表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/479

85話 隙

 トワが嬉しそうに歓声をあげる。

 しかしほぼ同時にあがったスイの声色は、それとは対照的なものだった。


「きゃあっ!?」


 アイネの小さな悲鳴が響く。

 アイネの攻撃に反撃する形でドンも蹴りをアイネの腹部に決めていた。

 彼女の体が弧を描くように宙を舞う。


「づぅっ……相打ちっすかっ……!」


 一度、地面に体を叩きつけられるがすぐにアイネは立ち上がった。

 少しの間だけ、足の動きがおぼつかない様子だったがすぐに体勢を立て直す。

 どうも剛破発剄の隙を狙われたらしい。

 互いに体勢を立て直し、アイネとドンが接近する。

 放たれるドンの拳にあわせるようにアイネも拳をつきつける。


「んなっ! つっ……」


 その拳があわさると、アイネの体が後ろにはじけ飛んだ。

 足を地面にふんばらせてそれを食い止める。

 しかし、動きが止まったその瞬間をドンが容赦なく蹴りで追撃してくる。


「くぅっ……!」


 上半身を軽くひねりながら反動をつけて裏拳をドンの蹴りに合わせる。

 なんとかエネルギーを相殺したのか、アイネとドンの体が後ろにはじけ飛んだ。

 ……ややアイネがおされている。


「ドンは見抜いていますね。アイネと自分との体力差を……」


 それを見てスイが不安げに顔をしかめる。

 トワが俺の肩に座りながら怪訝に首をかしげた。


「ん、どゆこと?」

「アイネの剛破発剄は誘われていたってことですよ。相打ちを続けていれば先に倒れるのはアイネの方だと思ったんでしょう。現に一度攻撃を受けただけでアイネの方が、動きが鈍くなっています」


 スイの指摘どおりアイネの方が後手に回っている感じは否めない。

 それに今考えてみると、ドンの攻撃は不自然だった。

 背後をとられているにも関わらず大振りの攻撃。たしかに攻撃を誘っていたとも考えられる。

 攻撃が来ると分かっていればそれに対する準備もできる。

だからアイネの攻撃を受けつつも反撃することができたのだ。


「ドンはアイネの攻撃を数回みただけで威力を正確に予想したみたいですね。私が攻撃を受けた時にはそんな冷静な判断ができるタイプには見えなかったのですが……」


 下唇を軽く噛んで、アイネをじっと見つめるスイ。

 俺も彼女の言葉通りの感想をドンに対して抱いていた。

 つい先ほどまで、ドンはスイに攻撃を完全に防がれていたのにも拘わらずそれを完全に無視していたのだから。直情的なタイプだと思うのは当然ではないだろうか。


 しかし、結果論のような言い方だがこうも考えられる。

 スイはあの時、自ら攻撃をしかける意思を見せていなかった。

 だとすれば放置しても脅威ではない。むしろ、どうすれば俺に攻撃を当てられるかを探るため、彼女を無視して攻撃を続けることこそがドンにとってベストな選択だったのではないだろうか。


