怪談の影響
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穴の出口を岩の蓋で塞ぐ。
今冬はもう来られないだろうからきちんと偽装しないと。
と言っても雪で痕跡を隠すだけだけどね。真上の木の雪はもう使っちゃったけど周りの木に積もっていた分を魔力のスコップで集めて辺りに撒いておく。
雪が融けたらどうなっているのか少し不安だけど、今からではどうしようもないし大丈夫だと信じよう。
私がいない間リースは眠ったようになっているらしい。だから寂しい思いはしないはずなんだけど、やっぱり一人残しておくのは少し罪悪感がある。
次に王都に来たら早めに訪問しよう。
これでリースに会うのは一年後……かと思ったら全然そんなことはなかった。
まず派閥の都合で帰るのが遅れた。
現在宮廷には第一王子派の貴族が殆どいない。公爵や侯爵、伯爵クラスの役職に就いていて普段は王都を離れない偉い人達も代理を残して領地に戻ったそうだ。
迷信だと思ってはいてもリースが絡む話だと放置はできないものらしい。特に領民が不安になるのだそうだ。
何しろリースはほぼ王国公認の怨霊。
日照りになれば祟りじゃないか、大雨が続けば呪いじゃないか、病気が流行れば霊障じゃないかと不安になる人が増えてくる。その時領主やその家族がいないと偉い人が逃げた、やっぱり呪いなんだとなって最悪領民が逃げ出しかねない。
そこで民心を安定させるために挙って帰っていったらしい。
それ自体は特に不思議な事ではない。この国の貴族が何より優先するのは領地の事。国の臣であることよりも領主であることの方に重きを置くのが普通なのだ。
しかし宮廷から第一王子派がごっそりといなくなったのは事実。これを好機と見た王妃派がこの隙に第一王子派の力を削ごうと活動を強めた。それに我が家も動員されたのだ。
いや、動員されたというよりお父様とお兄様が率先して動いている感じらしい。いい加減やめればいいのに。お願いしてもやめてくれないんだよね。というかこういう話になると二人とも聞く耳を持たないのだ。
具体的にどんな活動をしたのかは知らない。
ただどうやら上手くいかなかったらしい。
偉い人達がいなくなっても政治的な空白が全然生まれなかったからだ。
実はこの国で実際に政務を担っているのは偉い人本人ではなくその人が私的に雇った幕僚集団なのだ。
この国では宮廷で就ける役職の上限は爵位や家格で決まる。上位貴族しか重要な役職には就けない。
でも上位貴族で、子供のころから教育を受けているからといって優秀とは限らない。一人で出来る仕事の量にだって限界がある。だから上位貴族やその跡取りは私費で幕僚団を結成するのだ。もちろん王国の官僚機構とは別にだ。
官僚は世襲貴族にしかなれないが、幕僚は基本的に実力で選ばれるため一代騎士、つまり平民出身者が大部分だ。
その幕僚団の殆どが王都に残っていたのだ。だから何の混乱も起こさず代理の人に政務を引き継ぐことが出来た。そもそも代理の人というのが先代侯爵だの伯爵の弟だのといった人達。そうそう隙なんか見せない。
下級貴族に関しても隙はなかった。
元々下級貴族の当主は王都と領地を行き来するので不在時の仕組みは出来上がっている。
その他の王都常駐の官僚が抜けた分は幕僚団から人が出てそつなく補った。実際、幕僚団は元々優秀な上宮廷のことも良く分かっているので却って日常業務がよく回るようになった面もあるそうだ。
そのような状況なので第一王子派の勢力を削ぐどころか下手なことをすると手痛い逆撃を喰らいかねない感じらしい。
そこですっぱり諦めればいいのにダラダラやっているうちに王家総出で国の東部を周遊する、という話が降って湧いた。
これにもリースが、というよりリースの怪談が絡んでいるらしい。
最近、具体的には例の空飛ぶ首事件以降、リース女王の霊廟で連日のように怪異が起こるようになったのだという。
曰く「女の子の声が聞こえたような……」、曰く「子供が走り回るような音がしたような……」、曰く「一瞬気味の悪い魔力を感じたような……」等々。
全部気の所為かもしれないレベルの証言。
私達じゃないよね。
外に聞こえるような声量じゃ喋ってないし、私もリースも足音は立てていない。私は魔力かんじき効果で足音が出ないしリースは歩かず浮遊か瞬間移動なのだ。魔力だって普段は出さないし、第一私達が建物を回ったのは二晩だけだ。それ以外の日は霊廟は無人だったはずで、その場合リースは眠っている。そうやってリースは永い時間を乗り越えてきたのだ。だから全く、かどうかは分からないけど少なくとも私がいなかった日の話はリースと関係ないはず。
……ん? そういえばリースの行動できる範囲が霊廟全体に広がったけど、その影響で眠れなくなったって可能性はある? 本人はなにも言っていなかったけど心配かけたくなかっただけかもしれないし。よし、後で確認しに行こう。
話を戻すと、そんな証言が積み重なって「リース女王の霊が目を覚まし霊廟内を彷徨っているのだ」という話になっているらしい。最近は調査に入った人が女王の足音を聞いて逃げ帰った、なんて噂もある。
西大市場でもホットチョコレートのおばちゃんがその話を振ってきた。どうやら相当広まっているみたいだ。
そこに来ていきなりの王家の「周遊」。無関係ということはないだろう。
表向きは迷信ということになってはいても、リースに関しては無視できるはずがないのだ。念の為王家を避難させようとか、そういう意図があるに違いない。
話はあっという間に進んだそうだ。朝議で議題に上ったのは今朝。誰も公式の場で真の目的に言及できないからか随員の選定で少しもめた位、他は議論も何もなく即決したそうだ。なお出発は三日後。ビックリするような速さだ。
行先は東。これはリースと関係があるとされる男爵夫人の首の怪談の影響だろう。
首が飛び去ったという北と出発地と目されている西を避けると行先は南か東。南は山越えの難路で今は雪に閉ざされている。残るは東、きっとそういう選択だろう。
そして東となれば我が家も無関係ではいられない。我が家もざっくり言えば東の方にあり、実際王家の周遊ルートに入ってしまったのだ。
うちも含めルート上の貴族は大忙しだ。王様御一行は随員も含めるとかなりの大所帯。その宿泊施設を手配するのは領主の仕事だ。それに最低でも領都に来たときには盛大に持て成さないわけには訳にはいかない。全ての準備を御一行が到着する前に終わらせなければならないのだ。さすがに第一王子派嫌いのお父様も工作を中断して走り回っている。
私とお母様の帰郷も急遽明日に決まった。受け入れ準備のためだ。
お父様は残っている王都での政務を全て終えるまで出発できない。対第一王子派工作ばかりしていたため色々溜まっていたのだ。十日近く掛かりそうなので王家の到着に間に合うように領に戻るにはかなりの強行軍になる見込みだそうだ。始業式の朝ギリギリまで夏休みの宿題が片付かない男子中学生みたいな状態だ。
お兄様とお姉様は学園が始まる直前までお父様の手助けをするらしい。ご苦労様です。