31. 「幽霊の声だとしてもこんなの流せません」
「うわぁ、すごいよ。りんこちゃんが行った心霊企画の動画。もう三十万超えてる!」
「……嬉しいけど嬉しくない……」
心霊企画とはまったく無関係だった志賀宮の茶化す声に、凜子はぶすっとした声を返す。
ついに公開された廃保養所の心霊動画は、あっという間に六桁の再生数を突破し、第一弾と同じぐらい大バズりの気配を見せていた。
正直、現地では命の危険を感じたくらいだ。自分の窮地をネタにバズられても、凜子としては喜び難いところがある。
「こないだこの動画検証するために霊能力者の人とコラボ動画も撮ったんでしょ? そっちはいつ上げるの?」
「まず編集あるし、狩野さんのチャンネルとの兼ね合いもあるし、たぶん来週ぐらいじゃないかなあ」
「でもよかったよ! ちゃんとお祓いしてもらったし、これで二度と心霊スポットなんかに行かなきゃ大丈夫だよね!」
湯藤が晴れやかにそう告げる。
第三弾を撮るかもしれないとは考えない。撮るとしても絶対に自分はいかないという断固たる意思を感じる笑顔だった。
「お守りももらったけど、あれ、りんこちゃん持ってる?」
「持ってる。有名人だと憑かれやすいって言われたし……」
「でもさ…… 小山田さんが言ってたこととけっこう、違ったよね? コラボしておいてもらってあれだけど、なんかわざとらしすぎる気もしたし……」
小山田は首が取れた女の子だと言った。見た目からして死霊に違いない。
しかし狩野は男の生霊だという。映像で女の手のように見えたのは凜子の恐怖と場に影響されて、姿を変えたからだと。
「……でも小山田さん、自分は詳しくないって言ってたよ?」
「まぁそうだけど……」
「っていうかオカルトとか心霊系ってもともと、占いとかおまじないみたいなものじゃない?
信じるかどうかは自分次第っていうか、本当かどうかは確かめようがないっていうか。
これで気分が上がればそれで十分じゃない」
なんとなく釈然としないようにつぶやく友近に、志賀宮は軽くそう答えた。
今回コラボしたのはチャンネル登録者数二十万を誇る、オカルト界隈では有名なスピリチュアル系Tチューバーの狩野まさひこという配信者だった。
心霊写真や心霊スポットの霊視や除霊を行ったり、視聴者の相談を霊視によって原因を見抜き、時に魂の不調を整え、時には霊障ではなくただの誤解だったと証明し、何件も解決に導いている。
気の持ちようで魂は変質するという持論を持っており、どちらかというと霊視を基にしたお悩み相談のような動画が人気を博している配信者だった。
実際に会ってみれば落ち着いた雰囲気の男性であり、霊視も除霊も淡々としていた。
生霊と言われたときこそ驚いたものの、それすらあっさりと終わらせたからこそ、凜子たちもこれで大丈夫だろうと思っていた……いや、大丈夫だと思おうとしていたのだが、その淡い希望はあっけなく打ち砕かれた。
「――え、どういうことですか?」
スケジュールの確認をしてたはずのマネージャーが、突如困惑したような声を上げた。
何事かと思い、みんな揃ってそちらを見る。
携帯電話で誰かと話している最中で、困ったように二つ三つ相槌を打ち、「わかりました。データを送ってください」とだけ言って、彼女は電話を切った。
「どうしたんですか?」
「それが……この間のコラボ動画ですけど、変な声が入っていたようで……。
どうするか判断してほしいと編集スタッフから連絡があって」
「えっ」
凜子の顔から血の気が引いた。湯藤と綾原も同じく固まる。
「あの……変な声って……どんな……」
「ちょっと今確認しますね」
そう言って携帯を操作しだしたマネージャーの側へと全員が自然と寄っていく。
再生されたのはお祓いを終え、狩野がお守りをメンバーに配り終わった辺りだ。
《なのでそもそも、危ないところには行かないようにしてください》
《行きません!!》
勢いよく凜子が答え、スタッフたちの小さな笑い声が乗った瞬間だった。
