アイテムバッグへの執念
本日二話更新。
これは一話目です。
ある日、校舎の廊下でメリー先生とばったり会った。
珍しくとても浮かない顔だ。よく見ると、目の下にクマがあるのを化粧でごまかしてる。
「どうしたんですかメリー先生」
「ああフレンちゃん。ちょっとね、例のアレで行き詰っちゃってね……」
「例のアレ、ですか」
例のアレとは、まず間違いなくメリー先生個人のライフワーク、アイテムバッグ作成の事だろう。
とりあえず詳しい話を聞いてみた。
先生はここの大図書館で、司書の人にも協力してもらって「これなら行ける!」という情報に辿り着いたらしい。そしてそれを基に、実際にアイテムバッグを作成してみたのだけど……ダメだったんだそうだ。
機能自体はキチンと発動する。でも相変わらず消費魔力が時間と共に爆発的に増加してしまい、使い物にならない。
「計算も一からやり直して、設計も再確認して、実装ミスもないか何度も調べて、でも何もおかしな所が見つからないのよ」
「それは、つらいですね」
これで行ける! と思って突き進んだらダメだったのだ。それは確かにヘコむ。
「そうなの。次に進もうにも、何が問題なのかを理解できなくてね、どうにもならないのよ」
マリー先生、かなり精神的にきてる感じだ。休ませないとマズいかも。
「あんまり根を詰めずに、気分転換してリフレッシュしたらどうですか? あと、ぐっすり寝るとか。深い理論の話は分かりませんけど、一旦頭を休ませれば新しいアイディアも浮かぶかもしれませんし」
「そうかしら」
「そうですよ。マリー先生はスゴい人なんですから、頭を休ませればきっと発想を転換、ええと……例えば “太陽が大地を回っている”という考えを“太陽が止まっていて大地がぐるぐる回ってる”に変えるぐらいに大転換して、悪かった所を見つけ出せるにきまってます」
実は「コペルニクス的転回」的な事を言おうとしたんだけど、この国にコペルニクスさんはいないし「地動説」に相当する言葉すらない。だから妙に長くなってしまった。でも、意図は伝わったはずだ。
「まあ、それはずいぶん大胆な発想の転換ね、大地の方が回るだなんて」
あまりにもムチャな例えだと思ったのか、メリー先生の表情がすこし和らいだ。
「そのぐらい大きな転換ってことです」
「でもそうね、そのくらい大胆に見方を変えないといけないのかも……え? 大地の方が、動く? ……」
「そういう柔軟な発想をするためにも、今は休んで…って、マリー先生?」
マリー先生は急に黙って、考え始めた。そして……
「突き詰めてみる価値があるわね。いいヒントだったわ、ありがとう。それじゃあ私は行くわね~」
急に走り去ってしまった。
「ちゃんと休んでくださいよー!」
後ろ姿にそう声をかけたけど、聞こえただろうか。ちゃんと休んでくれるかな。
そう思いながら先生の背中を見送った。
三日後の放課後、私は文芸部の二年生、ターニャとサーシャと一緒に食堂に来てた。文芸部の今後に関する打ち合わせのためだ。
「文芸部の次の部長はターニャにお願いしたいんだけど、どうかな。その突進力で皆を引っ張ってもらいたいんだよ」
「もちろん、喜んでやらせてもらうっす!」
「で、サーシャは副部長をやってもらいたいんだけど、いい? ターニャの暴走を止める人が必要なんだ」
「はいぃ。が、がんばります」
「ええ~っ、私が暴走する前提っすか!?」
そんな話をしてる所に、メリー先生がふらぁっと通りかかった。
頬がこけて、前より顔色が悪い。麦わら色の髪もぼさぼさ。それなのに目だけがギラギラしてる。
その狂気に侵されたような異様な様子に、私達は思わず会話を止めた。
先生はそのまま幽鬼のように食堂の出口へ。
手にはバスケット。サンドイッチかなにかをテイクアウトしたみたいだ。(ちなみにサンドイッチ伯爵はいないけど、サンドイッチ自体はこの国にも存在してる)
「今の講師の先生、見かける度にやつれていってるっすね。なんか悪霊でもとりついているみたいっす」
「そんな怖い事言わないでよぉ」
後輩二人が気味悪がってるけど、私には分かる。
霊視で視ても、なにも憑いてない。それに魂が弱ったり変形したりもしてない。だから霊障でも“いあいあ”でもない。
これはきっと、研究に没頭してるだけだ。ろくに睡眠もとってないんだろう。
こうなると、ちょっと責任を感じる。前に会った時の私の言葉がきっかけだったんだろうから。
「ゴメン、メリー先生が心配だから行くね。続きはまた日を改めて」
「え!? もしかして除霊に行くっすか?」
「いやいや除霊なんて出来な……」
そう言いかけて、思い出した。以前、暴走したシュヴァン様の霊を“名状し難きスマイル”で鎮めたことがあったっけ。そして最終的にシュヴァン様は旅立った。あれも一種の除霊だろうか?
やっぱり違うかな。あの時は、リースに会わせて心残りを解消しただけ。除霊ってもっとこう、悪霊をムリヤリ引きはがすような技の事だろう。
「除霊なんて出来ないし、その必要もないよ。あれは多分単なる寝不足。念のために様子を見に行くだけだから」
そう言い残して、私はメリー先生の背中を追いかけた。
「メリー先生、ますます顔色が悪くなってますけど、大丈夫ですか? あ、荷物持ちます」
先生に近寄ると、なにかツンとした薬品のニオイがした。
「ありがとう。それとごめんなさい、心配かけちゃったみたいね。でももう大丈夫よ、今晩はよく眠れると思うから」
そう言うメリー先生の目、異様にギラついててちょっと怖い。悪霊に憑かれてると言われたら信じちゃいそうだ。
でも私は知ってる。憑いてるのは悪霊じゃなくてアイテムバッグへの執念。それでムチャしたんだろう。
そして、今晩よく眠れるって事は……
私は、思わず声を潜めて尋ねた。
「まさか、成功したんですか?」
「ふっふー、他の人には秘密にしておいてね。あ、続きは私の研究室で」
メリー先生はそう言うと、ニイッと笑った。
なんか一々怖いんですけど。




