樹海①
「凄い……ところねえ……。」
翼は天を仰ぎながら呟いた。
「本当ね。私の故郷が真赤だとすると、ここは真青だわ。」
オールジーも辺りを見渡しながら、目を見張る。
「こないだ私達が足を踏み入れた場所なんて、序の口だということか。」
「いや、ここもまだ序の口。」
瑞月が面白そうに、笑いながら説明した。
「ほら、あそこの蔦の先を見てよ。茶色い地面がちらちら見えてるだろ。あそこは自然散策路なんだ。」
「あ、本当だ!道が見える!」
「お前がそう言ったんだろ、あんまり深く入り込むなって。」
「そうでした。」
「こんな感じの場所を他に二ヵ所、委員長と探しておいたよ。」
「人は通らないの?」
「それがさあ、全くと言って良い程誰も通らないんだ。ね、委員長?」
「ああ、この前行った時も、カメラを構えているお兄ちゃんと、散策してる老夫婦と擦れ違っただけだった。」
「へえ、意外ね。」
「な。俺もちょっと納得いかなくって、その後瑞月と、氷穴と五合目の辺りまで行ってみたんだよ。そしたら人で溢れ返っていた。要するに、観光名所と富士山に人が集中しているってことなんだと思う。」
「なるほどねえ。」
「勿体無いわね。こんなにマイナスイオンが流れている空間、滅多に無いわよ。」
「お、森専門家。」
「からかわないでよ、良平。私はテレパスでダンサーだけど、森専門家じゃないわ。」
「そう?でもからかってる訳じゃないよ。極端な話、君が嫌~な感じを受けた方向に行けば、何かあるんじゃないかと、ちょっと期待してたんだ。」
「そ、そうか。うーむ……良く分からないな。自然の気に満ちた、綺麗な空気を感じるだけ。それに、私が嫌~な感じがしたら皆もそうなんじゃない?」
「そうかもな。さて……どうしようか。」
「あのさ、キュアにテレパシーを送ってみようか。魂と交信したことなんか無いから、どんなもんだか分からないけど。」
「いいね!」
「じゃ、やってみる。」
翼は、そんなに高くもないが空をみっしりと覆っている梢を見上げ、何度か深く呼吸した。
「ん…………やっぱり駄目みたい。とても近い場所にいたら、反応があるのかもしれないけど。」
「あの、翼、ごめんなさい。私もそんな実例を知らないから分からないのだけど、黄の箱と金の小箱を通り抜けるテレパシーって結構難しいと思う。私が、何物も介在しないようにとたっぷり呪を掛けてしまったから。」
「なるほど。謝ること無いわよ。それはあなたが、王としての職務をきっちりこなして来たという証なのだから。」
「俺もそう思うよ。誰か他に案はある?」
良平はぐるりと他のメンバーを見渡した。
「はい!」
「何、瑞月?」
「あの道を百メートルくらい進むと立て看板があったじゃない?それを先生に読んで貰うっていうのは?黄の箱が落ちて来た光景を見ていたら、記憶に残っているかもしれない。」
「立て看板の方が後なんじゃないか?」
「うーん、どっちにしろ無理だな。昔何回も言ったと思うけど、僕が読むのは人の念だ。物の念じゃない。因みに瑞月、その看板には何て書いてあったんだ?」
「え?えーっと、何だっけ?……一つしかないかけがえのない命です、みたいな……?あー!!先生ごめんね!大惨事になるところだった!」
「ほ、本当に勘弁してくれよ!自殺志願者の念なんか読んじゃったら、キュアの魂の前に僕の魂が持っていかれて二重災害になるぞ。」
「ごめんなさい。」
「いや、瑞月、発想は悪くないよ。同じ道を通っていながら、そんなこと考えもしなかった。うーん……何だっけ?あの、植物の気持ちが分かる奴……植物使いか!あれがいれば良かったのになあ!」
「あ――!!」
「どうした、蒼月。」
「私は……動物使いでした……。」
「そうか!」
「全く自分の間抜け振りが嫌になっちゃうわね。今の今迄、つい習慣で来ないでオーラを発していたわ。……おいで。」
蒼月の広げた腕に、大小色取り取りの鳥が止まった。蒼月は、ちっちっと口を鳴らしながら、鳥と囀り合っている。やがて鳥は一斉に舞い、蒼月の髪がぱっと散った。
「黄の箱を見た仲間がいないか、聞いてくれるって。ちょっとここで待ってていいかしら。」
「ええ。何か懐かしい光景ね。あんたが黄の箱を持って、動物を引き連れながら私んとこに来たのを思い出すわ。」
「引き連れていた訳じゃないけど、寄って来ちゃうのよ。」
「蒼月はベジタリアンなの?単なる興味だけど、そんなに細いのはそうなのかなって。」
オールジーは蒼月に尋ねた。
「まさか!何でも食べるよ。人は何でも食べる生き物だもの。それに、動物は殺される時痛いと思うけど、植物だって痛いと思うわよ。生憎植物の気持ちは分からないけど。」
「そうか。前々から一度聞いてみたいと思ってたのよ。キラは何でも食べたから。そんな風に思ってたんだ。」
「確かに周りから見れば、私がどういう存在なのか分かり辛いかもしれないわね。でも、私はただの人間よ。例えば……私がこの森にたった一人で取り残される状況になったとしたら、私は泣きながらさっきの鳥を食べるわ。それが自然形態だから。その代わり、狼とか虎が私を食べちゃったとしても、仕様が無いと思う。それが自然形態だから。」
「なるほど。」
「オールジーこそベジタリアンなの?あなたも随分細いけど。」
