15.夏祭り②
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死神がベンチでダラ〜っとしながらも、寝てしまわないように聴覚だけ働かせていると、しばらくして足音が1つ近づいてきた。
「もう大丈夫なのか?」
「はい⋯⋯スミマセンでした」
ちらりと見れば、彼女の髪はボサボサ、顔はまだ青白く、目元がほんのり腫れている───泣いていたのかもしれない。
死神はまだ開けていないほうのスポーツドリンクを差し出した。
「ありがとうございます」
彼女はベンチに───死神から少し離れて遠慮がちに座ると、スポーツドリンクに口を付けコクコクと飲む。ペットボトルだというのに上品な飲み方だ。しかし口の中の不快感もあってか、1本全部飲みきっていた。
「悪かったな。そんなに気持ち悪いもんだとは思ってなかった」
「いえ⋯⋯たぶん、食べた直後でお酒も飲んでたからだと───その、ごめんなさい」
「いや、別に」
沈黙が流れる。
死神もスポーツドリンクを飲み干して。
「どうする? 調子悪いなら帰るか?」
「え⋯⋯」
また死神の背中におぶってもらうのも気が引けるし、ここからアパートまで帰るのに1時間以上かけて歩くのもしんどそうだ。
せっかくここまで来たのにという思いもある。
───帰りたく、ない。
人生で初めてのお祭り。
百合子だって経験したことのない、自分だけの思い出になるはずだったのに。
「あと10分───ううん、5分だけ待ってくれませんか? やっぱりお祭り行きたいんです」
死神はスマホで時間を確認する。
祭りの終わりである日付が替わる頃にはまだ時間がある。ここで充分彼女と死神自身の体力が回復するのを待ってもいいだろう。
「じゃああと30分くらいしっかり休んでから行こうぜ。俺も疲れてるし⋯⋯お前見た目45kgくらいなくせしてめっちゃ重いしさぁ、80kgくらい?」
「あ、ヒドいっ、76.8kgしかありませんよ!」
「⋯⋯マジでそんだけあるんかよ」
「骨格が合金なだけです」
「まぁその体格でそれだけ身体重かったら体力どれだけあっても疲れるわなぁ」
細い身体に常に重りを抱えている。歩いているだけ、立っているだけでも筋トレしているようなもんだ。
おそらく百合子が骨格や骨髄関係の病気だったのだろう。百合子の細胞から生まれた彼女にも同じ病気になるリスクが高いということで、骨格をサイボーグにされたのかもしれない。
結局その後もたあいない話をしつつベンチでゆっくり過ごし、1時間近く経った頃。彼女の腹がぐうぅ〜っと空腹を訴えたところで、2人はお祭りの会場に向かうことにした。
「お恥ずかしいかぎりです」
「しゃ〜ないって。全部ゲロったんだろ?」
「もう言わないでください⋯⋯」
胃のものを戻してしまったところを見られたのも腹の虫の音を聞かれてしまったのも、人造人間とはいえ妙齢の女性である彼女には恥ずかしいものだ。
両手で顔を隠す彼女に、死神は立ち上がると手を差し出した。
「ほい、じゃあ行くぞ───あと20分くらい歩いて橋渡れば街道だから」
「⋯⋯はい」
一瞬躊躇したが彼女はその手を握った。
死神はグイッと引っ張って彼女を立たせると、そのまま手を繋ぎ直し歩き出す。
「たぶん人で混み混みだから、あんま離れんなよ?」
「⋯⋯はぃ」
───離れるも何も、こんなに手を握られてたら離れられませんよ。
本当にこの人は優しい人だ───〝人間〟じゃないけど。死神だけど。
手を引かれ歩きながら、彼女は少し斜め後ろから死神の姿を見つめる。
正直なところ目つきは怖いし、格好は一昔前のヤンチャな人が着ている感じで少々ダサ───いやいや古くさ───もとい個性的な感じだけど。
───カッコいいな、本当に⋯⋯惚れてまうやろー!
