こいつじゃない
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やがて挨拶回りが一通り終わり、私達子供は放流された。
食事の時間だぜ、ひゃっはー!!
私はまっしぐらにビュッフェコーナーに向かい、一口ケーキを4個確保した。どれも美味しそう。特にザッハトルテっぽいチョコケーキ。なんとチョコ! 見た目といい匂いといいまごうかたなきチョコ、転生してからの初チョコだ! チョコがあるなんて知らなかった。さすが王都。
「『馬車担ぎ』ですか?」
壁際まで移動しさてどのケーキから頂こうかと考えていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
見ると近くで数人の女子が飲み物片手に話をしている。挨拶の時見た顔ばかりだ。ミリアお姉様も混ざっている。きれいな金髪が良く目立つ。さっきの発言はお姉様だったようだ。
「ええ、最近東街道に出るんですって。『馬車担ぎ』が」
「それ、ワタクシも聞きましたわ」
「一体何なのですか、その『馬車担ぎ』と言うのは?」
「5才ぐらいの赤髪の女の子が街道を走り抜けるのだそうです。肩に馬車を担いで、ありえない速さで。馬車には人が閉じ込められていて、『馬車担ぎ』が通った後にはその哀れな犠牲者の悲鳴だけがこだまするのだそうです」
「馬車を走らせていると、いつの間にか小さな女の子が併走していることがあるのだそうですわ。そういう子に出会っても決して目を合わせてはなりません。もし目を合わせてしまうと馬車ごと担がれて連れ去られてしまうのだそうですわ。馬はどうなるのか、ですか? それは聞いていませんわ。多分ですけど解き放たれるのではないでしょうか。車体しか担がないようですし。
ともかくもう何台もの馬車が御者や乗客ごと『馬車担ぎ』に運び去られてしまい、その人たちがどうなったのか誰にも分からないのだそうですわ。あとワタクシが聞いた話だと『馬車担ぎ』は3才ぐらい、髪が赤いのではなく血で染まって赤く見えるのだそうですわ」
「ええと、それは別の話、『馬車を曳く幼子』が混ざっているのでは……」
東街道って私が通った道だよね。うわー、思いっきり心当たりがある。
きっとあの時の盗賊が酒場かどこかで話をしたのが広まったんだ。しかも思いっきり尾ひれが付いて最早妖怪だ。私7才なのに3才児にされちゃったよ。そもそも私が運んだのは一台と一頭だけだし。
あ、お姉様が疑惑のまなざしでこっちを見た。私が運んだ人たちはミンナ無事デスヨ? 馬車モ車庫ニアルヨ?
なんとなく居た堪れなくなったのでそそくさと逃げ出そうとしたら、男の子とぶつかりそうになった。
私より少し年上だろうか。銀髪に赤い目、こちらも将来凄いイケメンになりそうな少年。しかし何より目を引くのが服装だ。上下黒のスーツなのだけど材質がおかしい。どう見ても毛皮だ。暑くないのかな。しかも黒く光沢があり毛足の短いこれは……
「シャドウクーガーの毛皮?」
「ほう、これはお目が高い。確かにこれはシャドウクーガーの毛皮で仕立てたスーツです。実はシャドウクーガーの毛皮は我が領の特産品でしてね。
あぁ申し遅れました。僕はカイケー伯爵家の長男、オーレイです」
カイケー家? たしかこの前習った。カイケー家といえば国王陛下の片腕たる丞相職を事実上世襲している家柄で、つまりとっても権力がある。ついでに言うとバリバリの第一王子派だったはず。
とりあえず無駄に目を付けられないよう無難に応対しよう。
「エーコ子爵家次女、フレンと申します」
ケーキ皿を持ちながらの挨拶は少し間抜けだけどそれには目をつぶってもらおう。
「どうぞよろしく。
それで毛皮の話ですが、この服に使われているのはカイケーシャドウクーガーと申しまして、毛並みの良いシャドウクーガーを掛け合わせて作り出した我が伯爵家が誇る最高級の品種です。ほら、触ってみてください。野生種のシャドウクーガーの毛がゴワゴワしているのに比べ、とても滑らかなのが分かるでしょう」
袖を触らせてもらったが、確かに手触りが非常に滑らかだ。
しかしこの手触りには覚えがある。
襲ってきたシャドウクーガーの死体は毛皮や剥製として取ってあり、お母様が今日着ていたコートもそれを使って仕立てたものだったりするのだけど、それらの手触りとまるで同じなのだ。
ということはつまり……
見つけたっ!!