「違うわ。私は単に、食べる時間が無くてこうなっちゃっただけ。それに私は……どちらかと言うと、下手物食いの類だと思うわ。」
「下手物食い?」
「ええ。蟻とか百足とか蜂とか。中々蛋白を取るのが難しい地域だったから。……引くかしら。」
「引かないわ。寧ろ、その知恵と文化を尊敬するわ。それは何とか生き延びようとして来た、人類の努力の賜物だと思うもの。だから、鯨とか海豚を食べるのも文化だと思う。」
「そう言って貰えるとほっとするけど。」
「蜂かあ……。食べてみたいのよね。バター焼きにすると最高だって聞いたことがあるけど。」
翼が、うっとりとした顔でそう言った。
「それは幼虫ね。美味しいわよ、ホクホクのポテトみたいで。な……何か意外ね。あなたこそカロリー制限があって、野菜しか食べちゃいけないみたいな感じなのに。」
「燃費が悪いのよ。いっぱい食べないと動けないわ。」
「いるのよねえ、食べても食べても太らない人が。まあ、あの運動量を考えると当然だけど。」
「歳を取った時にガクッと反動が来そうで怖いけど。」
「あなたなら歳を取っても動き回っているでしょ。それより怪我しちゃ駄目よ。あなたみたいな立場の人が、ベッドに縛られると辛いことになるから。」
「そうか。」
女達の会話は、嘗ての王宮のように賑やかだ。そんな中、瑞月はぼそっと呟いた。
「お、女って強いな……。」
「全くだ。俺は百足なんて食えないぞ。」
「それに、何だってあんなに体重を気にするんだろう。」
「じゃあお前は、蒼月が300キロくらいあっても付き合ったか?」
「300キロ?む……難しい選択だな。」
「しー!聞こえるぞ!君達、間違っても女性の前で体重の話はするなよ。それが例え自分の母親でもだ。ちょっと太ったかしらと言われても、そんなことないと言いなさい。その方が世の中丸く収まる。」
「そ、そういうもん?本当のことを言った方が親切なんじゃ……。」
「瑞月、君はまだ若いな。親切な嘘だよ。」
「せ、先生……。」
その時、雨雲のような黒い影が彼等を覆い、気が付いたら多くの鳥が近くに宿っていた。蒼月はいつの間にか円の中心にいて、鳥達と囀り合っている。やがて鳥は、ばらばらっと大きな雨粒のような音とともに空へ舞い上がり、森には再び静寂が訪れた。
「何だって?」
良平は蒼月に尋ねた。
「やっぱり皆、知らないって。でも、なるべく多くの仲間に呼び掛けてくれるって。まあ……そうよね。彼等の寿命は短いし、空を舞うものだから……。」
「そうか。でも、俺達で探すよりもずっと効率がいいじゃないか。今のところ、君の力を使うのが最も有効みたいだ。君はどうしたい?」
「そうね……。あの道に沿って歩きながら、出会った動物に片っ端から聞いてみるのは?それより良平ちゃん、他の二ヵ所のスポットっていうのは、ここから離れているのかしら。」
「ああ。近い場所に設定しても、余り意味が無いと思ったから。」
「では、この道を通って誰も知らないようなら、適当なところで二番目のスポットへ移動するのも良いかもしれないわね。」
「分かった。」
「私も、時々キュアに呼び掛けながら行くわ。」
「ありがとう、翼。よろしくね。」
彼等は膝まで覆う下草を掻き分けながら、ちらちらと光る遊歩道へと歩を進めた。
★★★
出会った動物は数多くいた。栗鼠、兎、狐、午前だというのに蝙蝠もいて、鳥や昆虫の類は数限り無い。彼等は引っ切り無しに蒼月の周囲に寄って、少し追随しては離れて行った。
「蒼月……。」
瑞月が溜息交じりに声を掛けた。
「なあに。」
「うん。何かこんな風景も懐かしいなと思ってさ。今まで随分セーブしてたんだな。」
「ずっと昔からだもん、もう慣れたよ。寄って来たがってる子には、ちょっと可哀そうかなって思うけど。あ……!」
「どうした?」
「蛇さんだ!」
「蛇さん……?」
瑞月が蒼月の視線の方向に目を遣ると、一匹の蛇が蒼月にしゅるしゅると寄って来るのが見えた。
「うあ――!!蛇だ!!」
「そう言ったでしょ。苛めちゃ駄目よ、毒を持っているからね。こっちが何もしなければ、何もされないわ。あら、可愛い蛇さんね……おいで。」
蒼月がしゃがんで腕を伸ばすと、蛇はくるくると彼女の腕に巻き付いて登り、首をくるりと一周すると目を合わせた。誰もが固唾を飲んで彼女を見守っている。
「シュー、シューシュー。」
「シュ、シュシュー。」
彼等はお互いに見つめ合ったまま、息を吐き合う。蛇はペロリペロリと舌を出していたが、するりと蒼月の腕を抜けると、再び森へと帰って行った。
「……パ、パーセルタングか?」
「違うわよ!私、魔法使いじゃないし!昔何十回も言ったと思うけど、私は動物の気持ちが分かるだけ。話が出来る訳じゃないわ!」
「だって、シューシュー言ってたじゃないか!」
「呼び掛け声ってものがあるでしょうが。鳥ならチチチ、猫ならニャーン、蛇ならシューシューでしょ!」
「そ、そういうもん……?」
「そうよ。」
瑞月は首を傾げたまま、それでも蒼月に尋ねた。
「で、彼……?彼女?は何だって?」
「彼よ。皆と同じように、仲間に聞いてくれるって。」
「そうなんだ。それは良かった。」
やぱり会話してるんじゃないかとぶつぶつ呟きながら、瑞月は他のメンバーに目配せして蒼月の後を追った。




