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暴走と精霊

「っだあああああああっ!」


 ブランが絶叫するように吠え、戦技スキルをまとった鉈でスライムを薙ぎ払う。倒す効率は悪いが、ありあまる身体能力で補う。

 雑、というよりも、荒々しい野生の戦いだ。

 多少の息切れも、全身を襲う疲労の倦怠感も全部無視して、ブランは体を駆使する。


 楽しい。ただ、楽しい。


 血が沸騰して、筋肉が躍る。

 ブランは戦闘の高揚感に飲み込まれていく。


「ブラン! 動きが荒くなってる……!」


 それを押し留めるのは、プリムの叱咤だった。

 補助魔法と妨害魔法を駆使しつつ、プリムは必死にブランを制御する。


「もっと周りをみて! フォーメーションが崩れる! 前に出過ぎ……!」


 プリムは続けて声を振り絞る。

 自衛力の関係上、プリムはどうしてもブランの行動範囲にいないといけない。また、ベルたちも補助魔法でフォローしなければならない以上、ベルたちも自然と引っ張られる形になってしまう。

 スライムの数は多い。

 不用意にスライムの個体数が多い場所へ突っ込むと、囲まれてしまうだけでなく、対処能力をオーバーしてしまう可能性さえあった。


「でも、プリム! 楽しくて楽しくて、仕方がないんだよっ!」

「どこのバーサーカーのセリフよそれ!」


 嬉々としてうったえるブランに、チャコが鋭いツッコミをいれる。だが、ブランの耳には届いていない。

 チャコが釣ってきたスライムどもを、ベルは《焼く》を放って焦がし散らし、さらに《乱切り》で撃退していく。

 その間に、チャコは優れた五感でプリムの危機を察知し、フォローへ入る。


「《狐火》っ!」


 焔が渦巻き、プリムに迫るスライムを焼き払う。さらに、チャコは派手な動きでスライムどものヘイトを集めた。

 そこにベルが追い付く。


「《微塵切り》」


 無数の刃閃がはしり、チャコへ飛びかかろうとしていた四匹のスライムを細切れにした。

 腕にかかる負担に、ベルは目を細めた。

 うっすらと汗の滲む額を腕でぬぐい、ベルは気付く。


「……──ブランっ!」


 スライムの塊が、暴れるブランの背後から襲いかかっている。だが、ブランは高揚しきっているのか、気付いていない。

 チャコが反射的に地面を蹴るが、《狐火》はさっき使っていて、準備ができていない。フォローは、間に合わない。


 ──なんとか、しなければ。


 覚醒的に、ベルの思考が加速する。

 あのスライムどもは、ギリギリ、スキルの間合いだ。


「《屠殺》」


 視界が加速した。

 刹那にしてスライムに追い付くと、さくっと包丁を入れて仕留める。


「《乱切り》」


 さらにスキルを解放し、残った数匹のスライムどもを始末した。

 そのタイミングで、ようやくブランが自分に迫っていた危険を察知した。眼前のスライムを強引に蹴飛ばして距離を取る。


「ひゃーっ! すごいですね、ベル兄貴!」


 手放しの称賛だったが、ベルに照れている余裕はない。


「ブランくん……プリムさんを」


 指を向けて、プリムにスライムどもが接近していることを教える。チャコがフォローに入っているが、心許ない。

 即座にブランは動いた。


「うおおおお────っ!」


 気合いをこめ、ブランはスライムの一団に特攻して蹴散らしていく。

 ベルはその後詰めだ。


「《焼く》」


 地面を強力に熱してスライムどもを怯ませ、自分もプリムたちのところへ向かう。

 疲労をごまかすように、ベルは重だるい腕を揉みほぐした。

 もう、何匹倒しただろうか。


「はっはっはは! 楽しいな! 倒しても倒しても、ちっとも数が減らない!」


 高らかにいうブランの言葉に、ベルは引っ掛かる。

 そうだ。数は減っていない。ちっとも。どうしてか。これだけ戦って倒していれば、勢いも弱まってしかるべきである。


 ――それなのに、そんな様子はない。ということは……。


 ベルの脳裏に、一つの可能性が宿る。


「……おかしい。変だ、プリムさん」

「ええ、私もそう思います。これは……もしかして、スタンピートじゃないかも」


 プリムも同じ疑問に辿り着いたようだ。

