15. 「――私も見たんだ」
原田は幽霊やオカルトといった類が嫌いというわけではない。が、信じているわけでもなかった。
正確に言うとあってもいいかもしれないとは思うが、実際には勘違いや作り物でしかないだろうと思っていた。
自分も周りもそんなものには縁がなく、彼にとっては一生行くことのない外国と同じくらい無縁の話だった。
だから最初、この問題が発覚した際も、人為的なものか勘違いだとまともに受け取りもしなかったのである。
原田がアトラクションチーフを務める天ヶ原ワールドパークは、バブル時代に建てられたY県に二つしかない遊園地のひとつだ。
レジャーシーズンに訪れる客はそれなりに多いが、年々客数は減っており、売上の少ないアトラクションのクローズ、もしくは改修が議題に上がっていた。
そうして協議の末、営業終了することに決まったのがホラーハウスだった。
天ヶ原ワールドパークのホラーハウスは他のおばけ屋敷とは違う、テーマであるファンタジーの雰囲気に合わせた独特の世界観のアトラクションだ。
当時、遊園地には付き物だからと建てられたホラーハウス。
メインのジェットコースターやゴーカートには及ばないものの、その独自性から評判は悪くなかった。
しかし悪くないというだけで、それを目的に来る客も、入る客数自体も多くはない。
だから当然のようにクローズの対象となり、その後にVRを利用したシューティングアトラクションの建設が決まったのである。
その直後だ。
Coocleの口コミで、存在しない仕掛けについて書き込まれたのは。
ホラーハウスはその性質上アトラクション全体が暗く、客もパニックを起こすことがあるため、誤認がつきものだ。
原田が天ヶ原ワールドパークに勤めて数十年。この手の話は何度も聞いたし、それを『お客の勘違いだろう』で済ませてきた。
実際、同じ物を見たという証言が上がることはまずなく、スタッフから異常があったという話も聞いたことがない。
だから最初に聞いたとき、お客の勘違いだろうと思ったのだ。
しかしその口コミを機に、SNSで『存在しない仕掛け』の感想を述べる投稿が一気に増えた。
しかも同じ内容ばかり、何件もだ。
SNSの力は馬鹿にできない。
口コミはもちろん、有名なSNSサイトの投稿を天ヶ原ワールドパークは定期的にチェックしている。
それ故に気づくことができたが、そのせいで上層部でちょっとした騒ぎが起きた。
その存在しない仕掛けに触れる投稿がされたのが、ホラーハウスのクローズが決まったほぼ直後だったからだ。
まだ外部はもちろん、スタッフにも告げていない。上層部だけの話だ。
営業終了を撤回させるためか、最後に話題を作って客を集めるためか。
誰かがホラーハウス終了の情報を漏らして、無断で仕掛けを増やしたのでは、という話が上がったのだ。
しかしこの時点では所詮もしかしたらの話で、時期が時期だから一応確認だけしといてくれ、という軽い程度の話だった。
正直「このホラーハウスのためにわざわざそこまでするやつがいるか?」という懐疑のほうが強かった上、全て機械のセンサー式ホラーハウスだというのに、おばけ屋敷は客を驚かせるのが仕事だと勝手に脅かそうとした短期バイトが過去にいたこともある。
まぁそれでも信頼できるスタッフの大磯が気づかず、バイトが好き勝手にしているとは考えづらくはあったが、今回もそんなものだろうと思ったのだ。
しかしそんな甘い考えはすぐに消し飛んだ。
いっそ情報漏洩でもあったほうがまだ楽だったかもしれない。
なぜなら常時記録しているホラーハウスの監視カメラに何も映ってなかったからだ。
「自分も前回の口コミ報告の段階で気付いて、すぐ調べたんです。それから監視カメラの確認業務時、該当箇所をよく見るようにしました。
でも……何もなかったんですよ。お客が勝手に驚いてるだけで」
「何もなかったが一番困るんだよなぁ……何もない証拠まできちんとあるのがまたなんとも」
ホラーハウスの責任者の大磯を呼び出して、今回のSNSの投稿について話を聞いたが、まぁ予想通りの回答だった。
そもそも原田の方で監視カメラの映像は先に確認しているので、何もないことはすでに知っていた。
「水谷くんなんかはおばけ屋敷には本物が出るというから、絶対に本物だと言ってましたけどね」
「いやぁ、気持ちはわかるよ。お客様の証言だけはいくつも出てくるのに、それが確認できるものが何一つもないからねえ。
ただねえ……うちで本物の幽霊なんて出ると思う?」
「自分ホラーハウスのスタッフ二十年やってますが、一回も見たことないですよ」
「私も開園時からここで働いてるけど、そんな話一回も聞いたことないんだよね」
原因がわからない以上、できることは『何もなかった』という証拠を積み重ねるしかない。
入り口に念入りな注意書きの追加。
監視カメラの録画映像の保管期間の延長。
開園前と閉園後の見回り注意強化と、見回り時の録画。
ただホラーハウスの客足は少ないため、「おかしな仕掛けがある」「仕掛けが聞いていたものと違う」なんて訴えが出てくる可能性が低いことだけが不幸中の幸いだった。
それでも原因が特定できない以上、何かあったときの守りを固めるしかできないのがもどかしい。
「そうそう、特定できたお客様が勝手に驚くところは、見回りのとき念入りに周囲を確認して録画しといてくれ」
「わかりました。……じゃあここもですね」