彼女の頬に血色が戻ってきた、少々戻り過ぎたのを彼女はパタパタと手で扇いで冷ましながら歩いた。
もう片方の手は、死神の手のぬくもりが熱くて熱くて。溶けてしまいそうだった。
「わぁ⋯⋯人いっぱい!」
「まぁこんなもんだろうな───けど花火終わったから帰ってく人もいるみたいだな」
古城へと続く街道は、今から行く人ともう帰る人とでごった返している。
脇では屋台やキッチンカーが美味しそうな匂いで行き交う人々を誘惑し、可愛い雑貨を扱う店や、怪しげな特級呪物を集めたような露店がそれに色を加えて。
「りんごあめぇ〜、わらび餅ぃ〜、クレープぅ〜、ベビーカステラぁ〜───最初はどれいきましょうか!」
「全部甘いやつだな」
「だってさっき夕飯食べましたし! こういう屋台のものって食べたことないんで楽しみぃ〜」
さっき全部ゲロって落ち込んでいたのは何処へやら。彼女は上機嫌で片っ端から屋台やキッチンカーを覗いていく。
「わぁっ、すごいキレイなわたあめ! フルーツ氷も捨て難いですねぇ」
「もう好きにしろって」
「死神さんは何食べますか?」
「俺はまだ腹減ってないっつーの」
「え〜、一緒にシェアしていろんなの食べたいじゃないですか」
そんな死神の手をグイグイ引っ張りながら先へ進む彼女の目に留ったのは、街道から横にのびる狭い路地の入口にポツンと置かれた、古びた小さな立て看板。
〝貸し衣装・レンタル浴衣あり〼〟
「浴衣⋯⋯」
ふと周りを見れば、女性の浴衣率は高い。
特に妙齢の女性、若いカップルの女性は全員浴衣を着ていると言っても過言ではないだろう、彼女たちのなんと輝いていることか。
それに比べ自分は普段着で───
「⋯⋯行ってみるか?」
「え?」
「気になるんだろ? 行ってみようぜ」
───本当に死神さんは優しいなぁ。
彼女が遠慮しないように、先回りして誘導してくれる。
ちょっと浴衣着たいなという気持ちはあった。だけど時間もお金もかかるし、これ以上は迷惑掛けられないと諦めようと思っていたのに。
「はぃ⋯⋯じゃあ、行きたいです」
2人は看板に描いてある矢印の指す方向、人々から見向きもされないその細い路地を奥に進む。
賑わう街道から1本中に入ったその先にあったのは、そこだけ時代から取り残されたような、窓から薄明かりが漏れる古い美容室だった。
カランカランと手押しのドアに付いた鐘が鳴るが、店員らしき人は出てこない。
「こんばんは〜、レンタル浴衣見たいんですけど⋯⋯」
ドアを開けて入った彼女が恐る恐る言うと、奥から「はーい、ちょっと待っててね〜」と女性の声がした。
「あ、良かった。ちゃんと営業してたみたいですね」
「そうだな」
死神が後ろ手でドアを閉めた瞬間。彼は怪訝そうに眉をひそめた。
「───ん? なんか違和感あるな」
「何がですか?」
店内は美容室にしては薄暗い。昔からやっているのだろう、清潔そうだが内装や備品は年代を感じるものばかり。
壁際のハンガーラックに女性用の浴衣が数着掛けてあるだけだった。
「一昔前の美容室って感じですね」
「浴衣も少ねえし、出るか?」
「えっ、でも───」
彼女は1番手前に掛けられていた浴衣に目が釘付けになった。
ユリの花が描かれた絞りの浴衣。それは最近の流行りではない、きらびやかさもない。だけど洗練された美しさがある───それを見つめていると。
「それいいでしょ、ワタシの1番のお気に入りなんだけどね───最近の若い人たちにはウケないみたい」
急に声を掛けられ振り返れば、そこにはニコニコと感じの良い老婆が1人立っていた。
しかし死神はそうは思わなかったらしい、彼女と老婆の間に割って入る。その眼光は鋭く、思わず彼女はビクリとした。
「おい、ばあさん⋯⋯」
「え、ちょっと───」
なんでそんなに怖い顔してるんですか、そう彼女が言う前に。
