二手に分かれることに決まった
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役人が帰った後、皆で相談し明朝旧街道を行くことに決まった。
妖怪「馬車を曳く幼子」は全く怖くないらしい。皆豪胆だね。
「人数は多い方がいいわ。足止めされている他の貴族にも声を掛けましょう。最上位はどなただったかしら」
「おそらくロクシャン伯爵かと」
「まず彼に話を通す必要があるわね。マリウス、至急面会の手筈を整えなさい。
フレンはドレスに着替えておいて。連れて行くから。
ヒルダ、ジェーン、ベス、アリスは馬車の荷物を確認。足りないものを洗い出して。徹夜で移動するからその分を計算に入れてね。必要なものは出来れば今日中、無理なら明日の朝市で調達しましょう」
お母様がテキパキと仕事を振り振っていく。
「最近来たというヘルツァーエ家の御令嬢、おそらくアトーデ様でしょうけど少し気になるわ。あの役人がわざわざ名前を出したのには何か意図があるのかも知れないわ。
トニー、ジョージ、酒場に行って噂を集めてきて。何時頃、どういうメンバーで来たのか知りたいわ。もしこの数日のうちに来たのなら何か仕掛けたのかもしれない。
ボブとフレッドは馬を飛ばして旧街道を見てきて。問題の分かれ道まででいいから。帰りは遅くなるだろうから出がけに門番に話を通しておいて。それから『馬車を曳く幼子』が出るそうだけど頑張って」
「『馬車を曳く幼子』なら怖くないっす」
だから何故こっちを見る。
「体力温存のために今晩の馬車の警備は2交代でなく3交代にしましょう。人選はモーリスに任せるわ。では行動開始よ」
お母様の号令で全員が動き始める。
私はドレスに着替えて待機だ。その前に体をきれいにしておかないと。
宿の中では魔法が禁止なので洗浄魔法は使えない。代わりに濡れタオルで体を拭くのだ。
実は町に入るときに全員洗浄魔法で洗ったのでさして汚れてはいない。でも気分的に着替える前には洗いたい。
ここは高級宿なので石鹸が備え付けてある。なんとリンスまである。でもこの世界、何故かシャンプーがないのだ。この辺りに詳しい転生者がいなかったのだろうか。誰か開発してくれないかな。というか洗浄魔法を魔導具で再現してくれたら一番いいんだけど
顔を石鹸で洗い体はお湯で濡らしたタオルで拭く。髪に石鹸を使うのは抵抗があるのでリンスだけする。因みにリンスは柑橘系の香りだ。というかどこに行ってもリンスは柑橘系なんだけど何故だろう。
体の水気を拭き取りドライヤーの魔道具で髪を乾かしたら茜色をベースにしたシンプルなドレスを着る。
まだ十才なので化粧はなし。
髪に香油をなじませ髪型を整える。香油の方はリンスと違ってバラとかミントとか色々種類がある。私が今使っているのは柑橘系、お義姉様に貰ったビータシトロンの香りのものだ。特産品なんだって。
因みにアリスが荷物の確認に取られているからという訳ではないけどここまで全部自分一人ででやった。
世の中一人では着られないドレスとかも多いけど私のは全部一人で出来るように作ってあるのだ。私に近づくのを怖がっているメイドさんが多いから、と言うのが表向きの理由。本当は一人で出来る方が気楽だからだ。
宿に姿見が無くても魔力でもって全身を把握できるし最近は(秘密だけど)魔力で鏡まで作れるようになったので何の問題もない。
着替え終わって暇なので魔力感知で周囲を観察する。
ここは三階建ての宿屋の三階。フロアの半分をうちが、もう半分を別の貴族が借りている。下のフロアも別の貴族で埋まっている。この宿は領地に戻る貴族に占領されているのだ。同じタイミングで移動しているのでこういうことになる。
もちろん貴族が泊っているのはこの宿だけではない。
別の高級宿にもいるしロクシャン伯爵など一部の貴族は代官所に宿泊しているそうだ。執事等家臣だけで移動しているようなところははランクの落ちる宿に泊まっている。
