異世界名物の盗賊だ!
整備された平坦な道が田園や野原や森を貫いて続いている。
最初こそ初めての長旅にテンションが上がっていたけど代わり映えしない景色に次第に退屈になり、道中の大部分では目を閉じて魔力感知の訓練をした。
魔力感知で視る景色は面白い。色々な生き物が魔力を放っているのがわかる。動き回っていたり留まっていたり。奥の森でよく感じる魔力もあるし、感じたことのない魔力もある。
植物は遠すぎるとなかなか識別できないけど、森や林全体としてはぼんやりと視える。
人間も見つかる。まあ私みたいに魔力を外に出さない体質の人は見つけられないんだろうけど。
そして異世界テンプレ「魔物の襲撃」はまるで起こらない。
これは事前に聞いていた通りだ。主要な街道は各地の領主がきっちり管理しているから襲撃なんて滅多にないのだ。あれ? なんかフラグっぽい。でもまあ大丈夫だろう。
夜は町に泊まる。
馬を休ませなければならないし食料の補充などもあるので仕方ないのだけど私は気が進まない。
なにしろ泊まる宿のどれもが高級すぎるのだ。貴族なので防犯のしっかりした信用できる宿に泊まる必要があるのだけど、部屋の調度品がどれもこれも煌びやかで脆そうなのだ。ベッドも立派な装飾が施された天蓋付き! 壊したらどうしようと緊張してしまう為あまり休めなかった。
町並みはどこも個性的だった。
以前中世ヨーロッパ風と言ったな。あれは嘘だ!
高い石の城壁で囲われている所まではどの町も同じだけど中身は全然違う。
物の本によればそもそもこの世界は様々な世界が衝突し混ざりあって出来たのだという。その所為で様々な文化が混在しているのだ。
ヨーロッパ風の街並みも多かったが、中東を思わせるようなもの、チベットかどこかを感じさせるもの、なんと和風、果ては南の島風とでも言えばいいのか高床式で横長な木の建物まで多種多様。
城壁も小さな町のだと壁!という感じの2~3mぐらいの高さのさして厚みの無いものが殆どだったけど、大きな町のだとより高く分厚い上に四隅に塔が付いていたり門の真上に門楼――寺みたいな瓦葺の建物――が乗っていたりと色々だった。
でも行きかう人々はどこも頭がカラフルな白人系。偶に獣人。服装もヨーロッパ風で室内でも靴を脱がない。まあ和風の建物でも中は畳でなく板の間なので土足でもそれほど罪悪感はないんだけど、なんだかとってもちぐはぐだ。テーマパークか。
一つよかったことはどの町にも中世ヨーロッパ的不衛生さが無かったこと。どの町でも道に排泄物がこんもり! とか酷い悪臭が! なんてことは無かった。やっぱり衛生観念は大事だよね。えらいぞ昔の転生者!
そうして旅を続けている内、道の脇の木立に20人ほど隠れているのを魔力感知で見つけた。異世界名物の盗賊だ! 領主がきっちり管理してるんじゃなかったの!? ヤバいどうしよう。
行き会うのはまだ先だ。それまでに何とか詳しい様子が分からないだろうか? 実は盗賊じゃないかもしれないし。
魔力で確認できないかな。
実は地面の凹凸や谷などの地形は通常の魔力感知では見えない。魔力を放たないからね。そういう時は薄く魔力を放って反射を感じるのだ。イルカのエコーロケーションみたいなものだね。あっちは音だけど。試行錯誤の末に自己流で身に着けた技だ。名づけて魔力探知。感知じゃなくて探知。
今回は詳しく見るため範囲を絞って少し濃密な魔力を放ってみた。
おおぅ、なんかわかる。槍と……弓? やっぱり武装してる。槍なんて長すぎるから森の狩りには使わないよね。服は妙に魔力の反射がいい。なんの素材だろう。もしかして金属鎧? 人数はぴったり20人。
あ、槍を持っているやつらが出てきて道を塞いだ。今の魔力で気付かれた?
