放っておけないよね
評価・ブックマーク有難うございます。
リースの方の話も聞いた。
大まかには知っていたんだけど、酷い話だった。
親を失い、兄達や姉を奪われ、友達は離れていき、味方だった大人たちはいつの間にかいなくなり……残されたのはこの部屋だけ。そして最後には騙す手間すらかけずに毒酒を飲まされたのだ。
可哀そうなリース。
『私なら大丈夫。もうキッチリ落とし前はつけたから。だからそんな顔しないで』
当のリースに慰められてしまった。
しかしそんな死に方をしたのによく正常な人格を保てているものだと思う。怨霊だけど。私だったら絶対おかしくなってる。
「リースはずっと独りぼっちで寂しくなかった?」
『毒酒を飲まされるまではね。でも今は平気。実をいうと「永遠の8才」になってからは時間の感覚があまりないの。そもそもこの部屋に誰も居ないときはまどろんでいるみたいで、意識を取り戻すと誰かいるって感じだから一人で部屋に居る気もあまりしないしね』
「ここにも人が来るんだ」
『来るわよ。自分の部屋だと主張して居座ろうとするのもいるし、調度品を盗りに来るようなのもいるし。あと女中さんが掃除に来る……といっても部屋の様子から見て随分長い事来ていないようね。それはともかく迷い込んだのはあなたが初めてよ。人間じゃないのもね』
「え? 私人間……のはずだけど」
『見た目は完全に人間だけどね、魂と魔力の繋がり方がまるで違うわ。イチゴとクルミぐらい違う』
「例えはよく分からないけどそうなの?」
『そうなのよ。「永遠の8才」たる私にははっきりと判るわ』
また人間じゃない説が出ました。今度は魂と魔力の関係だそうです。
魂なんて魔術じゃ取り扱えないし感知すらできないけど……もしかして私が転生者である事が関係してるんだろうか。転生者の魂は普通と違う風に魔力と繋がっているのかもしれない。私が変調なしに魔力で色々出来るのは赤ん坊のころから訓練したからだと思ってたけど。もしかしたらそのせいかも。
でもだからと言って人間じゃないと言われるのは何か違う。
「私、それでも自分は人間だと思うよ。心が人間なら人間なんだと思う」
『成程、そういう考え方も有りね。
考えてみれば私は魂が見えるからそれに引っ張られるけど、もし見えるのが例えば心の美しさとかだったらまた別の判断をしたかも。
カイ辺りの心を見たらきっと吐き気を催すほど醜かったに違いないわ。人間とは思えないほどに。ここを自分の部屋だと宣言して居座った偉そうな奴らもその心は強欲と傲慢に染まった見るに堪えない汚らしいものだったはずだわ。
そんなのと優しかったお母様や温かかったシュー叔父様の心を比べたら同じ人間とは思えない程違うはず。当然ね。あいつらがあの人達と同じ人間の訳がない。もしかしたらあいつら人間ですらなかったのかもしれないわ』
「リース?」
リースの様子がおかしい。
表情がなくなり視線は私ではなく宙の一点に向けられている。
『そうよ! 私からありとあらゆるものを奪い取っていったあの毒蛇が人間の筈無いじゃない。私から最後の居場所を取り上げようとした腐れスライム共が人間の筈無いじゃない。
あいつらは存在するだけで人を苦しめる世界の膿。他人を苦しめた分だけじっくりたっぷり報いを受けさせなければならなかったのに。
ああ、もう殺してしまった。残念だ。モット苦しめテやれバよかった。もっと後悔サセテヤレバヨカッタ』
声が歪んできた。姿がぼんやりとし始めたのに反比例して妙な存在感が増す。最初に感じた奇妙な魔力が辺りを満たし始める。朽ちかけた天蓋付きベッドのカーテンが不規則にはためく。
怨霊化!? 私地雷踏んだの!?
どうしよう、何とかしないと!
「リース! しっかりしてリース!」
『誰ダ! オ前モ奪イニ来タノカ!』
リースの姿は既に靄のようなものになって部屋を覆い始めている。このままだとリースがリースでなくなってしまう!
「私よ! フレンよ! 思い出して! さっきまで一緒にお話ししてたよね。私はあなたの敵じゃない。たまたま迷い込んだだけ。しっかりしてリース!」
『フレン、ダト? フレン?……フレン……フレン!』
リースがゆっくりと元の人間の姿にもどっていく。良かった。私の声は何とか届いたみたいだ。
『御免なさいフレン。私、何が何だか分からなくなって……怖かったでしょう?』
リースはとてもしょんぼりした顔をしている。
「確かに怖かったけど、多分リースが思っているのとは違うよ」
不思議と靄は怖くなかった。リースが本来どんな子だか分かっていたからというのもあるだろうし、何より魔力が泣き叫ぶようだったのだ。悲しい、寂しいと泣いているようだったのだ。
「私が怖かったのは、リースがリースじゃなくなってしまいそうだったこと。リースの心がなくなってしまいそうで怖かった」
言ってしまってから「心」が地雷ワードだったかもしれない、とちょっと心配になったけど……杞憂だったようだ。
『フレン!!』
リースは私のおなかに抱き着いてきた。こうしてみると本当に小さい女の子だ。こんな子が過酷な運命を背負わされたなんて。
ていうかリースの頭部が私の魔力の壁を突き抜け、さらに顔半分が私のおなかの皮を突き抜けている。実体がないんだね。妙な気分。
無性に可愛くなったので頭を撫でてあげた。実体がなくて触れられないから髪の毛のある辺りを掌でなぞるだけになっちゃったけどこういうのは気持ちの問題だ。
しばらくしてリースはゆっくりと離れていった。
『こういう時体がないと不便ね。ぎゅっとしたかったのに』
リースの顔が少し赤い。
「うーん、私はこっちの方が安心かな。間違ってケガさせる心配がないもの」
『そっか。あなたの場合はそういう心配があるんだね。そうなると結婚なんかは大変そう』
「大変どころか親には諦めろって言われてる」
「何それ酷い」
そう言いながらころころ笑うリース。元の調子が戻ってきたようだ。
でもリースの精神がちゃんと安定したことを見届けるまでは離れない方がいいよね。
夜明け前に離れに戻らないといけないのだけど大丈夫かな。この国の貴族の朝は早いのだ。王都では大体日の出の頃に朝食が始まる。それまでに身支度を整えないといけないのだけど……でも放っておけないよね。
それからもう大丈夫そうだと思えるまでとりとめのない話を続けた。