〈59〉
「俺1人で良いなら……。行きますよ」
そう小さく答えた俺の言葉に、柳は静かにうなずいた。
居心地の悪い校長室から逃げ出して、ベッドに寝転びながら天井を見上げる。
時刻はすでに夜の12時を過ぎていた。
柳は俺に何をさせたいのか?
ずっと視線をうつむかせていた橘さんは、何を心配しているのか?
どうにも情報が不足し過ぎているように思う。
だけど、このまま依頼をキャンセルするのも据わりが悪い。
「榎並さんや宇堂先生なら何か……」
そう思ったが、彼女たちを巻き込むのも気が引けた。
柳の前で名前を出しただけで、榎並さんは暗殺されかけている。
立場を考えると、宇堂先生も危険だろう。
「……俺1人なら何とかなるか」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
いいなりになると言うよりは、スパイのような気持ちで受けても良いのかも知れない。
そう結論付けて、もう一度、ふぅ、と息を吐く。
柳から聞かされた集合場所は、学校の正門前。
時刻は夜中の1時。
そろそろ出ようか。
「結花……?」
そう思ってドアを開けた向こうに、なぜか部屋で寝ているはずの結花が立っていた。
スーツとサングラスが入った鞄に目を向けて、彼女が俺の瞳を見上げてくる。
「どこに、行くんですか?」
「……コンビニだね。お菓子でも買ってこようかと」
「うそ、ですよね?」
「…………」
「これでも竜治さんと一緒に生活してるんですよ? それに、私を気遣う嘘はお母さんで慣れてますから」
悲しげに微笑んで、彼女がもう一度、俺の仕事道具が入った鞄に目を向けた。
絶対に逃がしません! とばかりに、彼女が両手で鞄を握りしめる。
「私も付いて行きます。足手まといなら銃で撃ってください。ただ待つだけは絶対に嫌です!!」
瞳いっぱいに涙を貯めて、彼女が睨むような強い視線で見上げてくる。
「付いて行くって、どこに行くのか――」
「詳しくは知りません。でも、危険な場所ですよね?」
「…………」
「知ってました? 女の勘って鋭いんです。それに私は竜治さんのペアですよ?」
ふふっ、と笑った彼女が、俺の腕を抱きかかえた。
瞳に浮かぶ意思はどこまでも堅くて、死んでも付いて行くと言いたげな表情を浮かべていた。
こうなると、彼女はテコでも動かない。
結花の言葉じゃないが、一緒に生活しているからこそ、よく分かる。
「……わかったよ。手伝ってもらえるかな?」
「はい!!」
根負けした俺の言葉に、彼女は素敵な笑みを浮かべてくれた。
「あら、ようやく来たのね」
「オッサン、ちょっとだけ遅刻だぜ?」
「…………」
玄関を開いた先に見えたのは、榎並さんと、かつて同じ部屋だった将吾の姿。
チラリと結花を流し見ても、彼女は静かに首を横に振るだけだった。
「俺も榎並さんも理事長からメールをもらってな。クラスメイトとして助けてやれってさ」
「あら、違うわよ。私は宇堂先生からもメールが届いたから、私の方が立場は上よ?」
「あー……、うん、ソーデスネ」
はぁ、と肩をすくめて、将吾が笑ってみせる。
「一応言っとくけど、俺って理事長の孫だからな? 宇堂先生とかの事情も知ってるし、味方だぜ?」
「あら、私の方が頼もしい味方よ?」
「ソーデスネ」
相性が良いのか、悪いのか。
「まぁ、なんだ。俺も連れてけよ、親友」
「借りは返す主義なの。あなたを殺してでも付いて行くわ」
自信に満ちた笑みを浮かべる2人を見ていると、どうにも心強くて、知らないうちにため息が漏れていた。