84話 礼儀
しばしの間、沈黙が周囲を支配した。
俺達は当然、ドンですら理解できないと言いたげに首を傾げる。
「え、なんで?」
アイネがそう言った理由が理解できない。
思わず、頓狂な声でそう問いかけてしまった。
アイネが気まずそうに苦笑いを浮かべる。
「だって、えっと……」
「アイネ。分かってるの? 流石にこの相手は周りの雑魚とは違うよ?」
スイがそう言いながら眉をしかめた。
先ほどまで周りの雑魚と同じようにドンの攻撃をいなしていた彼女が言っても説得力が無かったが、その言葉は正しいことはアイネも分かっているようだ。
唇をぎゅっと結んでドンの事を見上げている。
「考え直したら? アイネちゃんが死ぬことはないと思うけど結構つらいんじゃないかなぁ」
「そんなの分かってるっすよ。でも……」
ふぅ、と深呼吸をして拳を構える。
すでに自分が戦うことは譲らないと主張しているかのように。
「恋する気持ちは、この中で多分、一番ウチが分かっているはずだから……断るなら、せめてウチが向かい合うのが礼儀でしょっ」
「っ……」
その言葉に、俺も含めて三人は言葉を詰まらせた。
当然だ。恋をしていない者達に、恋する気持ちを語られたら返す言葉などあるはずがない。
「それに、二人とも強すぎるから。ウチだって……」
アイネが少し眉間にしわをよせる。
……どこか悔しそうな表情だった。
「ウチだって、ちゃんと強さを示したいっ!」
よく通った声が響く。
──あぁ、そういうことか。
なんとなく彼女の内心を察する。
対して、わざわざ危険を冒す意味が見出せないのかスイが口を開こうとする。
「でもっ……」
「アイネ」
俺はそれを遮った。
彼女の名前を呼んでアイネを振り向かせる。
「じゃあ……今回は俺のこと、『守ってくれるか』?」
「リーダーッ!?」
スイが悲痛な表情で俺の手をつかむ。
その気持ちは敢えて言葉にするまでもなく伝わってきた。
正直、俺だって不安といえば不安だった。
今回の相手はゴールデンセンチピードよりはレベルが低い。
しかし、アイネが血まみれになったあの姿をどうしても想像してしまう。
できればそんな危険を彼女に冒してほしくはなかった。
ドンが俺に対して敵意を向けているのなら、敢えてアイネが戦う必要なんてないのだから。
「分かってる。でも俺は──アイネの気持ちを尊重したい」
「それは……そうですが……」
ちらりとスイがアイネに視線をうつす。
それに対してアイネは強く頷いて俺の目をしっかりと見てきた。
「……うん! まかせてっ、リーダー!」
満面の笑みで元気よく答えるアイネ。
この場所にはスイがいる。俺もいる。
いざという時には俺達が助ければいい。
そう考えた瞬間、さっきまで抱いていた恐怖心が完全になくなるのを感じた。
「ってことだ。下がってようぜ。スイ」
「でもっ……」
口をもごもごと動かしながら不満をアピールするスイ。
アイネへの心配がぬぐいきれないようだ。
そんなスイを見て、トワが半ば呆れたように苦笑いを見せる。
「まぁまぁ。リーダー君はヒールも使えるんでしょう? ドンだって惚れた相手を殺すことはまずしないだろうから、ね」
そのトワの言葉で少しだけ安心したのだろうか。スイは小さく頷いた。
「……無理はしないでよ、アイネ」
「りょーかいっす」
スイの言葉に軽い感じで返事をする。
そしてドンに向かって勢いよく指をつきつけた。
「ドン。ウチは『守られるだけ』の女になるつもりはないっす。リーダーを巻き込むぐらいなら、ウチと勝負しろっ!」
そう啖呵を切るアイネを前にしてドンが困ったように後ずさりする。どうも乗り気ではないようだ。
魔物とはいえ自分が惚れた相手を傷つけて喜ぶような特殊な性癖は無いらしい。
そんなドンに向かってアイネは震えた声で言い放つ。
「……アンタが勝ったら、考えてやらなくもないっす」
それを聞いてドンの目の色が変わった。
──単純なヤツだなぁ。
少し呆れてしまうのと同時に、どこか純粋さのようなものも感じてしまう。
例え負けたとしてもアイネはドンと付き合うつもりなど毛頭ないだろう。
それでも敢えてその言葉を口にしたという事実が彼女の本気を物語っている。
「そらっ、行くっすよ……!」
アイネが拳をドンに突き付ける。
迎え撃つのはドンの蹴り。
圧倒的な体格差から放たれるそれをアイネは拳で受け止める。
地球の物理法則ではありえないエネルギーの相殺が行われた直後、アイネが前傾姿勢になって一気にドンの背後へ回り込む。
「ラァッ!」
そのまま体を半回転させながら回し蹴りを放つ。
後ろをとられたまま、肘でそれを受け止めるドン。
ドンも体をねじり、大きく後ろに蹴りを放つ。腰を落として回避するアイネ。
「大丈夫なのかな、アイネ……」
「まぁやばくなったら、スイちゃんが倒せばいいんじゃない? 空気読めてない感じになるけど」
「はぁ……」
胸の前で祈るように手を握るスイ。
「レベルは互角なんだろ。大丈夫だって」
そんな彼女を安心させるためにとりあえずそう言っておいたが、内心俺も不安だった。
一応すぐに魔法を使えるように準備はしておいた方がいいかもしれない。
「ラァッ!」
蹴りの隙をついてアイネが一歩、踏み込んだ。
彼女の拳を纏う青白い光が強くなる。どうやら、ここで仕掛けるようだ。
「剛破発勁!」
ドンの横っ腹に手の平を当て、その光をドンの体へと吸い込ませる。
直後、爆発音のような音が鳴り響いた。同時に霧散する光。
ドンが苦しそうに顔を歪める。
「やった、アイネちゃんが先制っ……!」
「違う……あれは……」




