ルージュの魔神
達樹の意地の見せ所
『犯罪の影に女ありという名言がある様に、ルージュの魔神は、犯罪を生み出すのでなく、犯罪者を生み出す。その能力は、契約、主が自らの唇にルージュを塗って口づけをする事で、相手に犯罪を履行させる。そして、契約が破られた時、先程みたいな事になる』
ジッポの魔神の説明に智代がシミジミと言う。
「確かによく聞く話だね」
「漫画やドラマじゃな」
和樹の突っ込みに較が告げる。
「漫画やドラマなんて現実が元になってるから同じ事だよ。だいたい、女性にそそのかされて馬鹿な男が多いから風俗系のお店があるんでしょうが」
棘が多い言葉に良美がまぜっかえす。
「近頃は、ホスト狂いのオバサンが横領を行うってケースも多いけどね」
「とにかく、この事件には、まだ神器が関わっている事になる。問題は、その神器のありかだが?」
達樹は、何も言わない死体になったボスを見る。
「こうなったら何も語らないな」
「語らせようか?」
較の言葉に和樹が即座に答える。
「止めろ。とにかく、ヒントは、ここで無くなった。いっその事、個々まで事件が一段落として報告して上の指示を仰ぐべきだとおもうぞ」
「確かにそれも手だな」
悩む達樹を見る智代
「詰り、あたしと関係を切りたいって事?」
「どうしてそうなる?」
苛立つ達樹に智代が詰め寄る。
「だってそうでしょ! この事件を一旦切って、あたしを関わらせたくないって事なんだから」
「それは……」
その気持ちがあった達樹は、口篭ると智代がそっぽを向く。
「良いよ。好きにすれば!」
完全に臍を曲げた智代は、先に出て行ってしまう。
「あのさ、智代、あんたと一緒に居られて嬉しかったんだよ」
良美の言葉を和樹が切る。
「残念だが、これは、仕事だ。ガキの思いを一々気を使ってられないんだ」
「そ、そうだな」
そう答える達樹だが、明らかに動揺していた。
「それより、ジッポの回収した?」
較の突っ込みに達樹が慌てる。
「忘れていた!」
慌てて智代の後を追う達樹。
「なんか青春だね」
良美の言葉に和樹がため息を吐く。
「付き合わされる方は、堪ったもんじゃないがな」
そんな話をしながら外に出た時、達樹が頬を押さえて呆然としていた。
「どうしたんだ?」
問い掛ける和樹に達樹は、ハッとした表情をして左右を見回す。
「あの人は?」
「智代だったら、もう外に出てるよ」
較の答えに達樹が言う。
「違う、凄い美人が居たんだ!」
「凄い美人だって?」
眉を顰める和樹だったが、達樹の顔についたキスマークを見て呆れた顔をする。
「まさか、その美人にキスされてボーとしていたのか?」
慌てて頬を隠そうとする達樹だったが、較がその手を押さえる。
「な、何をするんですか?」
「黙ってな!」
較は、キスマークを凝視してから、周囲の気配を探った。
「逃げられたか」
「どうしたんだ?」
戸惑う和樹に良美が達樹のキスマークを指差して言う。
「さっきまでの話を忘れた?」
和樹と達樹が目を見開く。
「さっきまで居た筈なのに気配が無い。かなり本格的なそっちの訓練を受けた人間だよ」
較の言葉に達樹が言う。
「そっちの訓練ってなんですか?」
「端的に言えばくの一。正式に言えば、女性秘密情報員。はっきり言えば色仕掛けで男を騙して、情報を奪い取ったり工作を行う輩だよ。多分、かなり大きな組織だよ。それで何を約束させられたの?」
較の説明に戸惑いながらも達樹が言う。
「困った事があったら助けてくれと……」
顔を押さえる較。
「やられたね。これであんたは、完全に足手纏い。下手に関われば足を引っ張るよ」
「そ、そんな!」
なさけない声をあげる達樹であった。
「シガーパンチの魔神の件は、ご苦労。後は、他の班に任せる事になる。回収した神器を提出して、通常任務に戻れ」
神器会に戻った達樹達を待っていたのは、隊長からのその言葉だった。
「しかし、まだルージュの魔神の件が!」