初期には宿が確保できずやむなく夜通し移動せざるを得なかった運の悪い家(でも通行止めに引っ掛からなたったという点では運のいい家)もいくつかあったけど、今一緒に移動しているところは全員きちんと泊まれている。
各家が出している先行隊がお互い上手く連携して宿の手配をしているためだ。
自分の派閥内だと協調性が高いよね。
魔力感知で見ると一人一人の動きが分かる。この宿に泊まっている所はどこもわたわたしているようだ。集まって議論しているような所もあればうちと同様忙しなく動いている所もある。
知り合いの貴族令嬢もいるな。今会いに行っても迷惑だろうけど。
あ、執事のマリウスが帰ってきた。そろそろ動きがあるかな。
足止めされた者たちの会合はなんと我がエーコ家が宿泊している宿の、エーコ家が借りているスイートルームの応接間で行われた。
ロクシャン伯爵が泊っている代官所は代官が第一王子派なので使用を避けたのだそうだ。
そして次に格が高い子爵家の中で一番会合向きだったのがここらしい。
ちなみに足止めされているのは王妃派ばかり16家。どこもうちと同じ理由で困っている。
一方第一王子派の貴族で足止めされている所はないらしい。どの家もいくつか前の町で「宿を取り損ねた」という理由で徹夜で先行していったんだとか。足止めされるのを事前に知っていたんだね、きっと。
応接間に集まったのは総勢30人ほど。各家から1~3人ってところかな。流石にソファに座れているのは20人ほどであとは立ったままだけど全員が問題なく入れた。
昔初めてこの手の部屋を見た時は広すぎて無駄と思ったんだけど、こんな使い方も想定されいていたんだね。
私も参加させられた。お母様の後ろに控えていただけで発言なんかしなかったけど。
基本方針として二手に分かれることに決まった。旧街道組と新街道組だ。
家ごとに道を振り分けるのではなくそれぞれの家が二手に分かれる。どちらかが駄目でももう片方さえ無事なら、という算段だ。
新街道組は最初王族に付いていき、次の町で宿に泊まらず徹夜で移動する。二日のロスを二回の徹夜で取り返すという正攻法。極々シンプルな計画だ。
ただし追加で妨害工作があるかもしれないので旧街道組も編成された。こちらは通行止めではないので明朝出発する。
ちなみに旧街道組のメインはエーコ家。お母様や私もこっちだ。他家からは数人の家臣が参加するだけで貴族は一人も来ない。こっちの方は徹夜が一回で済む上に一日早く帰りつける予定だ。それなのにこっちに来ないなんて、皆そんなに「幼子」が怖いのかな。
もしここに怪談大好き伯爵令嬢のアベリア様がいたら喜び勇んでこっちに来たと思うんだけど残念ながらこの町にはいない。彼女は現在魔法学園の生徒。学園に戻らなければならなかったのだ。次に会ったときには羨ましがられるかもしれない。いや、「幼子」に会わなければそうでもないかな。
なお、エーコ家が宿を引き払った後にはロクシャン伯爵が移って来るらしい。王家が泊るから代官所を引き払わなきゃいけないんだって。なかなかいやらしい妨害だよね。
会議が終わって皆帰った後、情報収集に行っていたトニー達も戻ってきた。
訪れていたのは特徴的なオッドアイから間違いなくアトーデ様、つまり第一王子の婚約者である悪役令嬢(仮)だと確認された。この国では観光旅行なんて貴族しかしないしましてや今は冬、普通はそういう事をしない季節だからよく目立っていたらしい。一緒に行動していたのは4人ほどだったそうで、例の廃村でなんと二泊もしたそうだ。
うーん、怪しい。
ネット小説に出てくる悪役令嬢は婚約者の為に一生懸命だったりするはず。物語開始前は特に。
とすると第一王子の為に何かしに来たってことは十分ありえる。旧街道にもなにか仕掛けがされていそうだ。
なお、来た日付までは確定できなかった。この冬で数日以上前だというのは確からしいけど、それ以上は聞き出せなかったらしい。逆算すると王都を発ったのは王家周遊が決まるより前、第一王子派が王都を去ったころか、それより前か。新年パーティーには出ていたからそれより後なんだろうけど……
もしかしたら第一王子派は随分前から計画を立てていたのかもしれない。




