【怪談】 走り去る人影
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今回は第三者の語りです。
その人影を初めて見かけたのは森の中でだった。
いや、この言い方は正確じゃないな。その人影を見かけるのはいつだって森の中だった。東街道とリガ川に挟まれた森だ。
森に入る理由か? 最近騎士団の方針が変わって川沿いだけでなく森の中も哨戒することになったんだ。
森当番の時は二人一組でな、担当区域をぐるっと回って異常がないか確認するんだがその時に見かけるんだ。場所はまちまちだが見かけるのは何時も夜中だ。
第一印象は「とても背の高い人」だった。
頭が大分高い位置にあったんだ。とても遠かった上に木だの茂みだので遮られて体つきなんかは確認できなかったんだがな。
ああ違う違う、灯りは見えなかった。視界は別の方法で確保していたのだろう。俺達も灯りではなく暗視魔法を使っていたしな。その方が遠くまで見えて都合がいいんだ。
それはともかく何故俺が遠くの人影に気付けたというと、それが移動していたからだ。木の隙間から赤い頭の人影がちらちら見え隠れしながら動いていたんだ。ビックリするほどの速さだった。
知っての通り俺は目の良さと暗視魔法では誰にも負けない自信がある。それでももしその人物が立ち止まっていたりゆっくり歩いていたりしたなら気付かなかっただろう。そのぐらい遠く、視界を遮る障害物も多かった。勿論目鼻立ちなんか分からない。赤っぽい頭に白っぽい服、前傾姿勢らしいって事が辛うじて分かるぐらいだった。
実際、遠すぎた所為でその場にいた相棒は人影を見つけられなかったし俺達のどちらも暗視魔法なんかで出ているはずの変調放射を感知できなかった。
……見えていたのは俺だけだったが、見間違いじゃない。確かにその人影は物凄い勢いで移動していたんだ。
足元の悪い森の中だというのに速度が変わらないどころか頭の位置さえぶれない。単に身体強化しただけじゃこうはいかない。躓いて転ぶのがオチだ。少なくとも俺はそんな風には走れない。よほど身体能力が優れているんだろう、見事な走りっぷりだと感心したよ。
それにしても何故走っているのか分からない。何かに追われているのだろうか。そんなことを考えているうちにその人影は見えなくなった。追いかけている何者かは居たとしても見えなかった。
結局人影を見たのは俺だけだった。相棒には場所を指し示して見つけてもらおうとしたんだがな。
次に見かけたのはそれからしばらく後だ。
その頃にはもう人影の事なんかほとんど忘れかけていた。
森の哨戒は二日おきに当番が回ってくるんだが、それは最初に見かけた日から三回か四回後の当番の日だったと思う。
その日も遅番で深夜の哨戒だった。
何時ものように二人一組で森の中を哨戒していると、また見かけたんだ、妙に高い位置にある赤い頭を。今回も遥か遠くで、やっぱり灯りなしで猛スピードで走っていた。地面の凹凸を物ともせず頭の位置が全くぶれない、前回と同じ見事な走りっぷりだった。
但し見かけた位置も走り去る方角も前回とは違っていた。前回は俺達の担当区域の真ん中あたりを南に走っていたんだが、今回は北の外れを逆方向、北に向かっていたんだ。夜中だったのは同じだけどな。
その時も見たのは俺だけだ。相棒に指し示しているうちに見失ってしまった。
そもそも夜のあの森には現地の住民は滅多に立ち入らない。猟師でさえもだ。
なんでも怪異が起こるからだそうだ。「馬車を曳く幼子」とかそういった類のものだ。聞いたことあるだろ。
俺達騎士団員は任務だから昼夜問わず入る。尤も団員の誰も怪異なんぞ体験していなかったし信じてもいなかった。妙な事が起こったら正体を暴いてやろう、ぐらいの気構えだった。
そんな騎士団員しか足を踏み入れない夜の森で二度も同じ人影を見かけた。しかも二度とも走っていたんだ。
実に奇妙だ。
俺達はその人影が走っていた辺りを見に行くことにした。その位の裁量権はあるんだ。
しかし何も見つからなかった。走りやすそうな道どころか獣道もなく、人間の足跡も、動物や魔獣の足跡も、藪を漕いだ痕跡すら見つからなかった。
……確かに見当違いの場所を探していた可能性は認める。暗い上に遠かったからな。
砦に戻った後、他の仲間に人影について聞いてみたが誰も見たことがないという。どうも見たのは俺だけであるらしい。別に不思議な事じゃない。砦で目が一番いいのは俺だからな。
どこかの密偵かもしれないという話になって上に報告書も上げた。だからどうしろって指示はなかったけどな。
その後も何度かその人影を見かけた。毎回遠くを横切っていくだけで何故走っているのかは相変わらず分からなかったが、実害が無いから放置していた。俺達は『Z』と戦っているんであって人間相手じゃないからな。
しかしこの前、見てはいけないものを見てしまったんだ。
その時人影は森に飲み込まれた村の跡を走っていた。
随分前に放棄された村で、周りを囲む石壁が多少残っているから辛うじて村があったと分かるような場所だ。
人影は村の中を突っ切ると石壁を乗り越えた。その時ですら頭の位置は変わらなかった。
そして人影は石壁の反対側に降り立ち、速度を落とさずそのまま走り去った。
その時俺は見てしまった。
というか見えなかったんだ。
石壁を乗り越えた時に地面につくはずの足が見えなかったんだ。
足があるべき場所には何もなかった。向こう側が見えていた。体の下半分は空っぽだったんだ。
人影は木々に隠れてすぐに見えなくなってしまったが、俺は確かに確認した。
下半身まで視線が通る事なんかそれまで無かったから気が付かなかった。
見事な走りだと思っていたアレは、実は上半身だけが宙を飛んでいたんだ。
ああ、もちろん見たのは最後まで俺一人だ。住民がどうだかは知らないが団員に限って言えば他の誰も見てはいない。
あの森には確かに何かあるんだろう。今となっては積極的に調べたいとは思わないけどな。
そうだよ、帰省は今日で終わりだ。明日にはここを発つ。砦に戻ったらまた哨戒と『Z』との戦闘の毎日だ。
……ありがとう。多分大丈夫だろう。今まで何もなかったんだから。きっとこれからも何もないさ。
じゃあな。
お休み。




