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強面さまの溺愛  作者: こんこん
一章
62/66

孤立無援



床に転がるようなかたちで、ロゼはあたりを見回していた。

先程までいた豪華な邸宅とは全く異なる、粗末な部屋。時たま吹く風にがたがたと音を立て揺れる木造の壁に、ところどころ黒ずんだ床。窓がひとつあるが、黒いカーテンで遮られているためこの建物が何処にあるのかは分からなかった。

――――移転、でしょうか。恐らく、ここと邸宅の部屋を繋げていたのでしょう。

そこまで考えて、ロゼは初めて部屋にいる者達へと目を向けた。

ロゼを楽しそうに見下ろしているのは、ノルド領の管理補佐官―ー―ヴァーグマンと名乗った男だ。そしてその後ろには、現ノルド領主であるサム=ハンクス、また彼の後ろに控える傭兵らしき服装の男数名。その中には、忘れもしない………ロゼに神力封じの首輪をはめようとした、あの黒装束の男もいた。

大方、予想通りと言ったところか―ー―そう思いもう一度部屋を見回すと、先程は死角だった場所にもう一人男がいることに気づいた。


「っあ、あなたは―――あの時の!」


驚き目を見張るロゼに、その男はおやと言いながらもたれていた壁から背を離した。


「覚えていたのですか…………ふふ、光栄なことです。会うのは二度目ですね、ロゼ=シュワルツェ」


オールバックにされた、緑がかった茶色い髪。常に細められている糸目。このような場所にいなければ、人の良さそうと形容するに相応しい顔。神殿の廊下で会った時は白い神官服を着ていたが、今は紺のローブを纏っている。


「ああ、そういえばメーレは高位神官として神殿にいたのでしたね。面識があるのは驚きですが」

「面識と言っても、少し話しただけですよ」


砕けた話し方をするヴァーグマンと男の様子に、ロゼは歯噛みした。


男―――メーレというらしい―――は、ロゼに接触する前から神殿にノルドの手先として潜り込んでいたのだろう。高位神官という役職はそう簡単になれる訳ではない。相当長期で、計画的に潜伏していたのだろう。


――――レライ師団長様が言っていた、神殿から脱出した内通者の一人がこの男ということですか。ああ、接触していたのに気づけないとは…………何たる不覚!


「…………しかし、思ったよりも面白みに欠けますね。もっと動揺して暴れたり、一人になった状況を理解して命乞いをするかと思っていましたが」


興が乗らない、とでも言いたげな顔でのたまうヴァーグマン。その横に立つメーレも、さも同じ意見だというように軽く首肯した。

どうやら、二人の目にはロゼは余程肝の座った女に見えているらしい。

無論、ロゼだって動揺していない筈がなかった。突然見ず知らずの場所に転移し、仲間とも切り離されたことを考えれば当然のことだ。更にロゼを精神的に追い込んでいるのは、両親の居場所が分からないという残酷な事実だった。

会場から部屋に移動した際、アドルフとセーナもロゼと同様に移転させられたのだろう。恐らく、移転陣の描かれたこの部屋に。しかし今、この部屋のある建物に二人はいない。五感全てに優れたロゼは、小さな物音ひとつ聞き逃さない。先程から耳をそばだてているが、ロゼのいるこの廃屋のような建物に両親のものと思しき物音は聞こえなかった。

――――移動させられた?でも、どこに。ここから抜け出して探す?そもそも、どうやって抜け出す。ああ、考えがまとまりません。こんな時、ロードさんなら…………


ゼルドなら。仲間と切り離され、孤立無援の状態に陥った彼ならば。

そこまで考えて、ロゼは我知らず強張っていた身体の緊張を解いた。

彼なら、なんてことはない。きっとあの黒い大鎌を振って、神力も用いずに敵をなぎ倒していくだろう。それだけの実力とパワーが彼にはある。四肢を拘束されようが神力を封じられようが、きっと、彼は諦めたりしない。恐ろしい程に冷静に最適解を導き出すだろう。ロゼの愛した男は、そういう御使いだ。



「……ふふっ、」

「……ー―――何がおかしい」


丁寧な言葉遣いから一転、眼光鋭くロゼをねめつける男。これが彼の本性なのだろう。


「ああいえ、随分過分な評価を頂いたので」


離れていても、あの大きな体に包まれるぬくもりを思い出す。彼が横にいるだけで、彼のことを考えるだけで、全てが上手くいってしまうような万能感に包まれる。しかしそれは彼の強さゆえではない。彼がロゼに力を与え、強くするからだ。