《この詐欺師!! 痛い目見ろバーカ!!》
そんな憮然とした女の子の怒声が、しっかりはっきり入っていた。
「ぷっ!」
「えっ……え?」
思わず吹き出してしまった友近と、困惑して目を瞬かせた凜子が実に対照的だった。
「え、これコラボでしょ。誰、こんなこと言ったの。ヤバいじゃん」
「言ってないよ!! 言うわけ無いでしょ!!」
現地での撮影を知らない志賀宮の言葉に、猛反発するように湯藤が叫ぶ。
仮に疑わしかろうがコラボ動画で、それも目の前で詐欺と罵るなど失礼を通り越して大炎上間違いなしである。
「うちらの方から入ってるっぽいけど、でも誰の口も動いてない、よね」
「じゃあスタッフ……?」
「当日、現場にいた女性スタッフはいません。マネージャーの私だけです」
「……マネージャーさんの声とは全然違いますよね?」
「ていうか……そもそも、誰の声でもなくない?」
映像には四人全員映っているが、誰の口も動いていない。
それ以前に、どう聞いても声もイントネーションも覚えがない、そして撮影の時を思い返しても聞いた覚えのない声だった。
「編集スタッフが確認したところ、小型含めて撮影していたカメラ三台のうち、この音声が入っていたのは一台だけだったそうです。
位置と声量的には三台ともに入っていないとおかしいと……」
「え!? また心霊動画撮っちゃったってこと!?」
「うそでしょ!!」
「うわ、またバズりそうだねー」
「他人事みたいに言わないでよ!!」
「……いえ、仮に本当に幽霊の声だったとしても、こんなの流せません」
「あー……」
当たり前だ。
仮にもコラボ相手をこんな真正面から詐欺と罵るような声を公開なんてできるわけがない。仮に本物の幽霊の声だとしても、こんなものを上げてしまえば大炎上どころか社会的にもまずすぎる。
しかもである。
「ねえ。狩野さん、りんこちゃんに憑いてるの男の生霊って言ってなかった?」
「……言ってたね」
「しかもこれ、お祓い終わった後だよね」
「……」
容赦ない友近の指摘に、皆が黙り込む。
つまり狩野の霊視とやらは全然見当違いで、お祓いも効いてなかったという証明にもなってしまう。
公開してしまえばさらに追加で狩野の面子を全力で潰すことになるわけだ。
「……どうするんですか? これ」
恐る恐る聞く湯藤に、マネージャーは苦い顔で、しかしきっぱりと言い切った。
「この音声部分はすべてカットして公開します。というか、それ以外ないでしょう……」
「ですよね……」
たとえ本物の心霊映像だとして、それを公開する利点がないどころかマイナスにしかならないのならカットするしかない。
やや気まずいような沈黙が場に満ちる中、はっとしたように凜子が声を上げた。
「え……まって……じゃあ、私に憑りついてる幽霊ってまだそのままってこと!?」
もうここまで来てしまえば、幽霊の存在を信じないなんてできるわけがなく。
だが信じるとなると、例の首の取れた幽霊はまだ自分の側にいるということを、認めざるを得ないわけで。
「小山田さんも悪い霊じゃないかもって言ってたし、実害がないんなら気にしなくていいんじゃない?」
「まぁこの声聞く限り悪霊ではないよ。大丈夫大丈夫」
「ちかちもしがみんも適当なこと言ってえ!!」
「だってさぁ、『詐欺師!』だよ? 逆にこれで悪霊は難しくない?」
難しい。だって凜子も声を聞いたとき、怖いと思うより先にぽかんとしてしまった。
思わず黙ってしまった凜子に、友近はいつものように晴れるような笑顔でこう言った。
「もし何かあるようなら、調べられる限りのお祓いやってみよう。
私も全力でやるから。そしたら一発ぐらい効くのあるよ!」
「……うん」
あまりに力強く言うものだから、凜子は毒気を抜かれたようにへにゃりと笑って頷いた。
……なんとなく、部屋の隅の方から『ちかちさんの全力は勘弁して……』という泣きそうな女の子の声が聞こえたような気もしたが、きっと気のせいだろう。