「もう今日はお客さんも来ないし、お店閉めようと思ってたんだけど⋯⋯あなたたちが最後のお客さんかしら」
老婆は気にすることなく彼女の横に立つとその浴衣をラックから取り、彼女の正面に当てる。
「うん、お嬢さんはこういう柄似合うわね───古臭い柄と言われてしまうかもしれないけど、お嬢さんのキレイなお顔とよく合ってるわ」
「あ、ありがとうございます⋯⋯私もこの柄ステキだと思います。あの、だから───」
彼女がちらりと死神を覗う。
死神は渋い顔をしているが、はぁ~っと1つため息をつくとプイッと横を向いて「いいんでねえの」とだけ言った。
どうしてそんな反応をするのかわからないが、死神は違う柄のほうが良かったのだろうか。
しかし彼女の心は決まっていた。
「あの、私、これが着たいです」
「はい、ありがとうね───前開きのお召し物着てるわね。じゃあ先に髪の毛結わせてもらっていいかしら?」
「あ、お願いします!」
来たときの騒動で髪もボサボサだったのでありがたい。 老婆は彼女を席に案内すると、素早くアップスタイルに結い上げていく。
「わぁ〜、いい感じ!」
普段はやらないような髪型に、彼女のテンションは上がる。
仕上げにおくれ毛をクルンと巻いて崩れないように軽くスプレーをして出来上がり。
「じゃあ次は着付けね。あの衝立の向こう畳敷きになってるから、服脱いで下着になってもらえるかしら」
「はーい」
彼女がゴキゲンで衝立の向こうへ消えたところで、死神は老婆の横に立った。その顔は相変わらず怖い───信用してないというような目付きで老婆をジロリと睨む。
「おい、ばあさん───どういうつもりだ?」
「いやぁねえ、取って喰やしませんよ⋯⋯最後に誰か気付いてお客さんとして来てくれたら、お店を閉めるつもりだったのよ」
「はぁ~、それが〝未練〟になったか。身体はどこにある?」
「2階の寝室、ベッドの中」
「家族は?」
「夫はだいぶ昔に先に逝ってしまったし、1人息子はどこぞの奥様と駆落ちして音信不通」
「なるほどねぇ」
気の毒には思うが、いつの時代になってもこういう寂しい老人は一定数いる。珍しいことじゃない。
しかし面倒臭いことになったと死神がため息をつくと、老婆はちらりと視線をよこした。
「それでお兄さんがワタシを連れてってくれるのかしら?」
「いや、俺は管轄外だ───知り合いを呼ぶから、そいつに連れてってもらえ」
「知り合い?」
そのとき衝立の向こうから「お願いしまーす」と彼女の声がした。
「はーい、今行くわね」
「おい、あいつに変なことするなよ」
「何もしないわ───ううん、ワタシの最後のお客さんだから、キレイなお嬢さんをさらに美人さんに仕上げてくるわ。楽しみにしてて」
そう言って老婆はニッコリ笑うと衝立の向こうに消えていった。
その背中を見送って。
死神は近くのソファーにドカリと座りスマホを取り出すと、メッセージアプリに文章を打ち込んでいく。
場所の詳細、捕獲対象、捕獲対象の現在の様子───最後に返信不要の1文を入れて送信して一息ついた。
深く腰を下ろし目を瞑ってしばらく。
カランコロンと小気味の良い足音が近づいてくる。その音が止まったところで目を開けると。
「えへへ⋯⋯どうですか?」
「いいね、似合ってる」
死神がそう言えば、はにかんでいた彼女の笑顔が弾ける。
落ち着いた絞りの柄が彼女の清楚な美しさを際立たせている。 死神はよいしょと立ち上がると、彼女の頭をポンポンとした。
「〝馬子にも衣装〟とはこのことだな」
「あっ、ちょっとそれ褒めてないですよ!?」
「知ってるよ」
クククと笑う死神に、ぶぅーっと彼女が怒る。
その様子を老婆は微笑ましいく見ていた。
「仲良くてうらやましいわ⋯⋯新婚さんかしら?」
「あ、いえ、ちが───えへへ。あ、あの。ありがとうございました。お代は───」
「お代はいらないわ。もらってもあっちには持っていけないから」
「⋯⋯え?」
