<15>入学祝いのテスト4
振り向いた先に見えたのは、ペタンと倒れたひとりの少女。
大きなドクロのキーホルダーを付けた鞄を下敷きにして、ショートカットの少女が涙をこぼしながら額を押さえていた。
どうやら転んだらしい。
足下は化物が歩く度に揺れ、彼女自身も恐怖に身がこわばっている。
流れ出す涙のせいで、視界も歪んでいるに違いない。
そんな足をすくわれて倒れても仕方ないだろう。
「ぇっ…………?」
だが今だけは、仕方ないでは済まされない。
「嘘だろ……」
化物が方向を変える。
化物の身体が少女に向く。
悲鳴につられたか、振動か、気まぐれか。
そんな分析に意味などない。
「いや、こないで……。ぃゃぁあああああああああ!!」
化物を見上げていた少女が、耳をふさいで目を閉じた。
――B゛r゛o゛a゛a゛a゛a゛a゛.
それまでの傲慢な動きがウソだったかのように、化物が一直線に走り出す。
「くそっ!!」
何かを考えるよりも前に体が動く。
視線と体が走って行く。
気が付けば、少女と化物の間に両手を広げて立ちふさがっていた。
「ぇっ…………」
背後から息をのむ声が聞こえる。
迫り来るのは、ぬめりとした大きな舌と鋭い牙。
あのときと同じ光景が、目の前に広がっていた。
「オッサン!!」
はるか後方から、イケメンの声が飛んでくる。
彼のように華麗に助けられないのは歳のせいだろうか。
どうせ、社畜のまま終わるはずだった体だ。
イケメンに救ってもらった命だ。
俺のことは良い。背後の可愛い少女は救いたい。
迫り来る化物に向けて、一歩だけ前に出る。
もう一歩だけ前に出る。
社畜時代とは違う、生きている実感があった。
「っぁ……!!」
背後から悲鳴にならない声が聞こえてくる。
化物は俺を飲み込むために、天井を見上げるだろう。
その間に外から戻ってきたイケメンが、彼女を連れ出してくれる。
下顎が腰へ、上顎が頭を、ぬるりとした舌が視界全体に広がっていた。
全身から力が抜ける。
なぜか両手だけが前を向く。
「いや――――――――!!!!」
――不意に、俺の手先が光の粒に包まれた。
左腕が強い衝撃を受けて、全身が吹き飛ばされる。
「きゃっ!」
甘く柔らかなものが、腕の中にある。
次いで感じたのは、砂利の上を滑る痛みと、胸に抱いた少女の柔らかさ、太陽の光。
「なに、が……」
左手には全身を覆うほどの大きな盾があって、見上げた体育館の入口には、恨めしそうに俺を睨む化物の姿があった。
ここは体育館の外だろうか?
化物に吹き飛ばされて、少女ともつれるように外に投げ出された。
そんな状況に見えた。
不意に化物の体が光に包まれ、コロリとビー玉が転げ落ちる。
「負傷者ゼロ。全員が脱出に成功。発動者は1名か。初回にしては悪くない結果だ、きっと良い絵が撮れただろう。良くやった」
姿を見せた宇堂先生が、ビー玉を拾い上げて優しい笑みを見せていた。
「休憩をはさみ、13時より座学のテストを行う」
そう言い残して先生が去っていく。
左手にあった巨大な盾は、いつの間にか消え去っていた。