そんなに睨まれても
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ホールの他の場所はどうなっているのだろう。
とりあえず持っていたテーブルの上に立って、ちょっと背丈が足りなかったのでテーブルをもう一つ重ねて辺りを見回す。
ホールには正面の大扉の他にも広い出入口がいくつか見える。だけどどちらも閉まっている。
ホール中腹の壁際では給仕さんたちが中心になってテーブルなんかを集めてバリケードを作っている。その後ろには通用口があるみたい。人々が押し合いへし合いしている。どうやらそこだけは開いているようだけど入り口が狭すぎるのか避難は上手くいっていないようだ。
その周りで怪我人を連れている人たちがおろおろしている。
他に出入り口は無い。これだと衛兵も入ってこられないんじゃないかな……と思ったらホールの一番奥、王族いた場所のタペストリーの陰から白い鎧の人たちが入ってきた。近衛騎士だろう。
そこに隠し扉があったのか。ちなみに王族&悪役令嬢の姿は既に無い。隠し扉から逃げたのだろう。
あ、その近くの壁際にお父様がいる。背が高いから見つけやすい。その横にお母様とお兄様もいる。押し合いに巻き込まれない位置だ。あっちは大丈夫だろう。
入ってきた近衛騎士は全部で40人ぐらい。たったこれだけ? 王宮内なのに。まだ何百人も取り残されているのに。
近衛騎士のうち半数、20人ほどが大きな盾を押し立ててホールを突っ切り一番人が通用口のバリケード前に展開。残りの半数が隠し扉前で横一列に整列した。
どうやら盾で『Z』を押し戻す戦術の様だ。二人一組で一体の『Z』にシールドバッシュしている。とはいえ『Z』が重いのかそれほど押し返せていない。なんとか少しずつ下がらせている、といった感じだ。押し返しながら少しずつ安全地帯を広げている。
積極的に攻撃を仕掛けないのは人数が少なすぎるのと、まだ魔封じが解かれていないからだろう。
近くにいる人達は近衛騎士の背後へと逃げ込んでいく。お父様達もだ。
とはいえ広大なホールで騎士が守れているのはごく限られたスペースでしかない。
避難経路は通用口のみ。人がもみ合っていて避難はスムーズにはいっていない。隠し扉はまた閉められたようだ。なんでだろう。援軍がそこから来るのかな。
「く、来るな!」
と近くで悲鳴が上がる。
向こうの様子を見ている間にホールのこちら側、そこかしこの壁際に取り残された人達に『Z』が迫って来たのだ。動ける人は壁沿いに逃げていくが、足を骨折しているらしいふくよかなおじさんとそれに肩を貸している細いおじさんが捕まりそうだ。
早く助けないと!
台にしていたテーブルを手に取り駆けつけて『Z』を叩き潰す。
また周りを見渡し追い詰められているところを見つけてバシン!
危なそうなところに急行しバシン!
長いスカートが邪魔! 靴も底が抜けかけていてウザい! 裾を引き千切り靴を脱ぎ棄てて機動力アップ!
走り回ってバシン! バシン! バシン!!
そんな感じで走り回って呪われた力(主に結婚関連で)を存分に振るっていると……
「カイケー伯爵夫人! 見つけだぞッ!!」
「きゃあああ!!」
突然お母様と同年代の銀髪の女性が『Z』の群れの中に突き飛ばされた!
そこに居た一体の『Z』が女性を抱きすくめる。絞め殺す気だろうか? いや、女性の魔力が急激に萎んでいく。魔力を吸われているんだ!
近衛騎士はその近くにはいない。私が行かないと!
大ジャンプで女性の傍に飛び込みテーブルを振り回して周りの『Z』を弾き飛ばす。
しかし女性にのしかかっている『Z』はそうはいかない。女性まで巻き込んでしまうからだ。
私は覚悟を決めると『Z』の二の腕と肩を掴み、引き千切った。
もう一方の肩も引き千切って本体を投げ飛ばす。
残った両腕はそれでも女性の腕を掴んだままだ。指部分を引き千切ってようやく女性を解放できた。
意識は無い……魔力が殆ど無くなっている感じだ。でも息はある。きっと大丈夫。
おおぅ、『Z』と密着していた部分の衣服は溶けたようにボロボロだ。特に前身頃は殆ど消失していて見せちゃいけないところが見えている。
何か隠すもの……私のリボン!
ドレスの腰についている幅広のリボンを解くと女性の隠すべきところを隠す。
彼女のスカートの残骸も利用して何とか必要最低限は隠せた。
作業中、何故か『Z』達は素通りしていった。さっきも無視されたし何なんだろう。今は都合がいいけど。
そうこうしているうちに女性の腕の掴まれていた所が赤く腫れてきた。うげっ、変な風に曲がってる。骨折してたんだ。こういう時は整復して添え木を当てるんだっけか。ここではどうしようもない。
とりあえず安全なところまで連れて行こう。
お姫様抱っこして他の人たちの所まで運ぶ。私の腕力で怪我をさせないよう丁寧に、リボンが解けないよう慎重に。幸い知り合いらしい女性がいて後を引き取ってくれた。
さっき女性を突き飛ばした男――リタリエ男爵――はもう取り押さえられている。ぐぬぬっているけど、そんなに睨まれても……