 ……背筋に悪寒が走る。考えすぎであってほしかった。

 もし考えすぎでないのであれば、ドンは相当の──


「やはり、ここは私が……」


 スイが柄を握る拳の力を強める。

 アイネとドンはあれから一度も決定的な攻撃を受けていない。

 攻撃をさばき、さばかれるといった互角の戦いを続けている。

 だがアイネの方が、息があがっているように見えた。

 このままではアイネがジリ貧になることは容易に想像がつく。

 だが──


「まだ大丈夫だ」

「えっ……」


 俺はスイの前に左腕を出して彼女の動きを制止する。

 トワも言った通り、ドンがアイネを殺すはずがない。目的が達成できないからだ。

 それに拳闘士は一対一の戦闘においては無類の強さを発揮するクラスだ。

 アイネに勝機が無いとは思えなかった。

 なにより、アイネ自身が全く諦めた表情を見せていない。


「くぅっ……殺すつもりはないみたいっすけど、随分荒っぽい攻撃じゃないっすかっ!」


 攻撃をかわすついでに地面に手を当て軽やかにロンダートからバク宙。ドンから距離をとる。


「でもっ、まだまだっ!」


 その勢いを殺さず後ろに飛び跳ねながら練気をかけなおす。

 練気が切れたタイミングの隙をカバーする綺麗な動きだ。

 少し辛そうに顔を歪めるが、その覇気は衰えてはいない。


「来いっ……!」


 腰を低くしてドンの接近を待つアイネ。

 ドンが拳を振り上げながらアイネに接近する。


「ここだっ……! 螺旋旋風脚!」


 アイネの足に纏われた気が風に変わる。

 ふわりと宙に浮かぶアイネ。そのまま放たれる回し蹴り。

 アイネとドンの身長差を利用してうまく顔にカウンターを決める。

 さらに風を利用してドンの上をとるアイネ。縦に一回転してドンの肩に踵落とし。

 その反動から少し上に跳ねる。体を半回転させドンの背後に着地。


「練気・脚……!」


 消えた練気をかけなおす。

 そこまでの一連の動きはまるで映画のアクションシーンを見ているようだった。


「おぉっ、アイネちゃん、やるじゃん?」

「……アイネ」


 これにはスイもトワも感嘆のため息を漏らす。

 アイネの立ち回りもドンには負けていない。

 練気をかけなおすことを見せつけることで距離をとらせることのデメリットをドンにアピール。そうやって焦らせてドンの突進を誘発。

 じっと攻撃のタイミングをはかっていたアイネが今の攻防で負ける道理が無い。


「ラァッ!」


 背後をとったアイネはすかさず拳をドンにつきつける。

 背中に直撃したそれは確かにドンをのけぞらせ、その体を押し上げた。

 しかし、すぐにドンは体をねじらせ体勢を立て直す。


「ぐぅっ……なんすか、その体力っ……」


 その前に勝負を決めようとアイネがさらにドンの懐にとびこむ。


「剛破発剄!」


 アイネはこれで決めるつもりだったのだろう。やや大振りな攻撃だった。

 吸い込まれる光と響く爆発音。しかしドンは倒れない。最初と同じ光景が繰り返される。


「づあぁっ!」


 ドンの蹴りによってアイネの体が宙に舞う。

 互いの攻撃の威力はさほど変わらない。拳闘士のスキルは相手の防御力を無視する特性がある。与えたダメージはそう変わらないはずだった。

 しかしスイの言った通り体力の差が著しいようだ。

 ドンにもそこそこのダメージが蓄積しているように見えるが、やはりジリ貧か。


「くっ、練気・拳……」


 空中でひらりと体を回転させて着地するアイネ。

 急いで練気をかけなおす。距離をつめるドン。


「このっ……ん?」


 それを前にして、アイネはふと地面に視線をおろした。

 そこには、先にスイが弾き飛ばしたドンの斧が落ちている。

 アイネが何か閃いたようにその斧を手に取った。


 ──ん、斧?


「これでもくらえっ!」


 その斧を構えてドンの突進にあわせるように振りかぶる。


「ラアアアッ!」


 掛け声とともに、ななめに斧を振り上げるアイネ。

 だがそれがドンの体に届くことはなかった。

 それもそのはず、アイネの攻撃は遅すぎる。

 武器を振り回すと同時にアイネ自身が武器に振り回されていた。

 明らかに体の重心がぶれている。

 一度、突進を止めてバックステップでかわすのは普通のコボルトでもできたかもしれない。


「このおっ!」


 うまく扱えないと分かったのか、アイネはハンマー投げの要領でドンに斧を投げつける。

 しかし、さほど威力は出ていない。

 それこそ、ドンに余裕でキャッチされる程度のものしか。


「えっ、うそっ!」


 投げた直後でアイネの体はぐらりと揺れている。

 他方、手になじんだ武器を取り戻したドンは余裕の表情で再び突進をはじめていた。


「ぐっ……! しまっ……」


 急いで体勢を立て直すがもう遅い。

 斧の射程距離にすでにアイネは入ってしまっている。

 だが、アイネの表情は──


「アイネッ!?」


 斧を振り上げるドンを見て、スイが駆け出そうとした。

 慌ててその肩をつかんだ。

 やや声を荒げながらスイが振り返る。


「な、なんで止めるのっ、リー……」

「大丈夫、あれはアイネの計算だ」


 その言葉を無理矢理遮る。

 もし俺の予想が当たっていればここでアイネが勝負を決めることになる。

 ……正直、確信は無い。

 だがさっきのアイネの行動の違和感を解消する答えはこれしかない。


 ──そして、アイネの自信に満ちたその表情を説明できる方法も。


「えっ……」


 どういうことか、とスイがアイネの方に振り返る。

 振り下ろされたドンの腕。アイネの体を押しつぶすように斧が襲い掛かる。

 それを見て、アイネは──


「なーんて、ね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