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という話  作者: 門松一里


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「法治国家」という話

# 「法治国家」という話


私個人は天皇制に反対(1, 2-2)ですが、時限猶予付で賛成(2)です。


- 1. 天皇に基本的人権がない。民主主義の原則に反している。

- 2. 現時点で決める必要はない。伝統に現代的解釈は、あまりに短絡的。


https://x.com/ichirikadomatsu/status/2064568816584294721


- 1. チャーチルは「民主主義は最低だが、他の思想よりマシだ」と述べている。

- 2. 天皇は祭司なのだから、男女の区別があっても問題ない。

- 2-1. 伝統だから。たとえば、カトリック教会に女性の司祭はいない。

- 2-2. 天皇制の廃止が目的であれば、女性天皇擁立は議論構造として一段低い。


https://x.com/ichirikadomatsu/status/2064568819117658584


---


###### 「という話」について


「という話」は、現実の事象や事件・事故を背景にした「虚構の推理」による考察です。#思考実験


事実と異なる内容であることを承知のうえ、いっしょに考えてみましょう。


---


## 法治国家

### 定義


まず「法治国家」とは何か、定義してみましょう。


ほうち‐こっか ハフチコクカ【法治国家】

〘名〙 国民の意志によって制定された法律に基づいて、国家権力を行使しようとする政治理念、またはそのような建前をとる国家。議会による立法、法律による裁判、法律による行政を原則とする。法治国。

――『精選版 日本国語大辞典』(小学館、2006年)


「国民の意志によって制定された法律に基づいて、国家権力を行使しようとする政治理念」は、**民主主義の完成形**ですが、はっきり言って「理想」です。


およそ現実的ではありません。


その意味では、日本国は「そのような建前をとる国家」と考えられます。#思考実験


というのも、チャーチル曰(いわ)く「民主主義は最悪」だからです。


---


### 民主主義は最悪


挿絵(By みてみん)


ウィンストン・チャーチル「この罪と災いの世界で多くの社会のあり方が試されてきたし実験されていくだろう。誰もが民主主義が完全であるとか考え尽くされたとは思っていない。実際、民主主義は最悪だ。これまで試されたすべての社会のあり方を除けばだが」


https://winstonchurchill.org/resources/quotes/the-worst-form-of-government/


https://x.com/ichirikadomatsu/status/1277091438187048960


チャーチルは、「これまで試されたすべての社会のあり方を除けばだが」と述べています。


二十一世紀まで、いろいろな社会がありましたが、そのなかでも、戦後の日本は「比較的平和」でした。


それでも「民主主義は最悪」という理由は何でしょうか?


---


#### 日本が民主主義になった年は?


日本が民主主義になった年はいつでしょうか?


明治維新からでしょうか? それとも戦後でしょうか?


私は、らい予防法が廃止された1996年(平成8年)4月1日以降だと考えています。


「らい」とは癩(らい)病という感染症です。


現在では、ハンセン病(レプロシー、レプラ)と呼ばれています。


では、なぜ私は、らい予防法が廃止された1996年を、「日本の民主主義の始め」と定義するのでしょうか。


それは、らい予防法が公布された1953年(昭和28年)8月15日当時、抗菌剤のグルコスルホンナトリウム(プロミン)によって、薬物治療が可能となっていたためです。


公布の七年前(1948年7月)に、吉富製薬が「プロトミン」の商品名で発売しています。

cf.

岩波書店編集部 編『近代日本総合年表 第四版』(岩波書店、2001年)P366←原典未確認


つまり、薬物治療が可能となっていたのに、法律で隔離(かくり)政策を行ったのです。


---


##### ハンセン病


ハンセン病(レプラ)は、重篤(じゅうとく)な皮膚病です。


見た目が酷くなるので、映画『ベン・ハー』にあるように、歴史的に敬遠されてきました。


しかし、比較的伝染性が低い感染症です。

(ただし、ダミアン神父のように、特定の人は伝染しやすいです。)


治療が可能になっていたのに、隔離したのは、悪法と言わざるをえません。


どれだけ過酷な状況であったのかは、ここでは述べません。


レプラが気になった人は、ご自身で調べてください。ただし、精神的に不安定な人は遠慮してください。たぶん、耐えられないと思いますので。


### 法治主義


加えて、「法治主義」も調べてみましょう。


ほうち‐しゅぎ ハフチ‥【法治主義】

〘名〙

①人の本性を悪と考え、徳治思想を排して、法律によって人民を治めようとする主義。韓非子、ホッブズなどの説がその代表。

②権力者の恣意を排して、国家権力の行使を法律に基づかせることを主張する、近代立憲国家の政治原理。

――『精選版 日本国語大辞典』(小学館、2006年)


法治国家と違い、かなり思想的です。


---


#### 韓非子


人の本性を悪と考える思想は古く、中国戦国時代の法家(ほうか)の韓非(かんぴ)は、紀元前3世紀の人物です。韓非が記したのが『韓非子(かんぴし)』です。


そもそも、性悪説を説く儒家の荀子は、礼によって徳で矯正できるという考え方でした。


聖人君子の徳は、水のように上から下に流れます。


同じように、徳の風が吹けば、遠くの凡人にも風に靡(なび)くと荀子は考えた訳です。


ただし、悪人は矯正しても、また悪の芽が出てしまうのです……。


そこで、韓非は法で抑圧すべきだと考えました。


『易経』にもあるように、「悪いことをするくらいなら、捕まえておいたほうが罪にならないので、本人のためだ」という訳です。


---


#### ホッブズ


トマス・ホッブズ(1588年4月5日 - 1679年12月4日)については、別の機会にしましょう。


この時代の話は、ベーコンやガリレオ、デカルトからルソーまで話す必要があるためです。


---


### 性善説1


日本の法律、特に刑法は更生の思想が強いです。


「善人になりなさい」という矯正思想です。


しかし、国が更生の機会を与えたとして、善人になるでしょうか?