食い下がる達樹に隊長が告げる。
「報告は、聞いた。その上で言っている。お前では、ルージュの魔神の主に敵わない。諦めろ」
悔しそうにするが組織のメンバーとしては、納得するしかない達樹であった。
「丁度良かったんだ。これ以上この件に関わってもろくな事があるわけじゃないからな」
和樹の言葉に達樹は、納得しない。
「だったとしても俺は、失態を犯した。それを自分で拭わないで居ろっていうのか?」
「それこそ、恥の上塗りだろ。ここは、堪えるのが一人前の男だ」
和樹のもっともな言葉にそれ以上反論できない達樹。
神器会の本部を出た達樹の前に智代が現れる。
「このままで良いの?」
「仕方ないだろう!」
怒鳴ってから自分が理不尽な事をした事に気付いた達樹が頭を下げる。
「すまない。だが、上からの命令には、逆らえない。それに俺一人では、相手を探すことすら出来ない」
智代が導きの指輪を見せる。
「あたしだったら探せるよ」
「馬鹿を言うな、それを使えば寿命を縮めるぞ」
達樹が諭そうとするが智代は、聞かない。
「そんなのまたヤヤ達に何とかしてもらうよ。とにかく、あたしは、覚悟完了してる。後は、達樹あんたがどうしたいか!」
「俺は……」
答えに困っていた達樹だったが、智代の真剣な眼差しに答える。
「俺は、自分の失敗を自分で拭いたい。手伝ってくれるか?」
智代が笑顔で頷く。
「当然だよ。それじゃ行こうか」
「おいおい、そういうやりとりを神器会の前でやるなよな」
和樹が声を掛けてきた。
「すまない。見逃してくれ」
達樹の言葉に和樹が真剣な顔で言う。
「恥の上塗りだって言ったぞ。成功しても降格は、間逃れないぞ」
「覚悟の上だ」
達樹の答えに和樹は、ジッポを智代に投げ渡す。
「これどうしたの?」
「色々使えるだろう。隊長には、八刃から返却要請が来たって言っておいた」
和樹の言葉に達樹が頭を下げる。
「感謝する」
それに対して和樹が隣に行き答える。
「それは、もっと先だ。俺も行く。俺だってこんな中途半端で終わらせる気は、しないからな」
「何、汗臭い男の友情をやってるのよ!」
文句を言ってくる智代に苦笑する達樹と和樹であった。
「ここがそうか?」
聞き返す達樹に対して頷こうとした智代の後ろに立っていた較が答える。
「そう、神器で犯罪行為を行っている『クライムワークス』。主な取引先にクライシスコーラーが居たんだけど、そこの崩壊に伴い、資金調達にかなり無茶をやっているみたいだよ」
「あんたら、どうやってここが解ったんだ?」
和樹の言葉に良美がジッポを指差す。
「神器会の方からそれを正式に譲与してくれと八刃に申請があったんだよ」
顔を引きつらせる和樹を尻目に較が答える。
「あちきの方から、少し待ってって答えておいた。さて、ここまで来て止めろとか言う野暮な事は、言わない。やるからには、きっちり終わらせるよ」
「話が解る!」
智代が嬉しそうに言いジッポの魔神を出す。
『この先の案内は、任せて貰おう』
「誰だ!」
神器を持った警邏がやってくる。
『フェニックス』
較が放った炎で一撃で吹っ飛ぶ。
「何時見ても出鱈目だよな」
和樹の言葉に達樹が頷く。
「あんなのを神器なしで平気で連発するんだからな」
『ルージュの魔神は、上だ』
ジッポの魔神の言葉に上に向う一同。
そして、一つの部屋に入るとそこには、美男美女が揃っていた。
「はーい、そんなに怒らないで。謝罪は、この体でするわ」
美女が服のボタンを外し始め、美男がその微笑で魅了しようとしてくる。
「えーと、そのなんだ」
勢いを一気に殺される和樹。
「あの人、凄くかっこいい」
見惚れる智代。
「黙れ! 大人しく魔神を呼ぶルージュを出せ!」
達樹は、気合を込めて宣言するが美女は、微笑む。
「そんなにあたしを困らせないで。約束したでしょ、困った時は、助けてくれるって」
達樹の頬にルージュの跡が浮き上がり、苦しそうにする達樹。
