。

 それから、お茶を一口含んでから話を仕切り直した。


「その前に、安任(あんどう)がどんなヤツで、なにをしたヤツなのか覚えてる?」


「いや、何も。名前もいま初めて知った感覚だよ」


「そっか。だよね。じゃ、簡単にでいいかな」


 燎祐は短く頷いた。


安任(あんどう)は、須臾の縛り(オーフィフティ)っていうキチガイ染みた拘束制御術式やら、魔獣討伐の押しつけやら、魔法の使用の厳罰化やら、移動の制限やら……、まあ他にも色々あるんだけどさ――とにかく、まゆりんを苦しめるようなことばっかりやってくれたヤツよ」


「なんで、まゆりにだけ」


「アタシが聞いた話じゃあ、安任(あんどう)は久瀬家とは因縁があったらしい。だからなのか、まゆりんが魔法の頭角を現すや否や、押さえつけるようなことばっかり強いたってわけ。まあ、いまはそれで更生施設入りしてんだけどもさ」


「当時の俺は、それを知っていて、魔獣の件があって……、だから安任(あんどう)を?」


「アンタがどこまでのことを知っていたかは分からないけど、まゆりんのために乗り込んだのは間違いないよ。

――で、事件が起こった」


 燎祐の顔には、それが知りたいんだ、とでも言いたげな表情が濃く浮いている。

 ヨーコは、それと察して、一呼吸付く。

 すぅ

 と気息の音が、居間の中に聞こえた。

 燎祐の視線が凝った先で、ヨーコの唇が動く。


「国魔連に乗り込んだリョウは、安任(あんどう)を見つけて――短いやり取りがあったあと、交戦状態に入った。

先制したのは安任(あんどう)。あいつは対人制限を全て解除した補助魔導機(デバイス)を違法に所持していた上に、それを躊躇なく使用して、アンタを攻撃した。

アンタは、そんな安任(あんどう)を相手に、自分の身体が壊れ果てようと抵抗し続けた。それこそ、全身の肉がそげ、骨という骨が折れ、四肢が無残に引きちぎれてもね」


「――」


「病院に搬送されたとき、アンタの身体は、指の数も足らなければ、取れた部分がどこなのかも分からないくらいぐっちゃぐちゃで……、どうしてまだ命があるのか不思議なくらいの状態だった。これでもし一命を取り留めることがあっても、死んでいないだけの状態が死ぬまで続くだけ、って感じだった。アンタは、完全に、再起不能だった」


「じゃあ、俺は、どうして」


「まゆりんが治したの。

だいぶ後になってだけどさ、おばさまから聞いたんだ。

魔獣討伐を終えてから一歩も部屋を出られなかったまゆりんがさ、アンタが病院に搬送されたってことを話した途端に、着の身着のままで、アンタのところに行こうとしたって。

で、いざアンタのとこに連れてってみたら、リョウを治すまで帰らないって言い出して、是が非でも病室から出なかったんだって。

それでも連れて帰ろうとしたらさ、あの大人しいまゆりんが、髪を逆立てて、歯を剥いて、手が付けられないくらい抵抗して……、流石のおばさまも折れるしかなかったみたい」


「それで、まゆりは」


「全力で人払いをしたアンタの病室に、尋常じゃない結界を張って閉じこもったそうよ。結界が解けたのは、それから六、七日後。

おばさまが病室に足を踏み入れたら、二人して同じベッドで寝てたって。

発見されたとき、継ぎ接ぎで穴だらけだったアンタの身体は、完璧以上に元通り。まるで、おとぎ話だよ」


 そこまで語ったあと、ヨーコの表情が一瞬曇って、声のトーンが少しだけ低くなった。


「そこまで破壊された人体を治癒できる魔法なんて、ないのにさ」


「…………」


「ただね……」


 ヨーコが言い淀んだ。


「……ただ?」


「きっと自覚ないだろうけど……、以前のアンタは、瞬間記憶って言うのかな、どんなものも完璧に言い当てるくらい、記憶力が良かったの。でも、戻ってきたアンタは、それが出来なくなってた。ううん。以前にそれが出来ていたってことも覚えてなかった。それこそ、別人になったみたいにね。

あれ……、そういえば、丁度その頃からだったかな……。アンタが『全然知らないヤツに絡まれた』って言うようになったの。翌日っつーか、少し経つと、なんでかそれ自体、キレーさっぱりに覚えてなかったんだけどさ……」


「…………」


「まあでも、事件の後、リョウ自身に何らかの変化があったことは確かだわ。今にして思えば、以前の記憶力が異常だっただけで、いまの状態が普通なのかもしれないけど。アンタがこの話の記憶を失ったのも、たぶんその頃。それが再起のために必要になった代償なのか、単なる欠落なのかは、アタシには分からないんだけどさ」


