08 メイクオーバー
また動かなくなったネオは放っておき、『アーメントゥーム』に近づいて品定めをする。
「『安らかに眠れ』?」
十字の横棒のところに、日本語ではない文字で、墓石にはお決まりの文句が書いてある。
これでぶん殴った結果、『安らかに眠る』のだから、嫌みにしか聞こえない。
『くたばれ』と書いてあるようなものだ……って、あれ?
「『安らかに眠れ』か。武器に彫ってあると、『死んでしまえー』って意味に聞こえるね。」
いつの間にかネオも墓石を眺めている。
「同じ感性なのはショック……じゃなくて、なぜわたしはこれを読めたんでしょうか。」
「ん?ああ、文字のことかい?」
オレは頷いた。この文字は日本語でも英語でもない。確か、ゲームの中で店の看板などに使われていた、現実には存在しないファンタジー文字だ。
「マコちゃんの体が覚えているんだよ。言語だから、体というよりは脳かな。この世界に来てすぐに魔法が使えたのも、体が覚えているからなんだ。この世界じゃ、体と魂が別々に存在しているからね。」
本日何度目かの、分かるようでよく分からない説明をされた。
困惑していると、ネオが解説を続けてくれた。
「ゲームの世界で生まれて、ゲームの言語で生活し、魔法を使って生きてきた体の中に、日本で生まれて、日本語を使い、魔法なんて使ったことのない魂が入っている。それが今のマコちゃんだ。体の記憶と魂の記憶がちぐはぐなのだから、混乱しても仕方ないよ。この世界じゃ、頭がぺっちゃんこになって死んでしまっても、魔法を使えば記憶喪失も無く復活する。これは、魂の存在があってこそだよ。」
「なるほど、分かりました!」
嘘をついた。
これ以上聞いても分かりそうにない。
確実に重要な設定ではあるのだが、深く聞いてもさらに混乱しそうだ。
「これだけで理解できたのかい?すごいよ!」
「嘘をつきました!」
「……正直だね。」
無意味な嘘はつかない。
なお、話を切り上げるためにつく嘘は意味のある嘘だ。
「ちなみに、ゲームでマコちゃんが習得していなかった魔法やスキルを使うにためには、きちんと訓練する必要があるよ。信じるだけじゃ使えないから気を付けてね。」
「なるほど。ところで、魔王軍の幹部としては、闇っぽい攻撃魔法を習得したほうがよろしいでしょうか。」
「まず、魔王『軍』にする気はないかな。あと、『魔王』のイメージにわざわざ戦闘スタイルを合わせなくても……おっと。」
オレのボケに丁寧なツッコミを入れようとしたネオだが、脚の力が一瞬抜けたかのように少しふらついた。
「魔力切れを起こしているのかな。今日はそろそろ休もうか。」
何時かは分からないが、もう夜は更けているだろう。
オレは、起こされてからそれほど時間が経っていないからか、眠気は全く無い。
「おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」
少しうれしそうに返事をして、ネオは部屋を出ていく。
どこへいくのかと、廊下に顔を出して見回すと、右隣の部屋のドアが閉まるのが見えた。
この部屋にあるベッドはオレの分だったようだ。2人で1つのベッドに寝るのかと少し心配していた。
「準備万端ですね。」
つぶやきながら、オレのために用意されたテーブル、ベッド、そして、部屋の隅にあるチェストへ視線を移していく。
いつ勇者が襲ってくるか分からない。
アレより防御力の高い大司教の装備となるとなかなか無い。
まあ、デザインは可愛いので嫌いではない。
覚悟を決めるか。
……
…………
とりあえず、裸になった。
というより、初期装備には下着がなかったので、上着とハーフパンツを脱いだらすぐ全裸だった。
自分の体をぺたぺたとまさぐってみた。
脚は長い。くびれがある。胸はスリムな体に丁度良いサイズだ。
身長は155センチメートルぐらいだったはず。エルフにしては背が低いか。
キャラメイクしたオレが言うのもなんだが、良いスタイルだ。
いいスタイルなのだが、思ったよりテンションが上がらない。
ふと、体と魂の話を思い出す。
『マコ』は自分の体を見慣れているのだから、何も感じないのは当たり前かも知れない。
もしや、体のほうは、男の体を見て興奮したりするのだろうか。
――嫌。
それは、嫌だ。
絶対に、オレの魂が許さない。
寒気がした。
早々にコトを済ませようと、チェストの中にあるパンツを手に取った。
……
…………
ベッドの上に、ブーツを履いたまま膝を抱えて座った。
空に浮く満月を見ながら、オレは喪失感に打ちのめされていた。
下着を身に着けようとしている時には、こんな服をチョイスしたネオを恨んでいたはずだった。
しかし、
最後に、手首にリボンをつけ終わったとき、さぞかし可愛いだろうに鏡が無いのが残念だな、などと思っている自分がいた。
男として大事なモノを失ってしまった。
ちなみに、体のほうは男として大事なモノをとっくに失っている。
いっそ、女の子になりきってしまったほうが、楽しく生きられるかもしれない。
本気で落ち込んでいるわけでは無いが、やるべきこともなく、眠くもならないので、窓の外をぼんやり眺めていた。
楽しく生きる、か。
そういえば。
元の世界では、楽しく生きていたとはとても言えない。
子供のころから、親の言いつけは守っていたし、先生には逆らわなかった。非行も反抗も一切せず、やりたいことも無いまま当然のように大学で勉強をして、やりたくもないけどそこそこの会社で働き始めた。経歴だけ見れば、悪くない人生だ。
でも、それは楽しい人生じゃあ無かった。
学校教育も社会通念も、世の中で生きるためのものであって、別に、オレの幸せを保証するものじゃないのだから、当たり前だ。むしろ、人生の楽しみは、遊びだの、恋愛だの、教育や通念の管轄外にあったりするものだ。
例えば、学生時代、『不純異性交遊禁止』という校則を律義に守りつづけた奴の末路は幸せか?きっと、オンラインゲームで女性キャラを使い、男を騙すような奴になる。ついでに言うと、おそらく、騙される奴も同類だ。
これに気付いたときにはもう、オレは立派な大人だった。
取り返しがつかなかった。馬鹿らしい生き方をした。
「フフフ。」
つい、苦笑がもれた。
ネオは魔物どもを守るため、軍隊相手に大暴れしたらしい。
半壊だか全壊だか知らないが、大勢殺したのだろう。
暴れた理由を聞いて、真面目だなぁ、などと思った自分が滑稽だ。
ネオはもう、やりたいようにやっているのだ。
クソ真面目なのはオレのほう。
誘拐紛いに召喚されたのに、その犯人に対して、怒鳴るどころかわざわざ敬語で話している。体は女のくせに、結構可愛いと思った服を着るのに躊躇して、挙句、男はこうあるべきだなんて考えを大事にしようとしている。
くだらない常識やルールをわざわざ守って、自分の人生を少しずつつまらないものにしてきたのだ。
いまならやり直せる。
やり直してしまおう。
法も、
倫理も、
道徳も、
なにも気にせず、
好き勝手に生きよう。
世界を照らしている満月の光がより一層明るくなった気がした。
そして、
玄関前からのびている石畳の道の先に人影が見えた。
肩に担いでいる大剣が、月明かりを反射してきらめいている。
ベッドから飛び降りて武器を手に取ると、見た目に反して軽々と持ち上がった。
話が聞けるかも知れない。
戦いになるかも知れない。
そのどちらであっても、きっと楽しめる。