「さあ、あたしを困らす邪魔なジッポライターの魔神の主を排除して」
「そ、そんな事が……」
達樹が抗おうとすると頬のルージュ跡が妖しく光りだす。
「おい、下手に抵抗するとお前も奴みたいになるぞ!」
流石に正気に戻った和樹が怒鳴る。
達樹が視線を智代に向ける。
するとこっちも真面目な顔になった智代が笑顔で答える。
「良いよ。あたしは、信じているから」
「出来るか!」
達樹が叫び、音切を振り上げた。
『その力を解放しろ、音切』
音切から放たれたカマイタチが美女に迫る。
「役立たずが!」
美女は、身軽な動きでそれを避けると投げキッスを行う。
『オーディーン』
較の手刀が何も無い空間を断ち切った。
驚く美女に較が言う。
「前回、貴女が傍に居た事で解っていた。ある程度の強制力は、元々あるけど、契約違反で殺すみたいな事をするには、貴女からのアクションが必要だって事にね」
「なるほどな、だからあの場所に居たんだ」
良美が納得する中、達樹が笑みを浮かべる。
「後は、俺がこの強制力を撥ね退けるだけだ!」
吼える達樹に美女が悔しげに言う。
「ここまでか、逃げるよ!」
一斉に逃亡を開始しようとするが較が笑顔で告げる。
「馬鹿だね、あちきが、白風の較が友達に危害を加えようとした奴等をほっておくと思った?」
その一言に美女、『クライムワークス』のメンバーが青褪める。
「嘘、『予想不能の大災害』がこんな所にどうして!」
「いよいよあだ名も突拍子もない風になってきたね」
良美がシミジミいう中、較が続ける。
「今だったら、魔神を宿したルージュとその主だけで済ませてあげる」
美女の周りに居たメンバーが一斉に美女を拘束するととんずらこく。
「待って! おいてかないで!」
泣き叫ぶ美女に達樹が近づき、音切でルージュを切り裂いた。
それと同時に達樹の頬にあったルージュの跡が消えた。
「これで一件落着だね」
智代の言葉に達樹が強く頷く。
「ああ、ありがとう」
「こってりと搾られたよ」
後日、達樹が智代に愚痴を零す。
「最初から覚悟していたんでしょ?」
肩を竦める達樹。
「覚悟してたが、やっぱりきつい」
「それは、こっちの言葉だ、お前と付き合って減俸の上に、これから地方回りなんだからな」
和樹が恨めしそうな顔を見せる。
「それだけで済んで良かった方なんじゃないの?」
智代の言葉に苦笑する達樹。
「まあ、あの化け物がジッポの受け渡しの条件に俺達を指名した事で、下手な処分が出来なかったっていうのもあるんだけどな」
「ヤヤの方も、後始末が大変だって泣き言を言ってたね」
智代が気楽にいう中、達樹が覚悟を決めて言う。
「あの時、俺を信じてくれて、嬉しかった」
すると智代が首を傾げる。
「あの時って?」
「お前が達樹に襲われそうになった時に信じてるって言っただろう」
和樹の補足に智代が手を叩く。
「ああ、あの時、それって勘違いだよ」
「勘違いってあの場合、他にどういう意味があったんだ?」
戸惑う達樹に智代が答える。
「達樹が何しようが、ヤヤがどうにかしてくれるって確信していただけだよ」
気まずい沈黙が流れる。
「そんなオチだと思ってぜ」
和樹が呆れ顔になり、達樹が頭を抱える。
「俺が死ぬ覚悟でした事ってなんだったんだ!」
そんな達樹を笑顔で見る智代だった。
後始末の処理が行われている白風家。
「結局さ、智代って達樹にかなり本気だよね?」
良美の言葉に小較が首を傾げる。
「そうなんですか?」
較が笑みを浮かべる。
「解り辛いかもしれないけどね。そうじゃなきゃ、達樹の意地の為だけに自分の寿命を差し出せない。だいたい、あの状況に置かれて笑顔でいたのは、達樹を救うのに攻撃させる為だからね。いくらあちきが防ぐだろうと思っていても、あの場面で笑顔でそれを勧められるなんてそうそうできないよ」
「恋愛って複雑です」
小較の言葉に笑いが起こるのであった。




