22.「エピローグ」
「ぶえええええっくしょんッ!」
豪快なくしゃみで大量の唾を撒き散らして倒れた俺は、「っと、失礼。くしゃみで倒れるとか、格好悪過ぎだよな」と、ゆらりと立ち上がると、気まずくて頭を掻いた。
「ライ君……今のをライ君はくしゃみだと思ってるのよね?」
「ん? まぁ、くしゃみだしな」
唐突な問いに、俺は首を傾げる。
ソティがエルラとファラティア、そして炎の精霊と目を合わせると、それぞれ神妙に頷いた。
お、何だ何だ?
そういや、魔王との戦いの前に、大森林で女子会やってたよな、みんな?
「ライ君」
いつの間にか至近距離に近付いていたソティが、俺の頬を両手でそっと包む。
え? 何これ?
もしかして、さっき俺が闇の精霊に対してしたことを、俺にしようとしてる?
初対面の人にあんなことしちゃ駄目よって伝えるために?
いや、アレは彼――じゃなくて彼女の暴走を止めるために仕方なくしたことであって、不可抗力で――
「ライ君。私は貴方を救いたい。でも、そのためには、貴方に辛い記憶を思い出してもらう必要があるみたいなの。それがライ君を完全に回復させるための必須事項だって、炎の精霊さんが教えてくれたのよ」
一体何の話をしているんだ?
よく分からないが、俺に触れるソティの手が震えている。
「くしゃみ程度で大袈裟だな」
安心させようと笑みを浮かべるが、ソティの表情は硬いままだ。
「本当にごめんなさい」
消え入りそうな声で呟いたソティは、
「んっ!?」
俺の唇に自身のそれを重ねた。
「ソ、ティ!?」
身体を離した彼女の唇を見ると。
「!?」
血がついていた。
大量の血が。
さっきまでついていなかった。
ということは、それは――
「……あ……ああ……!」
――俺の血である、ということだ。
と同時に、俺は理解した。
俺の固有スキルは、【ゲンジュツ】ではなく、【ゲンジツ】。
つまり、現実改竄が真の能力だった。
その負荷に身体が耐え切れず、悲鳴を上げていたのだ。
だから、くしゃみをしていると思ったあの瞬間、俺は目と鼻から流血し、口からは吐血していたのだ。
最初はただの幻影魔法だった。
けど、途中で進化したのだ。
いや、本来の力を取り戻した、と言うべきか。
何故ならその力は――
「姉ちゃん! あああああああああああああああ!」
この異世界で、俺の姉が、モンスターから俺を救うために使用したものだったから。
思い出した。
前世でも今世でも、俺は、姉に救われた。
現代日本では、家に押し入った強盗に襲われた俺を庇って死んだ。
そして、この異世界では、モンスターに殺されそうになっていた俺を助けるため、姉はその身を投げ出した。固有スキルによって俺と位置を入れ替えて庇った後、最後の力を振り絞って、スキルでモンスターを殺したのだ。
「姉ちゃん! 姉ちゃん! あああああああああああああああ!」
異世界の姉は、死の間際に、持っていた固有スキルを俺にくれた。
そして、あまりの悲劇に心が壊れてしまわないようにと、譲渡直前に、固有スキルによって俺の辛い記憶を封印していたのだ。
「ライ君! ライ君! 辛いことを思い出させて本当にごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
膝をつく俺に抱き着き、ソティが叫ぶ。
ぽたぽたと上から垂れてくる雫に気付いた俺は、
「……大丈夫だ」
彼女の背中をポンポンと軽く叩くと、立ち上がった。
「確かにキツいけど、今の俺なら、受け止め切れないこともない。今の俺には、みんなが――最高の仲間がいるから」
俺は、ソティ、エルラ、そしてファラティアの顔を順番に見た。
大粒の涙を流す仲間たちを。
「それに、こんな風にいつまでも過去の出来事にうじうじしてたら、『女を泣かせるな』って、二人の姉ちゃんから怒られちゃうからな」
「ライ君!」
「ライ!」
「ライライ!」
炎の精霊が、「よくぞ言うたのじゃ!」と、大きく頷くと、俺に手を翳した。
「『癒やせ。原初の炎よ』」
最上級回復魔法――否、それを遥かに超える温かい炎が、俺を包み込む。
……みんな、ありがとう……
……そして……
……姉ちゃん……ありがとう……
※―※―※
その後。
「師匠!」
「かっかっか! そんな顔するな」
王都に戻った俺たちは、レイガさんと会った。
彼が出頭する直前に。
S級殺しとして何人もの罪なき冒険者を殺した彼は、自ら幕引きを図ったのだ。
「でも、でも!」
泣きじゃくるファラティアの頭を優しく撫でたレイガさんは、白い歯を見せて笑った。
「何年も道場を経営してきたが、大勢の弟子たちの中でお前が一番強くなった。完全に俺っちを抜いたな。お前を誇りに思うぞ、ファラティア」
「師匠……」
衛兵たちに連れていかれるレイガさんは、出来るだけ弟子に悲しい想いをさせまいとして、「かっかっか! じゃあな!」と、最後まで笑顔だった。
※―※―※
「あ~、死にそびれたぜ」
元勇者のガイアさんは、酒場で飲んだくれていた。
「師匠が助かって良かったです!」
涙を浮かべるソティに、ガイアさんは「アイツは死刑判決を受けたのにな。俺様だけ生き残っちまったな……」と、遠い目をした。
国王暗殺――しかも、レイガさんと一緒に三ヶ国の首脳を亡き者にした彼は、国家反逆罪で死刑になってもおかしくなかった。
俺たちは必死に弁明した。
全ての元凶はあの老いた王たちだったのだと訴えた。
魔王を生み出したのも、モンスターをこの世に誕生させたのも、全て。
だが、それならまずはそれを訴えた上で捕縛するなど、やり方があったはずだと言われた。いきなり王城に侵入して王暗殺など、犯罪者と変わらない、と。
正論だ。
が、果たしてそんな生温い策を、老獪な彼らが許しただろうか?