彼らが思うほど、元々のロゼは強くない。どちらかと言えば引っ込み思案で、失敗するとすぐに落ち込む性格だ。そんな性格のロゼを、休む暇もない程の訓練で鍛え上げてくれたのは他でもないゼルドだった。


「私はあなた方が思うほど、強くはありませんよ。今も怖くて震えているくらいです」


どもりもせず、真っすぐに目を見てはきはきと喋る少女が、恐怖で震えている訳がない。あからさまに不利な状況であるのに冗談ともとれる発言をしたロゼに、ヴァーグマンは真顔になった。


途端、腹に衝撃が走る。


「………………自分の立場を分かっているのですか?親の居場所も分からず、仲間が来る見込みもない、この状況を!あなたは!分かっているのですかッ」


情緒不安定な様子のヴァーグマンは、その細長い足で何度もロゼを踏みつける。ヒステリックに喚き散らす様を見ると、何故か冷静さが戻ってくるようだった。

暴行はメーレが止めるまで続き、ロゼは一度胃の内容物を吐き出していた。


「…………はッ、はぁ、話がそれてしまいましたね」


乱れた前髪を後ろになでつけながら、ぎょろりとした眼がロゼを見下ろす。


「分かっていると思いますが、我々はあなたの()調()()を欲しています。それさえ手に入れば、それでいい。事情により、あなたの意識は保ったままになってしまうかもしれませんが…………まあ、御使いなら耐えられるでしょう」


ようやく本題を切り出した男を、瞬きもせず見つめる。感情に粗のあるこの男のことだ、どこかで隙ができるのではないかと思っての行動だった。


「事情とは?それに、同調性をどうやって実験に使うというのでしょう。当事者である私には知る権利があると思いますが」

「時間を稼ごうとしても無駄ですし、ぺちゃくちゃ喋るほど間抜けだと思われているのなら気に入りませんね。………メーレ、サム様を本館へ」


傍らに控えていたメーレが微笑み、サム=ハンクスを連れ出そうとする。


「ま、待ってくれ!ヴァーグ、彼女には実験に協力してもらうのだろう?丁寧にもてなさなければ。まずは、彼女のご両親を解放して―――」

「領主様」


苛立ちを含んだ声とともに、ヴァーグマンはサムを振り返る。


「言ったでしょう。このヴァーグマンにすべて任せておけば、問題はないと」

「し、しかし、彼女のご両親は父上とも仲が良かった。このまま、あの寒い地下で拘束している訳には」


地下、という言葉にロゼがぴくりと反応する。ヴァーグマンは静かな目で、「メーレ」と呼んだ。

メーレが返事をした直後、打擲音が部屋に響く。

はぁ、とため息をついたヴァーグマンは、メーレに頬を打たれ冷たい床に倒れたサムに近寄り、その膝をついた。


「サム様。アダム様亡き後、小柄で、見るからに弱くて、部下にも舐められてしまうような愚図でのろまで才能のないあなたを、誰が援護し、ここまで育てました?」


は、は、と息遣いの早くなったサムは過呼吸のように胸を上下させる。その薄い背中を、慣れたような手つきでヴァーグマンが優しく擦った。


「ああ、落ち着いて。いつもの癖が出ていますよ。私に叱られる度、あなたはいつもそうなってしまう……………ほら、ゆっくり息を吸って…………吐いて」


言われたとおりに息を整えるサムの背を、労わるように擦り続ける。


「少しの叱咤でこれです。あなたには、領地をおさめることなど到底できない。しかしそれも、あなたの優しさゆえ。弱いことは悪いことではありません、あなたの「個性」です。あなたは、自分にできることだけを、やればよろしい。私はそんなあなたを補助し、ノルドの発展につなげている………………できの良い補佐がいて、幸せでしょう?」


呼吸の整ったサムは、口をきゅっと引き結び何かに耐えるような顔をした。


「……………ああ、そうだな。ごめんヴァーグ。私はヴァーグの邪魔がしたいわけではない…………館で、待機しているよ」

「ええ。メーレ、サム様に薬を」

「承知しました。さ、サム様。こちらへ」


ロゼは内心、冷めた怒りを発していた。未来ある若い領主を、このような下劣なやり方で懐柔しているとは。やはり父様の見たては正しかったのだと、痛感した。



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