1-20(終)
「あーもう、大目玉ですよー!」
問題の夜会から数日後。
いつものように仕事をサボったフランカは、食堂でエミリオの愚痴を聞いていた。
「ラニエーリ様のご様子から薬物が盛られただろうってことで、それからずっと拘束されて。俺と猊下を引き離すためだったんでしょうけど、おかげで悪魔とも魔物とも戦えないまま、気が付いたら全部終わってたなんて。謹慎で済んで良かったですよ、ほんと」
「……なんでお前がいるんだよ」
フォークで野菜を突きつつ、フランカは渋い顔をするエミリオを見やった。この男、王宮に仕える兵ではなかったのか。フランカの護衛の任は解けたはずなのに、最近は食堂に来るといつもいる気がする。
「謹慎中でやることないんですよ。王宮は居心地悪いですし」
「自由なやつだなあ……」
自分のことを棚に上げ、フランカは呆れて息を吐く。
――まあでも、このくらいの方があいつにはちょうどいいのか。
ある意味真面目すぎるアレッシオには、エミリオぐらい柔らかい方が相性がいいのかもしれない。周囲を賛同者だけで固めるだけではなく、彼のような人間がいることに、フランカは内心で安堵する。
そんなフランカの様子など知らず、エミリオは唐突に、ずい、と顔を寄せた。
「――というかですね、猊下。あなたやっぱり俺がいなくても魔物なんて自分でどうにかできたんでしょ」
「はあ?」
「護衛中に一緒にいて、ずいぶん身軽だと思っていたんですよ。本当は喧嘩慣れしていません? ちょっと手合わせしてみませんか?」
「そんなわけないだろ。こっちは仮にも聖女なんだから」
期待するように目を輝かせるエミリオに、フランカは片手を振ってみせる。聖女に喧嘩を売る王宮兵など聞いたこともない。本当に自由な男だ。
「それに、そんなことしたらラヴィに死ぬほど怒られるわ。そういうの、絶対に許さないからな」
これまた真面目すぎるラヴィニアを思い浮かべ、フランカは眉間に皺を寄せる。律儀というかなんというか、彼女は少し融通が利かなすぎる。そのぶん、仕事を任せたら最後まできっちりとこなすのだから、一長一短といったところか。
「そういえば、今日はラニエーリ様いらっしゃいませんね」
いない、というのはこの状況では、追いかけて来ないということだ。いつもならばフランカを探して走り回るラヴィニアの姿が聖殿にあるはずだが、今日は見当たらない。
エミリオの疑問に、フランカは「ああ」と頷く。彼女の行方に心当たりがあった。
「今日は、ラヴィは『報告』の日だ。――お前と違って、本当の監視のな」
「…………監視」
虚をつかれた様子で、エミリオは少し瞬いた。それからすぐに、どことなく苦い顔で頭を掻く。
「あー……それなら俺、ちょっと余計なこと言ったかもしれませんね」
「余計なこと?」
「……まあ、たいしたことじゃないですよ。見ればわかることですし」
エミリオの視線が逃げる。フランカは胡乱な目つきで彼の姿を見やった。
だが、問いただすよりも早く、慌てふためく声が二人の話を中断した。
「フランメリヤ様! 大変です! 先日の件で殿下が至急王宮に来るようにと……!」
突然駆け込んで来た声が、食堂中に響き渡る。見れば聖女の一人が、青い顔をして立っていた。
「さ、さっき使者の方が来まして……! 場合によっては、まだ暗殺に関わっていた疑いがあると!」
「はあ!? 私の容疑は晴れたんじゃないのかよ!」
「と、とにかくまずは話をする必要があるとかで……」
「どうせフカシだろ! あーもう、しょうがないな!」
そう言いながらも、迷いなく立ち上がるフランカを、エミリオは頬杖を突きながら眺めていた。
慌てふためく聖女に、怒りを見せるフランカに、騒然とした食堂の空気。
まるで大事件が起きたかのような様子だが――。
もちろん、ただの口実である。
――……見ていればわかるんだけどなあ。
ままならない恋人たちのわかりにくい逢瀬を横目に、エミリオは一人、大きくあくびをした。