意識せず身体強化が発動する。そのまま袖を引き千切りそうになったところで危うく踏みとどまる。
こいつじゃない。こいつは犯人じゃない。
シャドウクーガー襲撃事件は4年前。こいつはその頃まだ幼かったはず。直接関わっている訳がない。私の家族やヴォルフくん達を怖い目に合わせた元凶、私が身体強化を訓練しすぎた元凶はこいつじゃないのだ。「エーコ家」という名前にも反応しなかったし。
犯人はカイケー家でももっと上の世代だろう。とはいえこいつは犯人に繋がる手がかりだ。情報を出来るだけ引き出さないと。
とりあえず間違いが起こらないよう身体強化を解除する。
「? どうかなさったのですか?」
「失礼しました。あまりに滑らかな手触りにちょっとビックリしてしまって」
「そうでしょうそうでしょう! 分かっていただけて何よりです。しかし手触りだけではありません。シャドウクーガーの毛皮には他には見られない素晴らしい性質があるのです。
そもそもシャドウクーガーには“影化”という体をカーペットのように薄く出来る能力があるのです。その様子が“影化”という名の通りまるで影になったかのように見えるので種族の名前に古代語で“影”を意味するシャドウの名を与えられているのですが、その能力を十全に発揮するためにシャドウクーガーの皮は体全体に亘って高い柔軟性と伸縮性を併せ持っており……」
直ぐに分かったのはオーレイという少年は筋金入りのシャドウクーガーオタクである事。そしてシャドウクーガーについて語りたくて語りたくて仕方がない事だ。
話を聞くうちにカイケーシャドウクーガーの繁殖はカイケー伯爵家が厳しく管理していることも分かった。つまり以前襲って来たやつらは確実にカイケー領生まれだ。
そしてやはり彼は4年前の事件をまるで知らないようだった。
知りたいことは大凡知れたがオーレイ様の話は止まる所を知らない。相手の事などお構いなし。例えば「愛玩用に売る時には避妊手術をする」位なら許せるがその手術の詳細を女の子に語ってどうしろと言うんだ。
聞いている最中にケーキを食べ始めるわけにもいかず、私はひたすら相槌を打つマシーンと化した。
一体どれだけ時間が経ったろう、漸く話がひと段落した時、私の精神は酷く消耗していた。まるで齧り終わった後のリンゴの芯みたいにボロボロだ。
「いやぁ、中々に楽しいひと時でした。このままお別れするのも名残惜しい。如何ですか、宜しければダンスでも」
楽しかったのはお前だけだろう! という言葉は飲み込む。取れるだけの情報は取った。それにどのみちダンスは出来ないのだ。ここでサクッと打ち切ってとっととチョコケーキを頂こう。
「お誘いありがとうございます。しかしながらダンスを踊るのは禁じられているのです。申し訳ございませんがご容赦ください」
事前に用意しておいた定型文で断ろうとしたが、相手は納得しなかった。
「お体が弱そうにも見えないのですが、一体何故なのですか」
仕方ない、最後の手段だ。
「ご覧ください」
ケーキの皿に乗せてあった銀のフォークを右手に持つ。身体強化を発動し、フォークを折り畳んでいく。2重、4重、8重と折り畳んだ所で外側がパキンと折れたので、そのまま掌と指先でサイコロ型に整形しオーレイ様に手渡した。
「し、身体強化!? この会場は魔封じされているはずなのに……」
「体質的なもので私の身体強化には魔封じが効きません。それどころか時折意図せず発動してしまうのです。それで万が一にもお相手の方に怪我をさせないようダンスを禁止されているのです」
この辺りは話しても良い事になっている。知り合いや派閥の人たちには既に教えてあるそうだ。秘密なのは強化率だけ。
「そ、そうですか。それでは仕方ないですね。私はこれで失礼します」
オーレイ様は疾風の如く去っていったのでした。めでたしめでたし。