課題は多いです。


---


### 性善説2


日本は犯罪率が低いです。


ただしそれは、他者に向ける悪意を、内に向けている可能性が高いです。


日本の凶悪犯罪のほとんどは、顔見知り――親族や友人・知人がほとんどです。


女性は、男性のものだという思想がいまだに残っています。


社会的弱者に対する隠れた暴行も多いです。


一方で、親族や友人・知人が困っていれば、助ける人たちです。


東アジアの思想では、困っている人がいたら、他人でも助けるように教えられます。

(最近の中国はそうでもないようですが……。)


日本人は他者に対しては遠慮がちです。


しかし、それは「そっとしておく」という、他者に対して慮(おもんぱか)ることができているのかもしれません。


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## 社会科学としての法学


社会科学に法学がありますが、他の学問が「真理が何か解らない」のが基本でそれを解明していく学びなのに対して、法律だけは「私たちが作ったもの」で私たちに責任があります。


https://x.com/ichirikadomatsu/status/1485488877905522691


仮に宇宙人がいたとして、光は何かとか、素数は何か、という議論になったとしても、会話は成り立つと考えられます。


けれど、宇宙人に法律を教えるのは、かなり困難でしょう。


地方性があり、米国では州ごとに法律が異なっています。


それに、生物としてのヒトは、悪業をするかと思えば気ままに善行したりする、訳が分からない行動をしますから。


---


### 法学による法治国家


私が理想とするのは、法学による法治国家です。


第一が、税法の変更です。


法曹会から溜息が聞こえてきそうですが……。


---


### 法学による民主主義


〝法律だけは「私たちが作ったもの」で私たちに責任があります。〟


私が天皇制に反対なのは、天皇に基本的人権がないからです。これは民主主義の原則に反しています。


しかし、天皇制を廃するとしても、日本国の祭司を廃せよとは述べていません。


---


### 法学による天皇制


法学による天皇制は、現時点で決める必要はありません。伝統に現代的解釈は、あまりに短絡的です。


思想的に右や左など、極端な思想の人がいますが、多くが浅学で、深く考えていない可能性が高いです。


真実を知れば、何かを言うにしても、躊躇(ちゅうちょ)するものです。


それを一方だけ責めるのは、悪意があるか、それで儲けているのでしょうね。


---


#### 『オメラスから歩み去る人々』


『オメラスから歩み去る人々』(The Ones Who Walk Away from Omelas)は、1973年のアーシュラ・K・ル=グウィンの短編小説です。


##### 梗概(あらすじ)


オメラスは、信じがたいほどの幸福と歓喜に満ちた、きらめく都市です。住民たちは高度な技術や豊富な資源を持たないにもかかわらず、知的で洗練され、文化的に成熟しています。オメラスには王も兵士も司祭も奴隷も存在しません。


しかし、たった一人、不幸な子供がいます。都市の幸福と安寧を維持するために、汚れと暗闇と悲惨の中に閉じ込められています。


市民たちは成長してこの真実を知ると、最初は衝撃と嫌悪を覚えますが、やがてその不正を受け入れる者がほとんどです。


けれど、不幸な子供の存在を知った後、都市を去る者もいます。若者も年長者も、それぞれ一人で立ち去ります。彼らがどこへ向かうのかは誰にも分かりませんし、戻ってくる者もいません。


物語はこう締めくくられます。


「彼らが向かう場所は、この幸福の都市よりもさらに想像しがたい場所です。私はそれをまったく描写できません。存在しないのかもしれません。しかし彼らはどこへ行くべきかを知っているように見えます。オメラスから歩み去る人々は」


---


#### 思考実験『オメラスに留まる人々』


誤解されてでも言うが、天皇がオメラスの不幸な子供に当たらないのか?#思考実験

cf.

「誤解を恐れずに言えば」では、思考実験にならないため。


---


#### トロッコ問題


私は、トロッコ問題は倫理学の問題として相応しくないと考えています。


自分が善人だと考えている学生は、問題の仮定そのものを変更しようとします。


---


#### 法学による天皇制


天皇制を廃し、その上で、国の祭司とする法整備をすればよいだけではありませんか?


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## 法による秩序


とはいえ、現実問題として、日本の象徴がなくなれば、隣国が黙っていないでしょう。


法による秩序がなされていない今の世界では、天皇制は時限猶予でよいのではありませんか?


現在の日本と同じだけの法による秩序がなされた世界では、紛争の解決として戦争を選ばないでしょう。


それとも、不幸の国に生まれたら、誰かをオメラスの不幸な子供にするのでしょうか?




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