「お嬢、魔力を放ったみたいっすけど、なにかあったっすか?」
御者台から聞いてきたのはボブだ。いまはトニーが手綱を取り、ボブが見張り役の様だ。しかし二人とも口調が同じだね。
「先のほうの道に人が居るの。8人で道をふさいでる。12人が弓を持って森でかくれてる」
「なんだって!! トニー、馬車と止めろ!」
ボブはそのまま馬車から飛び出すとするすると前に走っていき、直ぐに戻ってきた。
「確かにずっと先に盗賊っぽいのがいるっす。流石お嬢、よく気が付いたっすね」
「偶々だよ。それより奴らを何とかしないと。引き返して兵隊さんを呼んでくるのはどうかな?」
「それは難しいっす。この辺りはアトロス子爵領なんでアトロス家に要請する必要があるんすけど、兵士がいるのはこの先の町のはずっすから。それになんすけど、盗賊がこれ見よがしに道を塞いでいるのが気になるっす。もしかしたら後ろから奴らの仲間が来てるかもしれないっす」
「盗賊の仲間? それっぽいのは見当たらないけど、自分達でなんとかしないとダメそうだね。魔法で眠らせられない?」
「残念ながらあの魔法は相手の精神状態によってはまるで効かないんす。戦る気満々の奴等にはまず無理っす。あ、でもお嬢が大暴れして相手をビビらせれば…」
「却下です。お嬢様を危険な目にあわせるわけにはいきません」
スージーが駄目出しする。普通に考えれば正論なんだけど私が戦わないと戦力差が大きすぎる。元々護衛が少ないのは私のワガママ。いざという時には自分が出る、だからいつものメンバーだけでいいと言ってそうしてもらったんだし……あ! そうだ!
「ちょっと思いついたんだけど、いい?」
身体強化をかけて街道を真っ直ぐ爆走する。
「な、なんじゃありゃあ!!」
「ガキが馬車を!?」
盗賊たちがあっけに取られている。
無理も無い。私は今馬車を右肩に担いで走っている。傍から見ればとんでもない絵面のはずだ。
馬車自体には私の靴や服と同様の魔力による強靭化を施してあるので少々無理な力が加わっても壊れない。残念ながら他人は強靭化できないので乗客には服(強靭化済み)を安全ベルト代わりに使って体を固定してもらっている。
「きゃあああああ!」
「喋るな! 舌噛むぞ!」
上が騒がしいんだけど少し我慢してもらいたい。
盗賊の手前で大ジャンプ! と言っても着地のことを考えるとあまり高くは跳べない。走り幅跳びのような軌道で盗賊たちの頭上すれすれを飛び越える。全身を柔らかく使って衝撃を殺しつつ着地。スピードは殺さずそのまま遠くへ走り去り、安全な位置までたどり着いたところで馬車を下ろす。
クマ君との訓練が役に立った。クマ君が気絶してしまった時は木と蔦で作った即席の担架に乗せて塒まで運んであげたのだ。何度もやったのでかなり上達している。人には言えないけどね。
馬車は安全圏まで運べたけどまだこれで終わりじゃない。馬のジーク君を残したままだ。流石に馬と馬車を一緒に持ち上げるのはバランス的に難しかったのだ。
皆を降ろすと馬車の座面を外し抱え持つ。ジーク君を担ぐのに使うのだ。そのまま急いで駆け戻る。
今度は他人の安全を気にしなくて良い分高ーくジャンプ。もちろん全力じゃないよ。ソニックブームが五月蝿くて傍迷惑だからね。盗賊の頭上を遥かに飛び越えジーク君の下へ。
ジーク君は木に繋がれたまま大人しく待っていた。
座面の端をジーク君の腹の下に差し込み、ハーネスに付けたままの引き綱で落ちないようしっかりと、でもジーク君にダメージを与えないよう慎重に固定する。両方とも強靭化済みだ。固定が終わったら反対側の端に肩を入れよいしょと担ぎ上げる。
「ヒン!?」
「ジーク君、いい子にしててね」
そして徐にダッシュ!
「ヒヒーーーン!!」
「うわあああ! また来たあああ!!」
騒ぐ盗賊の上を三度飛び越え皆のところへ。
あれ、皆倒れてる。
「死ぬかと思いました……」
「今日のはまだマシだ。三年前はまるで手加減無しだった分、もっと酷かったぜ。身体強化してたっつーのに何度もう駄目だと思ったか……」
「もう二度と乗りたくねー……」
「ヒヒヒーン……」
しばらく休憩したけど復活の兆しが無かったので、皆を馬車に放り込んで私が馬車を曳いた。盗賊の近くに長居するのは危ないからね。もちろんゆっくり移動したよ。馬のジーク君? 担ぎましたが何か?
そして次の町に付く頃には私を除く三人と一頭の間に謎の絆が生まれていた。