そう言って大磯は手にした社内スマホで、人の頭を付けた芋虫の人形周りを念入りに録画する。
大磯と話し合った後、閉園後の最終確認をかねて、念のために二人揃って現場の確認をしているのだが……まぁわかっていた通り何もなかった。
ここでは人形の動きに合わせて音声が流れるのだが、その時にそれに合わせて自分の真後ろから声がするという。
しかしこうして眼の前で仕掛けが動いているが、当然何も聞こえない。
そもそも後ろには音を出すような装置などないのだから、人の声など聞こえるはずがないのだが。
「これで最後ですが、やっぱり何もないですね」
「うん。一応、このチェックを営業終了まで毎日続けてくれるかな」
「わかりました」
結局最後まで何事もないことを確認して、大磯は録画を終えた。
その一瞬だった。
大磯が録画を終える。画面を落とし、僅かに手を下ろして原田の方へと顔を向ける。
大磯の横に立ち、その一連の動作を見守っていた原田だけが気づいた。
傾いたスマホの画面。そこに鏡のように映り込むホラーハウスの出口。
その出口前。はっきりと。見間違いなどではなく。
おかしな方向に首が折れた、セーラー服の女生徒が原田と大磯をじっと見つめて立っていた。
「――ッ!」
「っ、どうしました原田チーフ?」
スマホが傾いたほんの一瞬。だが決して見間違いではない。
そもそも出口に人影と間違えるようなものなどない。
慌てて振り向いて出口を見る。しかしそこには当然、何もあるはずがなかった。
跳ね上がった心臓が、嫌な音を立てている。
いるはずがない。
そこに本当に人がいたと言うなら、こんな十歩も離れていない距離に人がいたなら、そもそもわからないはずがないのだから。
「……いや……」
落ち着かせるよう、小さく息を吐く。
何もなかった。
間違いなく。
いるはずがない。絶対に。
自分の目で今、確認してきたばかりなのだから。
だから原田はこう言うしかなかった。
「なんでもないよ」
そう言いながら、この一件がただでは収まらないかもしれないと、そんな嫌な予感がじわじわと広がっていった。
「いやぁ、あれから変な目撃情報もだんだんなくなりましたし、無事に終わってよかったですよ」
「そう、だねえ……?」
結局。
あれから何も起きず、目撃情報もだんだん減り、最終的に何事もなくクローズとなった。
あの嫌な予感は何だったんだ。
何事もなく終わってよかったというべきかもしれない。
しかしそれはそれとして、なんで何も起きないんだと思わざるを得ない。
これまで無縁だと思っていたオカルト現象がこうして我が身に降りかかったわけだが、本当に理不尽がすぎる。
「結局、なんだったんだろうね……何もないところでお客様が驚いてた、っていうにはちょっと数が揃いすぎてたし……」
「ああ、でも営業終了前、水谷くんカメラ見てたとき、最後に出たらしいんですよ。最初の口コミの」
「最初の?」
「ええ。とはいっても明確になにか写ってたわけではないんですが、念のため今日報告しようと思って……これです」
そういって大磯が見せたのは監視カメラの映像だ。
映像には幼い兄弟が小屋のゾンビの仕掛けに驚いて逃げる様子が映っていた。
兄が先に逃げ、同じく逃げようとした弟が兄とぶつかってバランスを崩す。後ろの柵に向かって倒れるように。
録画だとわかってるのに、思わず危ないと血の気が引きそうになった瞬間だった。
大人くらいの大きさの白い靄の塊が、少年と柵の間に割り込むように現れた。
少年はその白い塊にぶつかるように不自然な態勢で動きを止める。そして一瞬の静止後、自分の後ろを確認するように顔を上げ――少年はパニックを起こして、その場から走って逃げていった。
そして白い塊は少年が小屋から出ていくと同時に、跡形もなくすっと消えた。
「……え、なんだいこれ? 埃、ではないよね。現れ方も消え方も不自然すぎる……」
「そうなんですよ。しかもその男の子、外にいたお母さんに『首がとれたお姉ちゃんがいた』と泣きついていたそうなんです。受付の江川さんが聞いていたそうで……」
「っ」
原田の頭に、最終点検の日に見たセーラー服の少女の姿が浮かびあがった。
つむじが肩より下になるほど、傾いてちぎれかかった首をぶら下げ、ホラーハウスの出口に立って自分と大磯をじっと見つめていたあの少女の姿が。
「最初に上がったおかしな口コミが首がとれたセーラー服の女の子だったこともあって、やっぱり本物がいたんじゃないかって大騒ぎですよ。
まぁさすがに自分もここまで不可解なものが撮れてしまったら、ちょっと信じようって気になりますね」
もう無事に営業を終了したから話のネタにもできますし、と大磯は笑った。
たしかにそうだ。
ホラーハウスの営業は無事終了した。来月からは業者が入り、改装工事だって始まる。
何が起きたってもう消えてしまうアトラクションの話なのだから。
本来ならみだりに口に出すことではないだろう。責任者である自分の口から出る言葉の重さも、それが現場の人間に与える影響も原田は重々理解している。
しかしあの日見たものを、ひとり胸の内に留め続けておくことが不安だったことも確かで。
「……大磯くん。実はね、言わない方がいいかと、ずっと黙っていたんだが」
「? はい」
「――私も見たんだ。君と最終点検を行った日。その、首が千切れたセーラー服の少女が、ホラーハウスの出口に立って……後ろから私たちをじっと見つめているのを」