照れて浮かれていた彼女の顔が一転、ハテナマークが頭の上に浮かぶ。
そんな彼女の手を、切ない顔をした老婆がキュッと握った。
「あのね、このお店、今日が最後なの。あなたが最後のお客さん」
「あ⋯⋯そうだったんですね」
「その浴衣、柄も古いけど、モノも本当に古いの───ワタシがこのお店始めた年に仕入れた思い出の浴衣。古いけどとても質は良いものよ。そのとき呉服屋さんに言われたのは〝きちんと手入れすれば孫の代まで残せる〟って」
老婆の言葉に彼女はどう返していいのか迷う。ちらりと死神を見るが、彼は軽く頷くだけだった。
「残念だけど、この店は後継者もいないし、この浴衣を残してあげる孫もいない───だから、もし良かったらお嬢さんこの浴衣もらってくれない?」
「いけません、そんな大事なもの───」
「大事なものだからこそ、誰かに継いでもらいたいのよ⋯⋯このままここに置いててもゴミにされちゃうだけだから」
「でも───」
彼女が助けを求めてもう1度死神を見ると、彼ははぁ~っとため息をしながら頭を掻いた。
「もらっときゃいいんじゃね? それでばぁさんの心残りが減るんなら。ありがたくもらっとけ」
「で、でも───」
彼女は残り僅かな命なのだ、せっかく引き継いでも彼女の代で終わってしまうかもしれないのに。
死神は再びポンポンと彼女の頭をなでるとニッと笑った。
「こういうときはなぁ、若いモンが〝ありがとうございます〟ってニッコリ笑っとけばいいんだって───なぁ、ばぁさん!」
「そうねぇ、お兄さんの言うとおり」
ふふふと老婆は笑うと、紙袋に入れた彼女の服と靴を死神に渡した。
「いつもなら後日浴衣持ってきてもらうまでお預かりなんだけど⋯⋯荷物になってしまうけど、申し訳ないわね」
「いや、別にリュックの中に入れるし───って、あれ? 俺リュックどうした?」
「今日は最初から持ってきてませんでしたよ?」
彼女に言われて死神は思い出した。彼女をおぶって来たから、いつものリュックはアパートに置いてきたんだっけ。
あの中には転移とか身体強化の魔法陣があったのに⋯⋯まぁあれば便利というくらいだから、別になくてもどうにかなるのだが。
帰りは転移で一瞬で帰るということはできないということだ。
死神の手の中のスマホがメッセージを受信したとメロディーが鳴ったところで、彼は彼女にそろそろ行こうと促した。
「あ、あのっ、本当にお代も浴衣もいいのですか?」
「もちろん───そこのちょっと変わったお兄さんとお祭り楽しんできてちょうだいな」
クスクスと笑う老婆に、チッと死神が舌打ちするのが聞こえた。
「じゃあ───ありがとうございます、楽しんできます!」
「ええ、いってらっしゃい」
彼女の眩しい笑顔に老婆は目を細めた。
そんな老婆に彼女はこっそり耳打ちする。
「あの⋯⋯やっぱり今度改めてお礼しにきますね。お菓子とか、お好きなものお持ちします」
「ふふふ、律儀なお嬢さんねぇ⋯⋯じゃあお菓子じゃなくてお花がいいわ」
「お花、ですか?」
「キレイなユリの花、届けてくれるかしら」
「───はい!」
老婆に見送られ、死神と彼女は美容室をあとにし、街道へ戻る狭い路地を進む。
「ステキなおばあちゃんでしたね! でもお代もタダにしてもらったし、浴衣までもらってしまいましたけど、ホントによかったんでしょうか⋯⋯お礼はやっぱりお花だけじゃなくてお菓子も持っていこうかな、お饅頭とか? 日持ちするお煎餅とかクッキーのほうがいいかなぁ」
「⋯⋯花だけでいいと思うぜ?」
「そうですか? でも個包装ならお菓子も───」
ルンルンとゴキゲンでしゃべりながら歩く彼女の横、死神はちらりと後ろを見た。
そこにあったのは。
真っ暗な闇の中、今にも崩れ落ちそうな廃墟だった。
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