 これには、調査が必要だ。そうなれば、選ぶべき選択肢は一つ。撤退だ。

 だが、ブランに引っ張られる形で突っ込んでしまったせいで、スライムどもに囲まれてしまっている。

 状況は最悪だった。


「おにいちゃんっ……!」


 チャコが不安そうに声をかけてくる。

 まだ距離はあるが、一斉に襲い掛かってこられたら処理しきれないのは明白だ。

 ブランだけは戦意を失っていないが、疲労は隠せない。ベルも疲労を強く感じている。慣れない戦闘で、いつもより疲れるのが早い。


 だが、ここを今切り抜けなければ、先はない。


 ベルは意識を集中する。

 スキルは気力を消費する。つまり、精神を集中させればそれだけ精度と威力が上昇する。

 威力よりも、範囲を。


「──《焼く》」


 両手を広げ、広範囲の地面が赤熱する。一瞬にしてスライムどもが融解し、飛び退く。

 逃げ道が、できた。

 ベルは意識の集中を切り替え、手をあおぐ。


「……──みんな、とんで!」


 精一杯の声に、チャコが素早く反応する。応じるようにブランとプリムも跳躍した。

 直後、烈風が吹き荒れ、そのまま三人をスライムの包囲網から弾き飛ばす。

 残されたのは、ベル一人。

 即座に理解したチャコが驚いた表情のまま振り返る。


「おにいちゃんっ!?」

「大丈夫、だから」


 ベルはチャコでなければ分からないくらい僅かに微笑んで、踵を返した。

 すでにスライムたちはその包囲を再開し、ベルを完全に囲んだ。


「逃げて! いくらなんでも、囲まれたら!」

「大丈夫。こいつら、スライムじゃない」


 指摘をしながら構えると、スライムたちが全員びくっと震えてから、いきなり一か所に集まり始める。

 唐突のことにベル以外のみんなが驚愕する中、スライムたちは一つに集うと、ぬるりと音を立てながら不定形のヒトガタに変化した。半透明で、まるで水のように。


「これは……!?」

「まさか、水精霊!?」

「ウンディーネになりかけ……だと思う」


 背筋が凍りそうになるくらいの魔力にあてられながら、ベルは目を細める。

 精霊。

 一つの魂を中心として、膨大な魔力と一定以上の魂が集まって融合して生まれる物質、アニマによって発生する上位存在。その強さは魔物とは一線を画し、危険度ランクもA以上が確定する。

 非常に討伐が困難で、基本的に専門部隊が対処しなければならない。


 これは基本知識として、傭兵に教えられるものだ。


 当然、チャコたちも知っている。

 だからこそ、ベルは三人を遠ざけた。避難させるために。精霊の攻撃を、三人は対処できるはずがない。

 特にウンディーネになった場合、手がつけられなくなる。ウンディーネは危険度A+以上で、下手したらSランクにまで到達する。


「そんな、おにいちゃん!」

「大丈夫」


 ベルは一言告げて、精霊に包丁を向ける。


「さばきかたは、知ってる」


 精霊は魔力の宝庫だ。必然的に求めるものは多い。だからこそ、ベルは知っていた。

 疲労を全て忘れ去るように深呼吸して、意識を高めていく。


「《冷凍》」


 ベルはスキルを発動させる。

 冷凍は保存技術の一つであり、多くの食物の劣化速度を大きく鈍化させるだけでなく、味を引き締めたり、食感を変化させたりする。

 それだけでなく、氷菓等の料理そのものもあり、技術が求められるのだ。


 本来は冷凍系の魔法道具を扱うが、ベルはそれを超越した。


 ──っきぃん。

 細かく澄んだ音。周囲の気温が一気に下がり、ベルの口からも白い息が漏れる。

 その中で、白い靄をあげながら精霊は凍結していた。


「す、すごい……」


 プリムの圧倒された声がこぼれる。

 動きが鈍る中、ベルはそっと包丁を構えた。


「──《屠殺》」


 身体が超高速で動き、一瞬の動きですり抜けると、精霊の中枢部だけをくりぬいた。

 音が後からやってくる。

 がしゃあん、細かく砕けるそれは、精霊を粉砕していた。

 精霊の源、核さえ抜けばこんなものだ。


「す、すごい……倒しちゃった……」


 ぽかんと、ベル以外の全員が口を開けていた。



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