 直接的な言い方ではなかったが、それは、久瀬まゆりが、常陸燎祐に何らかの処置を施したと言っているようなものだった。


 或いは、燎祐が事件の前と後で別の人間であるかのような――


 普段の燎祐なら、真っ向から否定しただろうが、いまはそれを否定できなかった。

 燎祐は、自分の記憶に対する信頼を、やや欠いているのだ。

 けれど突き抜けて疑いきれるかといえばそうでもない。

 抜けがあったり不鮮明だったりと、どこかが胡散臭く、全幅の信頼はおけないにしても、記憶(そいつ)を頼りにしなければならない。そんな板挟みの状態にある。

 日に日に不確かになっていく自分の中の自分。

 最近に至っては、まゆり、レナンと記憶が一致していないところがあって、いよいよ何が間違っているのか分からなくなってきた。

 

 これならば、いっそ指をさされて『お前の記憶は間違っています』、『お前は別人です』と断言してくれたほうが気が晴れるし、納得も出来た。原因だって、これだ、と分かって解決をしたかもしれない。

 だが、ヨーコは断定しない。

 燎祐は、言葉で詰める。


「ヨーコ、はっきり言ってくれていいんだぞ」


「私が念を押しておきたいのは、あの子はアンタのためなら、なにも躊躇わないってことよ」


 燎祐が詰めた分、ヨーコが下がった。

 やはり言明を避けている風であった。

 そこで会話が一度途切れた。

 静かな溜め息がテーブルの上に、ふたつ落ちる。

 燎祐は依然、くさくさした気持ちが胸の内にあったものの、全ての当事者でないヨーコにあらゆる解答を求めるのは違うと思って、すっきりとしない自分の気持ちを黙らせて、表情の上に出ていた緊張の糸をほどく。

 それと一緒に、ヨーコの表情がわずかに緩んだ感じがした。


「アタシの話はこれにておしまい。んじゃあ今度はアンタの番ね、はい、どーぞ」


 そう促して、ヨーコはふぅと一息つきながら、渇いた口をお茶で潤した。

 方や、急に話のバトンを手渡された燎祐は、まばたきを繰り返した。てっきり聞くだけ聞いて終わりと思っていたのだ。

 実際、なにを話したらいいのかさっぱり分かっていなかったので、燎祐はまごついた。


「え、俺? 話すことなんかないぞ……?」


「ねーわけねーじゃん、嘘つけこの野郎。隣の部屋借りてる居候ってのもいねーじゃんか」


 コトッと、湯飲みを置いて、改めて燎祐に視線を投げる。

 その眼は、気づいていること、あるいはもう知っていることを確かめるような気色を帯びていた。

 燎祐は、ヨーコの言わせようとしているところを理解して、うっ、と喉が詰まる思いがした。

 これはもう煙に巻くだとか、言いくるめるといったことは出来そうにない、と悟ったからだ。

 なぜならば、ヨーコがレナンと似ているのは、なにも見た目と挙措のアンバランスさだけではない。その感性、勘の鋭さもそうなのだ。

 それも、ただ勘が冴えているというだけではない。ヨーコもまた、レナンの御庭番の役目と似たように、国魔連からの出動要請があれば派遣執行官として出向く、いわば精鋭なのだ。こなしてきた仕事の数も、決して少なくはない。

 それでも本人はかなり謙遜するが、伊達で持てるほど、ヨーコが所持している国魔連のライセンスは生っちょろくない。

 端正に座した百戦錬磨の精鋭が、また一段と目を光らせる。


「どーせヤバイことに巻き込まれてんだろ。でなきゃ、こんな過保護の極みみてーな結界を張ってくはずねーからさ。洗いざらい話しちゃえよ、アタシにさ」


 その声に、燎祐は諦めの詰まった息を、肺の中から絞り出して、がくんと首を折った。

 観念するほかなかった。

 分かりやすいくらいの燎祐の反応に、ヨーコはフフっと小さく笑って、鋭い眼の光を、瞳の奥に引っ込めた。


「国魔連にチクったりはしねーから安心しな」


「少し長くなるぞ」


「聞くよ」


 あっさりとした二つ返事だった。

 燎祐は、高い壇上に登壇したような心境で、深く、大きな深呼吸をした。

 息を吐ききったところで、燎祐の視線が、ヨーコに向けられた。

 壁掛け時計の針音がカチカチと鳴っている。

 その音が数千回鳴るまで、燎祐の話は続いた。


 燎祐が口を結んだとき、カーテンの隙間を埋めていた夜の闇が、いつのまにか朝日の中に消えていた。

 窓の外から、チチチチ、と鳥のさえずりが聞こえている。

 世界はすっかりと晴れやかな一日を迎えている。

 けれど二人の顔には明るさはなく、未だ翳ったまま、冷たい夜の闇が続いているようであった。

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