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【怪談】 見えない壁の向こう側

感想・評価・ブックマーク有難うございます。

 この間奇妙な出来事を体験したんだ。

 俺はこう見えて長い事王都で巡邏をやっているが今まで見たことも聞いたこともないような話だ。

 いや聞いたことはあるか。ついこのあいだ怪盗猫目小僧が捕まっただろ、その関連で聞いたんだ。


 え? 知らない? なら先に猫目小僧の方からだな。

 猫目小僧ってのは貴族専門に盗みを働く盗賊だ。ここ三年ばかり王都を荒らしまわっていたらしい。届出があっただけでも8件だったか。種族も何も分からない奴だった。ただ自己顕示欲って言うんだっけか、それが強くてな、盗んだ後に必ず『猫目小僧参上』って書いたカードを残していくんだ。


 それまで全く尻尾が掴めなかったんだがある日の事だ、さるお屋敷の軒先で気絶した猫獣人が気絶して倒れているのが見つかってな、懐から例の『猫目小僧参上』が出て来たってんで此奴(こやつ)が猫目小僧か御用だ御用だと、まあそんなことになったんだ。


 ここまでは一時話題になったから知っている人は多いだろう。で、その話にはこういう続きがある。


 詮議の中で何故そんな所で倒れていたのか訊いたら奴はこう言ったそうだ。

「深夜、盗みに入る予定だった屋敷に行く為に屋根の上を走っていた。屋根が途切れていたので助走をつけてジャンプしようとしたところ目にも見えず魔力もない何かに頭からぶつかった。後の事は憶えていない」

 勿論こんなに整然と喋った訳じゃないぞ。纏めるとこうだってことだ。警備隊の調書ってのは大体そんなものだからな。

 で、だ。実際何が起こったのか、本当に何かにぶつかったのかというと、これが分からない。

 頭からぶつかったのならたんこぶの一つも出来ていた筈だがこれは確認できなかった。いやたんこぶは沢山出来ていたんだが詮議の前からあったのかどうか判らなかったんだ。

 供述と現場の様子が明らかにかみ合っていない点もあった。

 猫目小僧が倒れていたのは屋敷の真ん中の辺りだった。その真上に滑り落ちた跡もあったから場所は間違いない。しかしその辺り、屋根は真っすぐで段差もなかったから途切れていたっていうのはおかしな話だ。

 考えられるのは黒い板か何かがあった場合ぐらいだ。そういったものがあれば夜中の事だ、屋根の端と見誤りぶつかってもおかしくはない。尤も現場にはそんなものは無かったし何かを置いた痕跡も見つからず、屋敷の人も物を置いたりはしないと言っていたそうだ。


 ここまでが前置き、猫目小僧が見えない何かにぶつかったって話だ。

 ここから俺の体験談だ。


 ある雪の降る晩、俺は一人でとある坊(区画)の中を巡邏していたんだ。

 夜半には降り方も大分弱まって、魔導灯の明かりでも不自由しない程度になっていた。


 真夜中、深更の鐘が鳴った少し後だった。気が付くと行く手が真っ暗なんだ。

 勿論魔導灯が消えたわけじゃない。左右を見れば降る雪が白く照らされていたし両脇のお屋敷の塀もちゃんと見える。でも前方、今いる脇道を出た辺りから真っ暗なんだ。

 魔導灯の明るさを目いっぱい上げてみたら、積もった雪が足元から向こうの方まで続いているのが見えた。何故かそちら側に雪は降っていないようで、それで真っ暗に見えたんだ。


 魔導灯を前に差し出しながら少し進んでみると何かに当たった。道の真ん中、何もあるはずのない所で魔導灯が何かにぶつかったんだ。魔導灯で形を探ってみたんだが、壁の様に広がっていた。

 魔力は一切出ていない。魔力障壁とかそういうのだったら絶対出る筈の魔力はまるで無い。

 なのに目に見えない壁があるんだ。壁は左右に続いているみたいだった。


 そこで思い出したのが猫目小僧の供述だ。目に見えず魔力も無い何か。奴がぶつかったのはこれじゃないだろうか。

 勿論場所は全く違う。屋根の上と地面ってこともそうだが坊からして別なんだ。でも同じモノに出くわしたんじゃないだろうか。

 確かに細かく考えれば違いはある。

 足元が違う。奴は屋根が途切れていたという。でも俺には雪の積もった道がずっと続いているように見える。


 そこで気が付いた。これはおかしい、俺が見ている景色はあり得ないと。


 俺はこの仕事に就いて長いから道や建物についてはよく知っている。

 ここは丁字路のはずだ。この位置のすぐ先は塀、普段は使われていないお屋敷の敷地を囲う塀があるはずなんだ。

 だというのに積もった雪が続いている。在るはずの塀もお屋敷もない。


 おかしすぎる。


 気が付くと前方からはまるでドアか何かを叩くような音が聞こえだした。


 一体何が起こっているのかは分からないが職務上無視は出来ない。こう見えて俺は真面目な方なんだ。

 回れ右したい気持ちを抑え、俺は見えない壁を迂回出来ないか試してみた。壁を魔導灯で触りながら左の方へ進んでみたんだ。

 でも壁はどこまでも続いている。

 叩くような音はいつの間にか聞こえなくなっていた。


 と、急に壁の向こうで誰かが光剣魔法を発動した。変調放射を感じたんだ。光球魔法や温熱魔法ならともかく光剣魔法とは穏やかじゃない。

 でも肝心の光剣が見えない。あれは光るから闇の中では非常に目立つ。遥か遠くからだって見える筈だ。だというのに何も見えないんだ。それに位置もおかしい。魔法を使った誰かは空中に浮いているようだった。

 闇の中に何か見えてこないかと変調放射の方向に目を凝らしていると今度は悲鳴が聞こえた。少なくとも悲鳴のような音だ。勿論壁の向こう、俺の視線の先だ。相変わらず何も見えなかったが、悲鳴と同時に変調放射も止まった。


 何があったのか判らないが誰かが助けを求めているかも知れない。俺は足を速めた。

 突然遠くで門を閉めるような音が聞こえ、同時に魔導灯が壁に触れなくなった。

 壁が無くなったんだ。

 気が付くと目の前には屋敷の裏門が、まるで最初からそうだったかのように存在していた。雪も降っている。何もかもが普通だ。それが逆に恐ろしい。


 勿論門は閉ざされていて屋敷に人の気配はない。物音一つしない。声をかけてみたんだが返事も無い。普段は使用されていないお屋敷だが貴族様の持ち物だ。勝手に踏み込む訳にも行かない。


 お屋敷の正面側に灯りが点いているような気がしたんでぐるっと回ってみたんだが見間違いだったのか真っ暗だった。勿論門は閉まっていて、中からは何の気配もしない。


 そうなるともうその場で出来る事は何もない。その日はそのまま巡邏を続けた。別の場所を重点的に回ったのは御愛嬌だ。


 後日持ち主の貴族様に報告したんだが結局何も見つからなかったらしい。




 後から考えてみれば音も悲鳴も見えない壁の向こう側から聞こえて来ていた。変調放射もだ。

 もしかしたら壁の向こうにはお屋敷の代わりに別の空間があったんじゃないだろうか。あの壁はそことこの世界を隔てるもので、俺は偶々向こう側の出来事を覗いてしまったのかも知れない。

 もしあの壁に穴があって、もしあの時俺がその穴を見つけていたとしたら……俺はその穴を潜って向こう側に行き、そのまま帰れなくなっていたかもしれない。

 最近はそんなことを考えるんだ。


次回からようやく学園編です。でもストックがいよいよ厳しくなってきました……

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