六十年にも亘って人類を騙してきた彼らを止める術は、暗殺以外になかったのではないか?
「では、判決を下す。元勇者のガイア。その功績を以ってしても、王城侵入と国王暗殺の罪に対しては、重罪を免れない。魔王並びにモンスターを生じさせた元凶だからと正式な手続きを経ずに王族を殺すことは決して許されることではない。よって、極刑を言い渡――」
「待った、なのじゃ」
裁判所に音もなく現れたのは、炎の精霊だった。
「精霊さま!?」
「炎の精霊さまだ!」
炎の精霊は、「悪い奴を突き止めて、社会から排除しただけじゃろうが。何が悪いのじゃ?」と、裁判長を睥睨する。
「し、しかし炎の精霊さま! 彼は、裁判などの正式な手続きを経ずに王族を暗殺して――」
「無罪放免にしろとこの妾が言うておるのじゃ。それとも其方は、この妾の――炎の精霊の言葉が聞けぬと言うのかのう?」
「いえ、そういう訳ではありませんが、しかし――」
「ほう。妾を怒らせたいのかのう?」
「!」
彼女の炎が膨張する。
「……わ、分かりました。ガイアは、無罪放免といたします」
「分かれば良いのじゃ。褒美に、ちょくちょくこの国に遊びに来てやるのじゃ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
裁判長の頬が主に染まる。
めっちゃテンション上がってるわ、あれ。
まぁ、この世界では精霊は神として崇められているからな。
神様からそんなこと言われたら、嬉しくない訳ないか。
「……良かったのか? 精霊は人間界に直接力を行使しないんじゃなかったのか?」
俺の問いに、炎の精霊は、
「力なんぞ使っておらんのじゃ。ただ妾はちょいとおしゃべりしただけじゃ」
と、茶目っ気たっぷりにウインクしてみせたのだった。
※―※―※
内臓の損傷は、炎の精霊の力で完治していた。
もう幻術魔法――もとい、現実改竄の能力は使わない。
……こともないな。仲間がピンチに陥ったら、躊躇なく使うだろう。
けど、今のところは、みんなが更に強くなったこともあって、俺の出番は無いし、無理することもなくなった。
良かった良かった!
これで、みんなのヤンデレ化は完全に解除されて――
「……ライ君、大丈夫よ! 私が内臓を売って稼ぐから、もう何もしなくて良いのよ! 今まで悲しいこと苦しいこと大変なことばかりだったと思うけど、もうそんな思いはさせないから! ウフフ。大丈夫よ。即死しない程度に抑えて取り出せば、内臓はハイポーションで元通りになるんだからウフフ。ウフフフフ」
「ライ。あたい、気付いたんだ。あたいの肉の味を気にしてたんだろ? だから、あたい、最近料理の勉強を始めたのさ。ライには最高の味付けをしたあたいの肉を食べて欲しいからね。これであたいと一緒に永遠に生きよう。フフッ」
「ファラ、良いこと思い付いたの! そう言えば、異世界には献血っていうのがあるって聞いたことがあったの! だから、これはファラからライライへの献血なの! ファラも、ちゃんと味付けしてあげるの! 砂糖を一杯入れて! そしたらファラの血はきっととっても美味しくなるの! まるでイチゴジュースみたいに! あと、超知覚でファラの血がライライの身体の中に入っていって、栄養になって、排泄される瞬間まで、リアルタイムで全部知覚してあげるの! 恥ずかしがることはないの! ファラの体液がライライの一部になるのは神秘的なことなの! こんなに嬉しいことはないの! キャハッ♪」
「何でまだヤンデレ化が解除されてないんだよ!? っていうか、むしろ悪化してるじゃないか! いやああああああ! やめてえええええええええ!」
俺の絶叫が、王都に響いた。
―完―




