<33>パートナーを決めた日4
大きな瞳が、まっすぐに俺の顔を見上げている。
「えっと……」
出しかけていた言葉を引っ込めて、彼女は小さくうつむいた。
列を成していたクラスメイトたちが一斉に振り返り、それぞれが瞳を丸くする。
「スーグラさんって、将吾くんとじゃなかったの!?」
「どうして、水谷さんなんかと!?」
「なんで!?」
本人たちに悪気はないのだろうが、クラスメイトから声があがる度に、水谷さんの視線が落ちていた。
数人の生徒が、パタパタと駆けてくる。
「スーグラさん! 私と組んでもらえませんか!?」
「この前の座学のテストで1番だったんです。サポートなら自信があります! なんでもします!」
「俺、教官に筋が良いって褒められたんっすよ! 絶対に役に立ちます! こき使ってください!」
いつの間にか大半の生徒が列を離れて、俺たちの周囲に集まっていた。
誰しもが自分をアピールしようと、必死に声を上げている。
集まっていない生徒も、俺たちの方に視線を向けて、物欲しそうな表情を浮かべていた。
その気持ちも、わからなくはない。
初回のティラノサウルス以降、このクラスでは合計5本の動画がネット上にアップされている。
そのほとんどは授業風景を撮影した物だったが、アクセス数は上々。
個人ランキングはすべて俺がトップだった。
ひとりだけ先を進む榎並さんが映らなかったことも大きいが、世間の注目は俺に集まっている。
お金のため、名誉のため、ランクアップのため。
どれを見ても、俺と組むのが近道に見えると思う。
だが、
「申し訳ないが、俺の気持ちは決まってるんだ」
集まってくるクラスメイトたちに声をかけて、俺は大きく手を広げた。
視線をうつむかせる水谷さんの前に進み出て、床に片膝を付ける。
「僕はね。キミが良いんだよ。受けてはくれないかな?」
ギュッと握られていたこぶしに手を伸ばして、彼女の瞳を覗き込む。
昔見た少女漫画の王子様を思い出しながら、彼女の手を引き寄せて、中指に、ちゅっ、と口付けをした。
「ひゃっ……」
彼女の手がピクリと震えるが、拒絶の意思は感じない。
クラスメイトたちが静まりかえり、水谷さんが小さく息を飲んだ。
「どうして……。私なんかで、良いんですか?」
「それは違うね。私なんかじゃなくて、キミじゃなきゃダメなんだよ」
「それって……、どういう……」
見つめていた彼女の瞳に、戸惑いの色が浮かび、頬が赤く色付いていく。
背後からざわざわとした声が聞こえるが、気にするつもりはなかった。
「同情、ですか……? 私が弱いから……。私が可愛そうだから……。スーグラさん、優しいから……」
彼女の声が、涙で震えていた。
こぼれる雫を俺の指先がすくいとる。
「それも違うね。僕はね、キミがこのクラスで1番強くなれる、そう思っているんだ」
「えっ……?」
大きく目を見開いた彼女に向けて、口元をほころばせて見せた。
立ち上がり、彼女の髪を優しくなでる。
見上げている大きな瞳が、不安げに揺れていた。
「本気、ですか?」
「もちろん。僕が嘘をつくと思うかい?」
「ぃぇ、そういうつもりじゃ……」
視線をうつむかせた彼女から手を離して、俺はクルリと背を向ける。
「背中を預けられる人を選ぶ。俺はね、キミになら預けられると思ったんだ」
1歩だけ遠ざかり、もう1度、彼女の方を振り向いた。
「もう1度聞いてもいいかな? 俺のパートナーになって欲しい。キミのためじゃない。俺のために」
「良いんですか? わたしで……」
「もちろん。キミが良いんだよ」
「……よろしく、お願いします!」
瞳に不安を浮かべながらも、彼女は深々とお辞儀をしてくれた。